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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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59/60

ビューティフル・ウインター


 コンビニ店員、ピザの配達員、カーネルサンダース人形……

 どんよりとした曇り空、気温も今年最低となったが、様々なサンタクロースがクリスマスを盛り上げている。

 貴之の逮捕劇から二日、病院の萌のベッド周りを、ビューティフル・ウインター救出作戦のメンバーが囲んでいる。

「では、ビューティフル・ウインター救出作戦、祝勝会を行います。初めに言っておきますが、病室なのでくれぐれもバカ騒ぎをしないよう、お願いします」

「一番心配なのは好美でしょうよ」

 好美の挨拶の後にいつもの景子のツッコミ。一緒にいる萌の母親もクスッと笑う。

「でも、安西萌も柿ちゃんもよくやってくれたわ」

「本当、痛快だった」

 昨日発売された週刊さきがけのページを景子がめくる。

「発売前日に奴が逮捕されちまったからさ、ちょっと慌てたけどな」

 日曜の夕方以降は、ネットでもテレビでも貴之の緊急逮捕のニュースで持ち切りだった。

「本当だったら柿ちゃんのこの記事で、初めてイケメンマネージャーの真実が公表されるはずだったもんね」

 しかし日曜のニュースでは詳細を知るメディアはなく、なぜ逮捕されたかははっきりしない状況だった。

 翌日、表紙に『地に落ちたヒーロー! イケメンマネージャーの裏の顔』という見出しが書かれた週刊さきがけがバカ売れした。

「ま、一昨日のニュースがいい宣伝になって、雑誌はめちゃくちゃ売れたけどな」

「柿ちゃん、ガッポガッポじゃないの?」

 単刀直入な好美に笑いが起こる。

「まぁな。萌ちゃんが退院したら、パーッとやるか?」

 柿崎がそう言うと、

「その時は、美冬さん、帰ってきてるかな……」

 手に持ったシャンメリーのグラスを見ながら、萌がボソッと言った。


 品川区にある朱莉のマンション。冬の空気は透き通り、夜空には星が輝いていた。

 朱莉はラウンジチェアに腰掛け、週刊さきがけの記事を読んでいる。

「気に入っていたのか?」

 重森が朱莉に声を掛けた。

「そうね。少し、期待はしていたわ。可愛かったし……」

 そう言ってから、視線を重森に向ける。

「あなたもでしょ?」

 重森はブランデーグラスを片手に、ソファに寄りかかっていた。

「まぁな。今回の件は非常に残念だ」

 朱莉はワイングラスを持って立ち上がり、重森の隣に座った。そして重森にもたれかかる。

「甘いところがあるのは、気になってはいたわ」

 重森は朱莉の肩に手を回す。

「時代だな。ひと昔前のワシらの時代なら、奴は成功していたかもしれん」

「そうかしら……?」

「便利さは、人を浅はかにするもんだ。便利さがなければ、奴は別のやり方が出来ただろう」

 朱莉にその意味は分からなかったが、

「あなたがそう言うのなら、きっとそうなのね……」

 はだけたバスローブから覗く、歳の割にはたくましい重森の胸元を、人差し指でそっとなぞった。


 不正発覚後の重森の対応は早かった。

「損害賠償請求などしたらプロジェクトのイメージが下がる。さっさと深井コンピュータの決裁者とアポを取れ。こっちから出向いてもかまわん」

 レグルスが不正を働いて作ったシステムの所有権・知的財産権は、法的に深井コンピュータに帰属していた。大熊正商事はレグルスに騙された格好で損害賠償請求をできる立場だが、システムをこのまま使い続ける事は出来ない。

 深井コンピュータ側も技術を盗まれた事に被害届けを出し、次はレグルスに対して損害賠償請求をする段取りだった。その準備を進めている時に、重森から直々の訪問の申し出が来た。慌てた深井コンピュータの社長、深井は親会社のリーヴァに連絡をする。リーヴァ社長の柳は、専務の鳥飼を同席させる事にした。

「私はプロジェクトを守りたい。今日は交渉ではなく、お願いを申し上げに伺いました」

 重森のその言葉で始まった三者会合。場所は深井コンピュータの応接室だった。

 重森のお願いとは、彩の国高速鉄道未来都市計画において既に稼働しているシステムの継続利用、そのための深井コンピュータと大熊正商事のパートナー契約、そして深井コンピュータからレグルスへの損害賠償請求の見送りだった。

 日本屈指の大手企業である大熊正商事の常務取締役が、一介の中小企業に過ぎない深井コンピュータに足を運び、パートナー契約を結んで下さいと頭を下げたのだ。

「こ、こんな光栄なお話……ここは専務、前向きに……」

 少し狼狽する深井を遮り、鳥飼が口を挟む。

「わざわざこんな所までご足労頂き、身に余るほどのご提案。常務、御社の誠意は受け取りました。考えるまでもありません。この場で決めさせて頂きます」

 重森が満足げに笑い、深井がホッとため息をついた。

 

 年末年始の慌ただしさの中、"イケメンマネージャー逮捕"の出来事などあっという間に人々の記憶から薄れていった。二〇二五年最初の月曜日となる一月六日、この日を仕事初めとする企業が多い。

