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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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キンモクセイの街


 野薔薇と柿崎は国立駅で電車を降り、駅を出てからタクシーに乗った。住所を伝える柿崎。

「よく調べたわね」

「だから、対象の住処を調べるのなんてワケないんだって。俺を舐めるな」

「でも、出かけてたら?」

「大丈夫。日曜日の奴は自宅にいるか、バッティングセンターにいるかのどちらかだ」

 なるほどと、野薔薇は笑う。

「娘を人質にとられてる状況は変わらないんだ。奴が反撃できないように、一発で決めなきゃならない」

「萌ちゃんが言ってたわ。この証拠が掴めれば、あいつを一発で地に落とすことができるって。それなのに私は、慎重すぎたのかもしれない……」

 タクシーが停まった。目の前のアパートは築十年くらいだろうか。デザインは少し古いが、割と綺麗な建物だ。タクシーを降りた二人は外階段を上がり、二〇三号室の玄関の前で立ち止まる。そしてインターフォンを鳴らした。

「はい。……え? ちょ、ちょっと待って下さい」

 こちらが何も言っていないのに、部屋の中の圭介はモニターに映る二人を見て慌てていた。

 玄関が開く。

「柿崎さんに美冬さん……いや、野薔薇さん?」

「悪いね突然。ちょっと、いいかな?」

「あ、はい。ど、どうぞ……」

 戸惑いながらも中に招き入れる圭介だった。


 圭介の部屋は意外と片付いていた。というよりも物がない。部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、あとはベッドとテレビくらいしかなかった。

 麻雀卓のような正方形のテーブルの各辺にそれぞれが座る。圭介はポットから急須にお湯を注ぎ、二人にお茶を入れた。

「どうしたんすか、急に。ビックリしたっすよ」

「ちょっと、貴之さんの事で話があって……」

「貴さんの?」

 圭介は話しているのが美冬なのか野薔薇なのか分からずに、困惑しているようだ。

「あなたは貴之さんを信頼し、敬愛しているようだけど……本当のあの人はとても危険な人なのよ」

 大熊正商事の仕事を取るために朱莉を利用した事は圭介も知っている。野薔薇と柿崎は具体的な名前を出さずに、他社から技術を盗んだ事、それを隠すために卑劣な手段を使った事、そしてそれを暴くためにオリジナルデータが必要な事を圭介に話した。

「あははははっ」

 話を聞いた圭介は大声で笑った。

「そんな話を俺に信じろっていうんすか? 貴さんがそんな事するはずないじゃないっすか」

 野薔薇と柿崎は"やっぱりね"と顔を合わせる。

「あなたは美冬さんなんすか?」

 今度は圭介が聞いた。

「違いますよね? 姿はそっくりだけど全然違う。美冬さんがそんな事、言うはずがない!」

 柿崎は無言でカバンの中を探り、数枚の写真をテーブルに広げた。

「圭介くん、あの人はあなたのことも裏切ってるのよ」

 貴之と絵美がホテルに入っていく場面、ホテルから出てきた場面、まるで恋人同士のようにディズニーランドでデートをしている場面、写真にはそれらが写っていた。


 写真には触れずに、ただ黙ってそれを見つめていた圭介が、ゆっくりと口を開く。

「親戚の叔母さんがね、狭山でお茶農場をやってるんすよ。で、いつもこうやって送ってきてくれるんす。知ってます? お茶は静岡が有名だけど、静岡よりも、味は狭山茶だって言われてるんすよ」

 視線は写真を見たまま、穏やかな口調で話す。

「美味しいお茶なんで、飲んでみて下さい。んで、飲んだら帰って下さい」

「圭介くん……」

「現実を見ろよ、米山! この写真も"何かの間違い"だって言うのか?」

 柿崎が声を荒らげた直後、

「貴さんは違うんだよ! 絵美が貴さんを好きになっちまったのは貴さんのせいじゃねぇ! 俺がっ……」

 すかさず圭介も怒鳴り、ここで一度声が途切れる。

「俺が、不甲斐ないから……」

 圭介は視線を落とし、泣き出しそうな声で言った。

「圭介くん、あなた……知ってたの……」

「今日の話は聞かなかった事にします。貴さんにも言わないっす。だからもう、帰ってくれよ……」

 野薔薇は柿崎を見た。

「行きましょう」

「あ、ああ……」

「お茶、ご馳走様。美味しかったわ」

 そう言って立ち上がる二人。部屋を出ようとした二人に、圭介が小さな声で言う。

「試験運用に使ったデータをシステム部から持ち出すのは無理っす。あと、そのデータは国交省にも提出してます」

 野薔薇は立ち止まり、圭介を振り返る。

「ありがとう、圭介くん」

 テーブルとベッドの間で膝を抱える圭介に言った。

 

「なんか、つらくなっちまったなぁ……」

 圭介の家から出た二人は、タクシーは呼ばずに駅まで歩く事にした。

「本当に……素直で優しい子ね、圭介くんは」

「ああ。だから余計に許せねぇな、近藤のやつ」

 国立駅まで徒歩でおよそ二十分ほど。最近は日が落ちるのが早くなり、十七時を過ぎるとだんだん薄暗くなっていく。まだ少し湿気が残る秋の風に乗って、キンモクセイが香る。

「しっかし、こっちは切り札の写真を出したのに、米山はオリジナルデータを持ってこれない。完全に手詰まりだな。これからどうする?」

 野薔薇は柿崎を見て意味深に笑った。

「な、なんか手があるのかよ?」

 柿崎はその笑顔にドキッとしながらも平静を装い、その場を取りつくろうように野薔薇に聞いた。

「私のお客様にね、国交省の管理職の方がいるわ」

 柿崎は"あっ!"という顔をした。

「谷田部か! あいつ、まだ来てるの?」

「週に一度は来て下さってるわ。あの人、見栄っ張りなところがあって、月に五十万以上は使ってるわね。はじめのうちはカード払いだったけど、途中から現金払いに変わってる」

 柿崎はニヤリと笑った。

「あと、口には出さないけど、辰雄さんに対抗心を持っているわ」

「なるほど。いけそうだな……」

 西の空をオレンジ色に染めながら、ゆっくりと沈んでいく太陽。なんとなく、長かった夏が終わろうとしているように見えた。

 

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は2月17日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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