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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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それぞれの決意……そして旅立ち


 明日からスポーツの日を絡めた三連休に入る。

「ねぇ貴さん、忙しいのは分かるけど、最近冷たくない?」

 電話口で不貞腐れる絵美。

『ああ、申し訳ありません。その件でしたら、ちょっと確認して折り返します』

「いつもそれ。ね、三連休、一日くらい休めない?」

『申し訳ありません、今はちょっとお答え出来ないので、社に戻って確認して折り返します』

「もう! いつも仕事中なのね。分かりました!」

 恐らく仕事の人と一緒なのだろう。絵美は渋々電話を切った。

「貴さんはやめよかな……なんか最近アイドル気取りで、図に乗ってる感じだし」

 呟きながらスマホの連絡先から圭介のアドレスを表示した。


「ちっと鬱陶しくなってきたな……」

 小さく呟きながら電話を切る貴之。

「どうしたんすか?」

 運転している圭介が、助手席の貴之に聞いた。

「いや、取材の申し込みなんだけど、しつこいんだわ、こいつ」

「あー、嫌っすねぇ。テレビ局っすか? 雑誌?」

 圭介のどうでもいい質問に煙たい顔をする貴行。

「あ、ちょっとそこの店に入って。メシ食っていこうぜ」

 しれっと会話をそらし、ファミリーレストランの駐車場に入っていった。

 

 空の高い位置に薄い雲が広がり、街ゆく人の服装にも、秋の色が見えはじめてきた。

 スポーツの日で祝日の今日、野薔薇は休みをとり、さいたま市方面にタクシーを走らせていた。高速道路を降りた時にはタクシーのデジタルメーターは一万五千円を超えていた。野薔薇は長い時間車に乗っていると、ついウトウトと寝てしまう。

「お客さん、着きましたよ」

 運転手に声を掛けられて目を覚ます。カードで決済して車を降りた。

 埼玉協栄病院。前回来た時から十日ほど経っている。萌も個室から四人部屋に移動したと聞いていた。

「ここかな?」

 部屋の番号を確認し、入口から中を覗いてみる。奥のベッドにいた萌の母親がそれに気付いた。

「あら、美冬さん」

 それを聞いた萌が驚き、慌てて起き上がろうとした。

「あっ、いたた……」

「萌ちゃん、まだ起きるのは無理よ」

 母親がリクライニングベッドをゆっくりと起こしたところへ、野薔薇がやってきた。

「萌ちゃん……」

「美冬さん!」

 萌の嬉しそうな声が、病室に響いた。

 

 美冬の姿を見て歓喜の声を上げた萌だが、その表情がみるみる泣き顔に変わっていく。

「美冬さん、ごめんなさい。私……私、美冬さんとの約束守らなかったからこんな事に」

「萌ちゃん……」

「あ、お母さんちょっと、下の売店にほら……飲み物! 飲み物買いに行ってくるから」

 空気を察した母親は、そう言って部屋から出て行った。

「萌ちゃん、私の方こそごめんなさい。萌ちゃんをこんな目に……」

「ううん、美冬さんのせいじゃないです。私、美冬さんの言うことを聞かずに勝手に突っ走って、結局何もつかめなかった……」

 萌は悔しそうに俯く。その肩は震えていた。

「萌ちゃん、ケガはどう?」

 美冬は話題を変える。

「まだ、足は動かないです。歩けるかは今後のリハビリ次第だって言われてるけど、実際はどうなのか……」

 頼りない目で動かない自分の足を見た。美冬はかける言葉を探している。

「でも……」

 萌が先に話を始めた。

「でも、歩けるかどうかは今の私にはそれほど重要じゃないんです。万一車イスになっても仕事は出来るし、あいつと戦える」

「えっ?」

「私このままで終わりたくない。美冬さん、私、歩けなくなった事を嘆くのは、あいつをやっつけてからにしたい」

 涙を浮かべて美冬を見つめるその目には、ひとつの迷いもなかった。


「えーっ? 銀座のクラブでホステス?」

「そうなの。びっくりでしょ?」

 美冬と萌、そして萌の母親の笑い声が響く。

「でも美冬さんなら人気でしょう?」

「いや、お母さん。銀座には綺麗な人がたくさんいて、私なんか全然なんですよ」

「じゃあ今は美冬さんじゃなくて野薔薇さんなんですね。お客さん、どんな人が来るんですか?」

「いろいろ。芸能関係の人、政治家、大企業の役員さんとか……みんな一ヶ月に三百万も四百万も使うの」

 ベッド脇の小さなテーブルには今しがた萌の母が買ってきたお茶と、前回のお見舞いで美冬が持ってきたシャインマスカット、そして、谷田部から受け取ったUSBメモリが置かれている。

