エピローグ
穏やかな陽射しが降り注ぎ、新芽が芽吹く季節。ここ山形県でも、冬の間は地面を覆い隠していた雪が消え、彩り始めた黄緑色が春の遠来を感じさせていた。
「圭介、ちょっと買い物行ってきてよ。どうせ暇でしょ?」
「"どうせ暇でしょ"は余計だわ、かーちゃん」
東京を離れて実家に戻ってきた圭介。それからおよそ四ヶ月が経つが、まだ仕事には就いていなかった。
地元の高校を卒業し、大学入学と同時に東京に出てからおよそ十年ぶりの故郷は、疲れた圭介に暖かかった。
年が明けてから、高校の恩師・中山と街で偶然出会った。中山は当時野球部の顧問をしており、二年の夏からキャプテンを任された圭介は、中山の指導のもと甲子園を目指していた。
「今日晩メシいらんわ。中山先生がメシ連れてってくれるっていうから」
街で会ってから一ヶ月経ち、中山から食事の誘いがあった。
「圭介、お前、野球部の面倒を見てみんか?」
酒を酌み交わしながら昔話に花を咲かせた後に、唐突に中山が言った。
「正直、お前に"抜け殻"は似合わんて。実はもうな、校長には委託監督として迎え入れる許可は取ってあるんだ。選手でもう一歩届かなかった甲子園、今度は指導者で目指してみたらどうだ?」
予想外の展開に、圭介は目を丸くした。
「もう一回、燃えてみろ!」
そして四月の新学期、グラウンドには圭介の姿があった。
あの頃と変わっていないユニフォーム。圭介は胸いっぱいに空気を吸い込む。あの頃の、青春の匂いがした。
「よぉーし、全員集合っ!」
「オーッス!」
集合した部員たちひとりひとりの顔を見る。
春の暖かい風が通り過ぎた。まるで、新しいスタートを祝福するように……
埼玉協栄病院。
車イスで中庭に出た萌は、ゆっくりと春の匂いを嗅いだ。
五メートルほど先には、少し緊張気味に萌を見つめる美冬と、ビューティフル・ウインター救出作戦のメンバーたち。
萌は車イスを押してくれていた母親の手にそっと触れてから、決意の表情に変わる。
車イスの縁に手を置き、グッと全身に力を込める。ゆっくりと腰が離れ、萌は立ち上がった。
震える足で一歩を踏み出す。
一歩、そしてまた一歩……まるで産まれたての仔鹿のように、ヨタヨタと歩を進める萌。みんな固唾を飲んで見守っている。
そして目標地点に到達した萌は、美冬に抱きかかえられた。みんなが集まり、萌を支える。母親が車イスを押して萌に近づいた。
「すごーい、萌ちゃん!」
歓喜の声と、萌の照れた笑顔。
軽く息を切らしながら、車イスに座る萌。その車イスを後ろで支える母。そして萌の周りには、美冬と好美と景子の笑顔が。
少し離れた所から、柿崎は五人に向けてカメラを構え、シャッターを切った。
「これ、俺の写真家人生で最高の一枚なんじゃないか?」
見上げると青い空。その青はどこまでもどこまでも、その果てなど想像も出来ない程に、遠くまで続いているようだった。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。




