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2.鏡の中の自分



事務所の一室は、思っていたよりずっと静かだった。


白い壁。

大きな全身鏡。

ラックに掛けられた、いくつかの衣装。


「……ほんとに、ここで着替えるだけ?」


女の子は、落ち着かない様子で辺りを見回した。


「はい。今日はそれだけです。」


プロデューサーは、少し距離を取って答えた。

近づきすぎると、彼女が逃げてしまいそうな気がしたから。


ラックに掛かっているのは、

キラキラしたフリルの衣装じゃない。


動きやすそうなトップス。

明るい色合いの、少しだけステージ映えするカジュアルコーデ。


彼は、彼女を見てから何度も"やりすぎない"ことを意識して選んでいた。


「……これが衣装?」


彼女が手に取ったのは、

元気な色のパーカーとショートパンツ。


「はい。それが、一番似合うと思って。」


「なにそれ」


彼女はくすっと笑って、カーテンの向こうに消えた。


しばらくして。


「……ねえ、」


カーテン越しに声がする。


「やっぱやめーー」

と言いかけて、言葉が途中で止まった。


カーテンが、ゆっくり開く。


そこに立っていたのは、

さっきまで駅前にいた“普通の女の子”だったはずの人。


でも、鏡の前に立った彼女はほんの少し背筋が伸びていた。


「……なに、これ」


彼女は、鏡から目を離せずに言った。


「別に、変じゃないのに……なんか……」


彼女の声が少しだけ震える。


「……あたし、アイドル“っぽい”じゃん」


プロデューサーは、

その言葉に、すぐ返事ができなかった。


(“ぽい”で、いい)


完成じゃなくていい。

本物じゃなくていい。


今はただ、そうであってもいいだけでいい。


「変わったのは、服だけです。」


彼は、静かに言った。


「でも……その服を着たあなたは、さっきより、楽しそうに見えます」


彼女は、はっとして、もう一度鏡を見る。


そして、気づいたみたいに笑った。


「あ……ほんとだ」


さっき駅前で見た笑顔より少しだけ、柔らかい笑顔。


「……ねえ」


彼女は振り返る。


「アイドルってさ、別に完璧じゃなくてもいいの?」


その問いは、自分自身に向けたものみたいだった。


プロデューサーは、少し考えてから答える。


「少なくとも……僕は、完璧じゃない人の方が好きです。」


「ふーん。」


彼女は、また鏡を見る。


「じゃあさ、」


一瞬、照れたように視線を逸らしてから。


「もうちょっとだけ……続けてみようかな」


その言葉は、

"やる"でも

"なる"でもなくて。


"続ける"だった。


胸の奥が、じんわり熱くなるのを感じた。


「もちろんです」


そう答えた声は、思っていたよりずっと落ち着いていた。


「あたし、叶美里かなみり 鈴佳りんか。よろしく」



その日、

レッスンはしなかった。

契約の話もしなかった。


でも確かに、何かが始まった。


鈴佳が、帰り際に言った一言。


「……あたしさ」


ドアノブに手をかけたまま、振り返る。


「今日、ちょっとだけ……楽しかった。」


その背中を見送りながら、プロデューサーは思った。


(ああ……この人は、"アイドルになりたい"人じゃない。

"アイドルになる自分を、まだ認められない"人なんだ)


そして同時に、自分もまた同じく

"プロデューサーである自分を認められない"のだと。

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