「はぁ……九連休なんてあっという間だわ。ったく、かったるいったらありゃしない」

 なんとなく正月の雰囲気を残す渋谷の街を、好美はひとりでブツブツ言いながら会社に向かっていた。いつもの通りリーヴァ本社ビルに入り、いつもの通りエレベーターに乗る。二階でエレベーターを降り、短い廊下を歩く。

「おあざーす。あけましておめでとうでーす……」

 いつもの通りシステム営業部のオフィスに入り、気のない挨拶をした次の瞬間、動きを止めて固まった。

「好美ちゃん、おはよ」

「美冬っ!……あんた……」

 好美はその場で口を押さえ、泣き出した。美冬は慌てて立ち上がり、好美に近付く。

「ちょっと好美ちゃん、そんな、泣かなくても……」

「連絡もしないで。心配したんだからね、バカァ」

 好美は美冬にもたれかかり、声を上げて泣いている。

「美冬?」

 そこに、出社してきた景子も加わった。

「景子ちゃん、おはよ」

「おはよじゃないわよ、大丈夫なの?」

「うん、心配かけてごめんね」

 美冬は好美の頭を撫でながら言った。

 みんなが三人の涙の再開劇を、微笑ましく見ている。

「おーい、そこの三人、始業時間だぞー」

 松田が口に手を当て、三人に向けて小声で言った。

「課長、聞こえませんよ、それじゃ」

 主任の二階堂が笑う。

「分かってるよ。今日は言える雰囲気じゃないだろ? 明日からまた言うから、今日は練習だよ」


「みんな、ちょっといいか」

 美冬と好美と景子はまだ入口ドア付近で抱き合っていたが、落ち着いた頃合いを見計らって新田が立ち上がった。その声を合図に全員が席に着く。

「えー、去年の五月から休暇を取っていた齋藤くんだが、今日からまた復帰する事になった。ブランクを埋めてやるように、ガンガン仕事を振ってやってくれ」

 オフィスに笑いが起きた。美冬が立ち上がる。

「皆さん、本当にご迷惑をお掛けしました。またここで頑張れるように取り計らって頂いた新田部長、そして暖かく迎え入れてくれた皆さんには感謝しかありません。また仲間になれるように頑張りますので、部長が仰ったようにガンガン使ってやって下さい」

「手加減しないわよ」

 好美が言うと、また笑いが起こった。美冬は笑いの中着席する。

「いいか、みんなも聞いていると思うが、子会社の深井コンピュータが大熊正商事のパートナーになった。親が子に食われないように、気合い入れていくぞっ!」

 新田が喝を入れると、システム営業部のオフィスが"おーっ"と地鳴りのような雄叫びを上げた。

 美冬は目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。


 年明け初日の今日は、全部署が早上がりだった。美冬は当然のように好美と景子に呼び出された。

「らっしゃーい! ……っておおっ!」

 好美と景子に続いて入ってきた美冬を見て、鳥っ子倶楽部の大将は分かりやすく驚いた。

「おじさん砂肝焼いて。塩で三人分」

 好美が嬉しそうに言いながら、カウンターに座った。

「あいよー……と言いたいところだけど、それ、美冬ちゃんから聞きたいなぁ」

 美冬は微笑み、息を吸う。

「おじさん、砂肝焼いて。塩で三人分!」

「あいよーっ!」


 鳥っ子倶楽部では好美と景子の質問攻めだった。

「でもあんたなら人気出そうね。可愛くて天然は反則級だからね」

 銀座でホステスをやりながら、大熊正商事の情報を集めていたと聞いた好美は言った。

「柿崎さんとも知り合いだったんだぁ。あの人全然そんな事言わなかったよね」

「柿ちゃんはプロだからね」

「でもまさかあの証拠のUSB、美冬が国交省の役人をたぶらかして手に入れるとは……美冬もやる時はやるじゃない」

 そう言った景子だが、好美と景子にとって可愛い妹の美冬は、ひとりでは何も出来ないと思っているようだ。

「本当よね。結局、美冬が証拠を手に入れて、安西萌が証拠を暴いて、柿ちゃんが記事にして決着だもんね。私たち、何も出来てないじゃん」

 好美が笑う。

「そんな事ない。好美ちゃんと景子ちゃんが"ビューティフル・ウインター救出作戦"を立ててくれたから、なんとかあいつを倒すことが出来たんだもん。全部二人のおかげよ」

 三人が順番に目を合わせ、ニコッと笑う。

「そうよね。あんたなんか、私たちがいないと何も出来ないんだから。もうはぐれちゃダメよ」

「うん、分かった。お姉ちゃん」

 ふと見ると、大将が涙を拭っている。

「ちょっとおじさん、何泣いてるの?」

 好美が言うと、

「猛烈に感動したよ。今日はサービスしちゃうかなぁ」

 そして店内は笑いに包まれた。


 美冬は都内の部屋を引き払い、さいたま市に帰ってきた。新しい部屋の玄関を開け、暗い部屋に入る。小さな電気だけをつけ、止まっている薔薇のオルゴールのスイッチを入れた。

「ただいま。みんな、優しかったよ」

 薔薇のオルゴールに話し掛ける。

「これで全部元通り。私は野薔薇ではなく美冬……もう、芝居は終わったの」

 オルゴールは優しく響き、薔薇は光の中でゆっくりと回っていた。

  ~完~

読んでいただき、ありがとうございます。

この後、エピローグに続きます。

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