エラーメッセージ
彩の国高速鉄道未来化計画の終着駅となる柊駅周辺では、新しい道路や商業施設の整備が進み、数年前とはまるで別の街に変わりつつあった。そして十年後にはさいたま市との合併を経て、未来型農業の先進都市として生まれ変わる予定である。
そのプロジェクトを主導する大熊正商事がレグルスのAIシステムを採用したため、役所や警察署などの公的機関にもレグルスのシステムが導入されていた。
「なんかまたこのエラーメッセージが出てるけど、大丈夫なのか、これ?」
「ああ、レグルスの人に聞いたら、ログ上の警告だから無視して大丈夫って言ってたよ。いつも自然に消えるし」
「とはいえ目障りだよなぁ」
道路整備課の担当者が話しているのを横目に、萌はそこを通り過ぎようとした。
「あれ、ITの人ですよね?」
萌に気付いたひとりが声を掛けてきた。
柊市役所では新しいシステムはレグルスのものが多いが、既存のシステムやスマートシティに関わらないものは地元埼玉県のIT企業のものを使っている。その中には深井コンピュータのシステムもあり、萌は度々柊市役所に出向いていた。
「このエラー見てもらえませんか?」
「え、ええ。いいですけど……」
頼まれると断れない萌は、そのパソコンをいじり始めた。
「っ!」
驚きの表情と共に萌の手が止まる。
「ど、どうしました?」
声を掛けられて我に返る。萌の作業を見ている市役所職員にも分かるくらいの動揺だったようだ。
「あ、いえ、何でもないです。簡単なエラーなので直しちゃいますね」
そう言いながら萌は中身を詳細に分析し、頭の中に叩き込んでいた。
九月も二週目に入ると、夜空の空気が少し澄んできたように感じる。真夏よりも光を増した月がそう感じさせるのだろう。
この日は金曜日という事もあり、夜の繁華街は賑わっていた。
渋谷の飲み屋街にある居酒屋鳥っ子倶楽部。ここに"ビューティフル・ウィンター救出作戦"のメンバーが緊急招集された。
「では、緊急会合を行います。乾杯」
「いや、だから、俺はもう動けないんだって」
柿崎は勝手にメンバーにされ、半ば強引に好美に呼び出されていた。
「萌ちゃん、何かつかんだって言ってたけど……」
景子は二人のやり取りを無視する。
「ええ、実は役所で容疑者T組織のシステムが使われてるんだけど、たまたまその中身を見ることができたんです。そこにうちから盗んだ痕跡らしきものを見つけました」
「容疑者T組織って、レグルスの事かよ」
そう笑う柿崎に、
「しっ! 柿ちゃん、迂闊よ。誰が聞いているか分からないでしょ」
好美がツッコむ。へいへい、とイスに寄りかかる柿崎。
「でもこれだけでは証明できないんです。これはオリジナルを改良したもののはずだから」
「オリジナルって?」
「私が容疑者Tにはめられたのはバレンタインの日でした。試験運用開始が三月中旬頃らしいんですけど、いくら土井さんでも、たった一ヶ月でレグルスのシステムに対応させた上に盗用の痕跡を消すことなんてできない。プレゼンで提出したオリジナルにはかなりの証拠が残ってるはずなんです」
「なるほどね。ちなみに土井は容疑者Dで呼びなさい」
指摘してきた好美をちらっと見て、
「役所に行った時にレグルスの人がいなければ、適当な理由をつけてコンピュータをいじることはできます。できる所までやってみます」
萌は決意を込めて言った。
翌日土曜日の正午過ぎ、野薔薇はゆっくりと目を覚ました。高い空にある太陽は真夏の勢いのまま。カーテンの隙間から強い光が差し込んでいた。
この部屋に越してきてから一度も電源を切る事なく回り続けている薔薇のオルゴール。今日も変わらないその音色に安心し、薔薇を閉じ込めているガラスドームをキンっと指で弾く。
すると柿崎からの着信。
「柿崎さん。どうしたの?」
