5.友達がステージにいるみたい
ショッピングモールのイベント会場は、
思っていたよりも、ずっと賑やかだった。
買い物袋を提げた人。
子どもの手を引く親。
なんとなく足を止めた通行人。
大きなステージじゃない。
照明も、音響も、最低限。
「……ほんとに、ここ?」
楽屋代わりの控室で、鈴佳は周りを見回した。
「はい。今日は、ここです。」
プロデューサーは、
いつもより少しだけリラックスした表情だった。
「オーディションとは、全然違いますから。」
「違うって?」
「評価される場所じゃなくて……"会う"場所です。」
鈴佳は首を傾げる。
「会う?」
⸻
衣装は、
白いTシャツに、デニムのショートパンツ。
ステージ衣装と言われなければ、
そのまま街を歩いていてもおかしくない。
「……これ、ほんとにアイドルの服?」
鈴佳は鏡の前で、半信半疑の顔をする。
「はい。」
プロデューサーは、いつもの調子で答える。
「叶美里さんが、"ここに来る人たち"と一番近い服です。」
「近い?」
「ステージに立つ人、じゃなくて」
一瞬、言葉を選んで。
「"話しかけられる人"、です。」
鈴佳は、しばらく考えてから、ふっと笑った。
「……それ、ちょっと楽しそうじゃん。」
⸻
ステージが始まる。
鈴佳は、いつもより少し緊張していた。
でも、客席を見渡して――
すぐに気づく。
(……あ、)
最前列に、スマホを構えている人だけじゃない。
足を止めただけの人。
遠くから眺めている人。
特別な期待もなく、ただ"そこにいる人たち"。
歌い出し。
声は、少し震えた。
でも、目が合った。
小さな女の子が、楽しそうに手を振っている。
鈴佳は思わず、手を振り返した。
――その女の子が笑ったその瞬間、空気が変わった。
「……ねえ、あの子」
誰かが、客席で言った。
「なんか、友達がステージにいるみたいじゃない?」
その言葉は、連鎖する。
「あ、分かる」
「近く感じるよね」
「楽しそう」
鈴佳は、"見せよう"としなくなった。
代わりに、"一緒にいよう"とした。
歌い終わったとき、拍手が起きた。
大きくはない。
でも、あたたかい拍手。
ステージ袖で、鈴佳は息を切らしながら言う。
「……楽しかった!」
それは、今までで一番、迷いのない声だった。
⸻
イベント後。
控室に戻ると、鈴佳は椅子に座り込み、
天井を見上げる。
「ねえ」
「はい。」
「今日さ……あたし、"上手くやろう"って一回も思わなかった。」
プロデューサーは、その言葉を、静かに受け止める。
「それが、一番良かったです。」
「……ほんと?」
「はい。」
プロデューサーは、少しだけ笑った。
「叶美里さんが、"ここにいていい"って顔をしてましたから。」
鈴佳は、一瞬、目を丸くして。
そして、照れたように笑う。
「……なにそれ。でも……ありがとう」
⸻
帰り道。
夕方の光の中で、鈴佳は歩きながら言う。
「次の大きい大会さ」
少しだけ、言いづらそうに。
「……ちょっと、勝ちたいかも。」
その言葉は、野心じゃなかった。
自分をもう一段階 "信じてみたい" という気持ちだった。
プロデューサーは、歩調を合わせて答える。
「……では、一緒に、"勝ち"を目指しましょう」
鈴佳は、前を向いたまま、
大きく頷いた。
「うん!」




