15.会話のきっかけ
ハンガリー舞曲第5番嬰へ短調 -J.ブラームス-
鍵盤を跳ね回るわたしの指先に合わせるかのように、イエスがボールで遊んでいる。
鼻先でボールを弾き、ずだだだーっと走っては飛びつき、ボールに噛み付く。
そしてわたしを振り向き、わたしの演奏に耳を向ける。
ピアノの鍵盤を叩くたびに、首を右に左に傾げる。
それを見るのが嬉しくて、わたしはこの曲を何度も弾いてしまう。
「イエス。あなたピアノが好きなの?」 わたしは聞いてみる。
うん。とイエスが頷く。(そう言ったように聞こえたのだ)
驚いたことに、イエスは日に日にわたしの言葉を理解しているようだった。
(偶然だろうと思っていたが、試してみると何にでも頷くわけではないのだ)
お腹が空いた時に「抱っこかな?」と聞くと、首を傾げる。
「ごはんかな?」と聞くと、頷く。
こんな具合なのだ。
さっきそのことを坂東に話して聞かせたら、ふーむと唸っていた。
「イエスならありえるかも」と彼は言ったのだ。
(隣でイエスがくしゃみをした)
イエス、あなたには秘密がたくさんありそうね。
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ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。
「エリー!!久しぶりじゃねえ!」
ドアの向こうで待っていたのは父だった。
「どれどれ。新しい家族を見せてくれんかのう」
父はそう言って、イエスの姿を探し始める。
「イエス!わたしのパパが会いに来たのよ。ご挨拶しましょう」
するとわたしの呼び声に答えるかのように、イエスが仕切りの後ろから顔を覗かせた。
こんにちは、と父が会釈をする。
とことことイエスは父のもとに歩いて来る。
父の足元でお座りをして・・・ぺこんと会釈をした。
「いい子!イエスはいい子じゃねえ!」 父は孫にでも会ったかのように興奮した。
「この子は・・・言葉が解るみたいじゃのう」
「パパもそう思う?」
父はひと目でイエスが気に入ったらしい。
わたしはイエスのエピソードを改めて話して聞かせたわ。
聖書の聖句(詩篇22篇-マタイ27:46節-)のくだりを説明したところで、
わたしの膝に座っていたイエスははっとした表情で立ち上がり、ワンッと一声鳴いた。
わたしは父と目を合わせて頷きあった。
やっぱり・・・偶然ではないみたい。
「こりゃあ、面白い!エリー!お前は素晴らしい家族に恵まれたかもしれん」
父の喜ぶ笑顔を見て、イエスがにっこりと笑った。