 美冬のホステス話を中心に一時間ほど談笑し、美冬は病院を出た。そしてまた、野薔薇に戻る。

「お母さん、明日さ、私のパソコンを持ってきて。なんか元気になったら、ヒマになっちゃって」

「分かったわ」

 テーブルを片付けながら答える母。萌は手のひらのUSBメモリを見つめ、その決意を新たにした。


 いわし雲をオレンジ色に染める夕陽が、そのオレンジを引き連れて西の大地に沈もうとしている。

 三連休の最終日、圭介は絵美と楽しい時間を過ごしていた。

「いい季節になったわね」

 オレンジ色の空を見ながら、手を繋いで歩く二人。圭介は久しぶりの絵美とのデートに、たくさんはしゃいだ。そして今、二人が出会った大学の近くにある公園に来ている。

「大学の頃は、ここで二人で夕陽を見るなんてなかったよな」

「だって大学の時は圭介くん、私に見向きもしなかったじゃない」

 二人で笑う。

「あの頃は野球が全てだったからなぁ。プロ志望出して、ドラフトに掛からなかったら社会人野球やってプロを目指す、そんな事考えてたっけなぁ……」

「なんで辞めちゃったの?」

 絵美のその質問に立ち止まり、遠くを見る圭介。

「大学リーグ最終戦の、最後の打席に立った時、なんとなぁく、これが最後の打席だな、そう思ったんだ」

 絵美は、夕陽を見つめる圭介の横顔を見た。

「燃え尽きたのかもな」

 圭介は絵美に笑顔を向け、またオレンジ色の空に視線を戻した。しばらく黙って、夕陽を見つめる二人。

 そして圭介は、繋いでいた手を静かにほどいた。

「……終わりにしよう、俺たち」

「えっ?」

 絵美は驚いて圭介を見た。圭介は夕陽を見つめたまま。

「もう、自分を騙しちゃダメだ。今の絵美は、絵美らしくない」

 そう言って絵美を見た。

「大好きだった。今までありがとう」

 圭介は清々しい笑顔だった。

「なんか今日は、元気が有り余ってる! めっちゃ体を動かしたいから、俺はここから走って帰る。じゃ」

「え、あ、ちょ……」

 絵美は何が起こったのか、状況が把握出来ていない。公園の街灯に明かりが灯り、そこにとまるカラスがカァーカァーと鳴いている。

「なんなのよ、もう……」

 唖然としたまま、遠ざかっていく圭介の背中を見つめていた。

 

 月曜日が祝日だったため、今週のスタートは火曜日からになる。

 それだけがいつもと違う、貴之はそう思って出勤した。ところが……

 圭介は出社してすぐ貴之に封筒を渡し、貴之は圭介をミーティングルームに連れ出した。

「圭介、辞表って、どういう事だよ?」

 貴之は明らかに動揺している。

「スンマセン! 一身上の都合っす!」

 二人きりのミーティングルームで、気をつけの姿勢で声を張る圭介。貴之はしばらく圭介を見つめる。

「ま、いいから座れよ。どうしたんだよ?」

 圭介は貴之の向かいに座り、話を始める。

「いや、俺、卒業しようかと思って」

「そんなありきたりな答えを待ってるんじゃねぇんだよ。ここまで一緒にやってきたじゃねぇか。いいか? このプロジェクトでうちは大企業の仲間入りだ。圭介、今のお前のポジションなら、給料も三倍、四倍どころの話じゃねぇんだぞ?」

「貴さん、金じゃないんす。俺、このままじゃこれ以上がない。俺は貴さんに育ててもらいました。貴さんのおかげで今があるっす。でも……」

 圭介は深呼吸をした。

「もし今、貴さんが急にいなくなったら、俺は何も出来ない。結局、貴さんがいるから俺が成り立ってるっす。でもそれじゃ……、それじゃいつまで経っても俺は独り立ちできないんす!」

 貴之は圭介をジッと見つめたまま、黙っている。数秒後に口を開いた。

「お前がいなくなったら、俺が困るんだよ」

「俺の代わりはいくらでもいるっす。俺は、誰も代わりになれない俺になるために、貴さんを卒業するっす」

 貴之はまた黙る。そして、

「……お前がいなくなったら寂しいんだよ」

 小さく言った。圭介は目を見開き、下唇を噛み締めた。

 長い、沈黙……

「後悔は、ないんだな?」

 貴之が口を開く。

「うす!」

「分かった……」

 圭介の後任には吉村が選ばれた。十月末までの二週間で引き継ぎを終わらせ、圭介はレグルスを後にした。

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は2月23日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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