『いや、調子はどうかと思ってさ』
「圭介くんをこっちに引き込めないから、ちょっと手詰まり気味ね。ゆっくりチャンスを待つわ」
話しながら野薔薇は、冷蔵庫から野菜ジュースを出してコップに注いだ。
『例の三人組の方は動きがあったぜ。一応報告しとこうと思ってさ』
「動き?」
柿崎は昨夜萌から聞いた事を話した。
「萌ちゃんがレグルスのコンピュータを?」
『ああ、なんでも不正を暴く証拠を見つけられそうなんだってさ』
一瞬、オルゴールの音が歪んで聞こえた。
「そんな! 危険だわ」
『いや、でもさ、近藤がこれ以上力を持ったらそう簡単には落とせなくなるぞ? 重森常務もたいぶ奴に入れ込んでるようだし。もしかしたらこれは、チャンスかもしれないぞ』
野薔薇は黙り込む。
「分かったわ。教えてくれてありがとう」
そう言って野薔薇は電話を切った。そしてしばらく考え込んで、顔を上げた。
「やっぱりダメだわ。やめさせなくちゃ」
鳥っ子倶楽部での会合の後は、毎回カラオケでひと騒ぎする。萌は今までそういう友だちがいなかったのだが、今は好美や景子との友情を心から楽しんでいた。
「いや、美冬さんの安否が分からないのに、楽しんでるなんて不謹慎だわ」
敬老の日が絡んだ三連休、それが明けたらまた柊市役所に行く事を決めていた。
と、スマホが着信を知らせる。
「知らない番号。誰だろ?」
少し警戒しながら電話に出た。
「もしもし?」
何も喋らない。少し間があき、無言電話かと思ったその時に相手の声が聞こえた。
「萌ちゃん、私……分かる?」
「美冬さんっ!」
間違いない、それは美冬の声だった。
「美冬さん、今どこに? 無事なんですよね?」
萌の声が涙声になる。
「ごめんなさい萌ちゃん、心配かけて。でもまだ、どこにいるかは言えないの。好美ちゃんたちにも、私から連絡があった事は黙ってて欲しい」
「一体、何があったんですか?」
「萌ちゃん、レグルスのシステムをいじるのは危ないわ。バレたらなにをされるか……貴之とは私が戦う。だから危ない事はやめて」
貴之が連日いろいろなメディアに登場し、ビジネスマンを超えた人気を博している事は当然萌も知っている。掴んだ成功を手放さないためになら、どんな事でもするだろう。中途半端な攻撃は、逆に命取りになりかねない。
「でもこの証拠がつかめれば、一発であいつを地に落とす事ができます。バレる前に、それを見つけます」
「ダメよ! お願い」
数秒間の沈黙ができる。
「お願い、萌ちゃん。危ない事はしないで」
すがるような美冬の声に、萌は"わかりました"と言うしかなかった。
美冬から連絡があった事を好美たちには言わないという約束、萌はそれを守っていた。だがもうひとつの約束、レグルスのシステムに触れないという約束は、今、破ろうとしている。
レグルスのエンジニアがほとんど顔を見せない事に、役所の職員は不満を持っていた。反対に萌だけではなく、ちょくちょくと様子を見に来てくれる深井コンピュータのエンジニア達には好印象を持っていた。
「こういう言い方はあれですけど、レグルスさんはうちより小さい会社で、急に大きな仕事が入っちゃったからてんてこまいなんだと思います。私でよければいつでも見ますよ」
萌はそう言い、何も怪しまれずにレグルスのシステムを覗き見る事が出来た。頭にインプットした内容を、役所を出てからノートに書き留める。そして、まだ足りない事に気付いた。
「もう一回来なきゃだなぁ。次はここを忘れずに見ておこう」
そう言って萌はノートを閉じた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次の更新予定は2月13日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




