4.はじめての勝負服
オーディションの話をしたとき、鈴佳は一瞬だけ黙った。
「……ああ、そういうの。」
驚きはなかった。
むしろ、来ると分かっていた話を受け取るみたいに。
「受けるかどうかは、決めなくていいです。」
プロデューサーは、すぐにそう言った。
「今日は、話すだけで……」
鈴佳は少し考えてから肩をすくめる。
「まあ、やるなら早い方がいいよね。」
その声は軽い。
でも、ほんの少しだけ、固かった。
⸻
衣装室は、前よりも明るく感じた。
ラックには、
前回より少しだけ"ステージ寄り"の服が並んでいる。
でも相変わらず、フリルも、過剰な装飾もない。
「……今回も、地味じゃない?」
鈴佳が言う。
「はい。」
プロデューサーは、はっきり答えた。
「でも、叶美里さんが一番"叶美里さんらしく"立てる衣装だと思います。」
鈴佳は、少しむっとした顔をする。
「その"あたしらしい"ってなに」
その問いは、衣装に向けたものじゃなかった。
プロデューサーは、少しだけ考えてから言う。
「……笑ってるとき、です。」
「……は?」
「叶美里さんが、
"どう見られてるか"じゃなくて、
"今、何を感じてるか"が、顔に出てるとき。」
沈黙。
鈴佳は、鏡の前で立ち止まる。
「……そんな顔、オーディションでしていいの?」
「してほしいです。
評価されるための顔より、覚えてもらえる顔の方が
僕は大事だと思ってます」
鈴佳は、しばらく鏡を見つめてから、小さく息を吐いた。
「……変な人だよね」
でも、服を取る手は、迷っていなかった。
⸻
オーディション前。
楽屋で鈴佳は靴紐を結び直していた。
「ねえ」
顔を上げずに言う。
「もしさ。……落ちたら、どうする?」
プロデューサーは、少しだけ間を置いて答えた。
「……帰りに、美味しいものでも食べに行きましょう。」
「それだけ?」
「はい。」
鈴佳は、顔を上げて笑う。
「なにそれ。保護者?」
「否定はしません。」
その返しに、鈴佳はくすっと笑った。
「……ありがと。」
小さな声。
でも、確かだった。
⸻
本番。
ステージに立った鈴佳は、緊張していた。
足も、少し震えていた。
でも、照明が当たった瞬間。
(……あ)
客席は、思ったより、近かった。
でも遠くもあった。
その距離感が、なぜか――
怖くなかった。
鈴佳は、一瞬、目を閉じて。
そして、いつものように笑った。
作り笑顔じゃない。
あの日、駅前でしていた、あの笑顔。
結果発表。
名前は、呼ばれなかった。
控室に戻る途中、鈴佳は何も言わなかった。
でも、廊下の角を曲がったところで、足を止める。
「……悔しい。」
ぽつり。
「……めちゃくちゃ、悔しい。」
その声は、
初めて聞く種類のものだった。
泣いてはいない。
でも、笑ってもいない。
プロデューサーは、何も言わず、そばに立った。
しばらくして、鈴佳が言う。
「ねえ、」
「はい。」
「次も、やろ。」
その言葉は "挑戦"ではなく、"選択"だった。
プロデューサーは、ゆっくり頷く。
「……はい。」
この日、鈴佳は初めて知った。
"楽しい"だけじゃ、届かない場所があること。
そして同時に、
届きたいと思った自分を否定しなくていいことを。




