5.ドンの教えと神の教え
ドンが教えてくれたこと。
むやみに吠えない。
むやみに鳴かない。
おしっこをする時はよく嗅ぐこと。(色んな情報が詰まっているから)
うまくいかない時には辛抱強く待つこと。
危ないと感じたらしっぽを丸めて静かに逃げること。
今日を生きていることに感謝すること。
そして・・・生きる希望を最後まで捨てないこと。
ドンはとても優しい目で僕を見つめて、それらのことを教えてくれたのだ。
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それは厳しい冬の寒さが止み、つかの間の陽気に包まれた日だった。
監獄の中で、僕はドンの背中に守られていた。
鉄格子の向こうでは、看守・バンドーとカトーが世間話をしている。
「なあカトーさん」とバンドーが話しかける。
「家庭を持つってどんな感じなんだろう?」
カトーは珍しいものを見たような顔をバンドーに向ける。
「どうしたんさ、そんな事聞くなんて。独身主義のバンドーちゃんよ」
ん、ちょっとね。と言ってバンドーは口ごもった。
しばらくの間、バンドーがラジオをいじり、いくつもの番組が断片的に流された。
「なんかあったんか?」とカトーが聞く。
うーん、と唸ってバンドーは顔を上げる。
「好きな女が出来たんだ」
バンドーがつぶやく。
「俺にはもったいないような女なんだ」
ふーん。とカトーが鼻息まじりに相槌を打つ。
「でも」とバンドーが再び口を開く。
怖いんだ。とバンドーは言った。
なにがだよ、とカトーが聞く。
うーん。
コンクリートが剥き出しの室内にバンドーのため息が響く。
そしてバンドーは話し始めた。
彼女の素朴さと優しさについて。
たとえ冷たい雨に打たれたとしても、優しく温めてくれるその人柄を。
彼女はもっとバンドーを知りたいと言う。
バンドーの仕事を見てみたいと言う。
それが怖いのだと、バンドーは言う。
「それってどうよ?」
バンドーが監獄に目を向ける。
辛そうに、僕達を見つめる。
「動物愛護センターは・・・動物を殺すだろ」
そう言うと、バンドーはタバコに火を点けた。
看守達のラジオからその言葉が流れたのは、その瞬間だった。
-わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。
-なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。
その言葉は「聖書・詩篇22篇」の一節なのだとラジオは伝えていた。
神の子・イエスが父(神)に断絶され、十字架に掛けられてイエスが叫んだ言葉。そんな風にラジオは伝えていた。
僕は・・・その言葉に反応した。
僕は抑えきれずにきゅんきゅんと鳴いたのだ。
看守たちが驚いた顔を僕に向けていた。
鉄格子の向こうで燃えるストーブに掛けられたやかんから、激しく湯気が湧き出していた。