14.イエスの笑顔
わたしの住んでいるマンションには二つの利点があった。
音楽とペットに寛容であることだ。
防音効果を施した事でそれらを許容できたのだろう。
(なんにしろ、イエスにとっては幸せなことだったのだ)
わたしは仕事柄、家でもピアノを弾く。
(前にも言ったけれど、わたしは結婚式場の専属ピアニストなの)
まさかペットまで飼うとは考えもしなかったけれど、おかげでイエスと暮らせると言うわけなのよ。
それに・・・イエスはピアノも好きだった!
(それはわたしたちが暮らす上でとても大切なポイントだったの)
それからわたしは、大切な報告をしなければならなかった。
それは父。
わたしの気ままな生活を応援してくれる父。
怒ると怖い人だけれど、大事なところでは頼りになる。
大切な事だけは報告するのがわたしたち親子の約束なのだ。
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プルルル・・・その夜わたしはイエスを膝に抱き、父に電話をかけた。
「もしもし」 低い父の声。
あたしよ、パパ。と答えた瞬間、父の口調はコロっと変わる。
「エリー!元気か?わしゃあ寂しいぞ!」 相変わらず父はひょうきんだ。
わたしと話すといつも広島弁丸出しなの。
仕事中の父はとてもいかつくて怖い人らしいけど、わたしにはちょっと想像がつかない。
うわさによると仕事場ではクールでスマートなのだとか。(標準語しか使わないらしい!)
「元気よ。パパは元気?仕事は順調?」 これがわたしとパパのいつもの挨拶。
「うーん。元気かのう・・・。ダメかもしれんのう。エリーの手料理でも食べん限りは・・・ダメかもしれんのう」 これもいつものパパの口癖。
父は数年前から都市銀行の頭取として頑張っているらしいけど、わたしの前では仕事の話なんてほとんどしない。
ほんとに仕事大変なのかしらと不思議に思うわ。
ひとしきり父のおふざけに合いの手を入れた後で、わたしは本題を話した。
動物愛護センターでの出来事からイエスを引き取った事までを。
「わたし、間違ったかしら」 と聞いてみる。
「エリー」 しばらく黙った後に父は口を開いた。
「わし・・・嬉しいよ」
そして父は言う。「さすがはわしの娘じゃ!エリーは正しい事をしたんじゃけえね!」
次の休みに早速見に行くよ、と父はなんだか感激しながら言って電話を切った。
わたしの膝の上で、電話の内容を心配そうに聞いていたイエスの頭を撫でる。
電話をテーブルに置き、わたしはイエスの鼻先に顔をくっつけて「これで心配はなくなったわ」とささやく。
わたしの言葉が分かったのか、イエスはちぎれそうなほどシッポを振り、わたしの顔を舐めた。
「あなた、わたしの言葉がわかるのかしら?」
わたしの言葉を理解したかのようにイエスは大きく頷いた。何度もなんども。
そしてわたしは気がついたのだ。
イエスはにっこりと笑っている!
「あなた笑ってるわね」 とわたしもつられて笑顔になる。
窓の外で明るく昇った満月もなんだか笑っているようだった。