酔酔
酔。秋風が吹く。寒い。ゴウゴウと建物と建物との隙間を通り抜ける音がする。自分がお酒を飲んだのはいつぶりだろうか。長い間飲んでいなかった筈だ。一年前ーいや2年前ほどだろう。正月も酒を飲んでいない。禁酒というとタチが悪い。まるで良いことのようだが、全くそんなことはない。私は酒を飲むと狂うそうだ。いうと酒を飲むと性格が変わるのようなものだろうか。だが今こんなことを考えられてるうちは、まだ狂っていない。そう考えると安心してくる。
自分はついさっきリストラを宣言されたばかり。飲んでいくら狂ったとしても、今日ばかりは飲んでも構わないだろう。飲んでこの、焦燥と言おうか嫌悪といおうかーという不吉な塊。これを爆散させたかった。だが、今はまだ酔い切れていない。この不吉な塊が、私の心をまだ終始圧えつけている。胸が痛む。将来への不安だろうか。もう32になってそれは。馬鹿らしい。自分が馬鹿らしい。あれほど汗水垂らして、それこそ酒を飲むこともなく残業して働いて。何故自分がリストラされなければならないのか。そう考えるとあの社長や課長に腹が立ってきた。といってももうしようのないことだ。
痛い。胸が萎むかのような感覚。早く酔って全部忘却したい。全て虚偽で塗りたくって、今夜こそはー今日こそは全てを忘れさせてくれ。でも自分は酔い切れない。店員に追加で日本酒を頼む。何故こうも酔い切れなくなったのだろう。酒の悪いところを知ったからだろうか。それとも酔うということ自体が嫌いになったからだろうか。
最初の頃は酔い切れていた。だが、だんだん時が経つにつれて、自分は。現実逃避のために酔の世界に入っても、孰れ現実に戻るのだから。
日本酒の猪口が、テーブルに置かれる。小さい頃は何を夢見てただろう。大人のありきたりな台詞だ。大人に夢などない。その通りだ。社会に夢もへったくれもあったものではない。いやー。自分は夢を見たいのだ。夢を見たいからこそ、酔おうとするのだ。自分はそう考える。夢をまだ忘れ切れていない自分がいるのだ。
日本酒に口をつける。かなりアルコールが強い。これならすぐ酔い切れるだろうか。
自分は酒を呑む。酔って夢をみる為に。
翔。秋風が吹く。寒い。ひゅうひゅうと強い風が吹く音がする。
「乾杯!」
グラスの合う音がする。心地よい音だ。自分はグラスを手に持ち、大きくビールを持ち上げ、グイっと飲んだ。美味い。酒はビールに限る。
今日、自分は昇進した。自分が働く会社は、こんなこと言うのもアレだが衰退の一途を辿っている。だが、その転機としての仕事に手をつけ、それに自分が選ばれたのだ。これは自分にとって非常に快いことである。
仕事が終わり、飲み会へと出向く。いいことがあった時の酒は最高だ。冷却されたビールは喉の幸福を誘う。隣はノンアルコール飲料を飲んでいる。何故酒を飲まないのだろう。自分で考える。酔わないようにするためか。いや、酒が嫌いなのか。飲酒することでの危険なー例えば中毒とか、コレステロールとか。そんなことを気にしているのだろうか。カルピスをちびちび飲む姿は何度も形容し難い。何だろう。古い考え方かもしれないが女々しいと言うか、いやらしいと言うか。何故こんな感情を抱くのだろう。今日は一部の社員がリストラされたようだ。それほどまでに、この会社は参っている。だが、何故自分がこの会社にいるのか。もちろん、こんな歳にもなって転職するのは、と言うところもあるが、一番はこの会社が良いからである。
自分は酒を呑む。気持ちよくなる為に。
飲み会が終わった。外を歩き、家に帰る。足取りは少し酔っている。頭も少し朦朧としている。酔っていて、足が絡まった。顔面が青白い誰かにぶつかった。
「すみません」
謝るだけの頭はまだ残っている。謝る。
「いえ」
相手は普通に返事をする。相手は酔っていなさそうだった。その瞬間だった。相手は自分に掴み掛かり、組み伏せると、自分の顔面を殴ってきた。酔っているようには見えない。
相手は誰だろう。見たことある気がするが。そんなことを考える暇はない。早く抗わないとー。だが、酔いのせいで抗う気力は残っていなかった。自分はなされるがまま殴られる。
酔。




