4.生きる
僕に”生きろ”と教えたのは、名も無き大型犬だった。
僕は彼を”ドン”と呼ぶことにした。(看守達がそう呼んでいたからだ)
ドンは僕にぽつぽつと伝えた。
”朝ごはんの向こう側”の意味を。帰らないお散歩の意味を。
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朝ごはんを食べさせている間に、看守達は彼らが連れ出す犬を選別すると言う。
そしてお散歩に出かけた犬達はここから離れた場所に集められていくらしい。
(ドンは遠く離れた気配からそれらを察した)
連れ出された犬達の気配は、やがて他の犬達の気配と交じり合う。
どうやら相当な数の犬達が一箇所に集まっている。
そしてその場所から、さらに窮屈な場所へ移動するようなのだ。
(不安そうな泣き声がここまで聞こえてくる)
やがて看守達のくぐもった声が飛び交い始める。
その時の声は、感情を押し殺した冷たい響きだと言う。
そして大きな何か(おそらくは壁)が動き出す音が聞こえる。
その向こうから小さく泣き声が聞こえてくる。とてもたくさんの泣き声が。
泣き声は何かに遮られ、やがて何も聞こえなくなる。
静寂の中、ドンはかすかに「しゅーー」という奇妙な音を聞きとる。
それがドンの知っている全てである。
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ドンは言う。僕は”生きる運命”にあると。そういう匂いがするのだと。
『昔、俺は教会に住んでいた』 とボスが言う。
『そこでは”死ぬ運命”と”生きる運命”の匂いをよく感じていたよ』
ドンが言うには、教会という場所に訪れる人々の中に、とても深刻な場面に立たされた人を見かけたらしい。
とにかくだ。とドンは僕を見つめて言う。
『お前には”生きる運命”の匂いがするんだよ』
鉄格子の向こうで、看守・バンドーが何かを取り出す。
(あれはラジオだよ、とドンが教えてくれた)
ラジオと呼ばれた鉄の箱を看守がカチャカチャと操作すると、不思議な音が流れて来た。
Get Lost -Eric Clapton-
この音は”音楽”なのだとドンが言う。
『人間達のことはあまり好きになれないが、”音楽”はいい』 とドンは目を細めて聞き入る。
僕もドンにもたれかかって音楽を聞く。
監獄の小さな窓から再び光が射し込む。
僕は光の中に包まれてうっとりとする。
そして僕は、光の中に再びあの生き物を認める。
それはぷるぷると震えて踊っていた。僕はそれをドンに伝えた。
ドンは言う。
『それは”妖精”だ。見える物は幸せになれるらしいが・・・そうか、お前には見えるんだな』
嬉しそうにそう言うとドンはいびきをかいて眠りについた。
ぷるぷると震えるたびに”妖精”は光を帯びる。
きらきらと光の粉が舞う。
まるで祝福するかのように、光のダンスはいつまでも続いていた。