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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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49/49

ぬいぐるみ


 野薔薇が客の後ろをついて出口に向かう。柿崎はその客に見られないように顔を背けた。

「あれ、谷田部だよな……また来てるのか」

「ん? どうかしました?」

 ボソッと言ったひと言に、隣のホステスが反応する。

「いや、何でもない」

 そのホステスと適当な話をしている時に、野薔薇がやってきた。

「お待たせ」

 そう言って柿崎に付いていたホステスと交代した。

「谷田部さん、大丈夫なの? 結構頻繁に来てるみたいだけど」

 国交省の管理職である谷田部は、それなりの収入はあるのだろう。だが銀座の高級クラブは、それなりの収入では頻繁に来れる場所ではない。

「好美ちゃん達の方は?」

 野薔薇はそれには答えず、逆に質問をした。

「やっぱりデータを盗んだ事を証明するのは難しいらしい。その痕跡が残ってるとしたら、最初に大熊正商事に提出したデモくらいだってさ。ま、当然、レグルスにも残ってるだろうけどな」

 野薔薇は柿崎に水割りを作り、カラカラとかき回す。

「米山圭介は分かるわよね? 近藤は米山の彼女にも手を出してるの。その証拠を持ってきて」

 水割りを柿崎の前に置いた。

「フッ、舎弟の女にも手を出すとはね……悪役にはピッタリのゲスさ加減だな」

 柿崎が水割りに口をつける。

「そうね……」

 野薔薇は妖しく微笑んだ。

 

 八月も三分の一が過ぎようとしている九日の夜。明日から夏季休暇となる企業も多く、街は賑わっていた。

 その賑わいからおよそ百メートル上空、朱莉の部屋のベッドに横たわる貴之。

「ねぇ、朱莉さん。あの柿崎って記者、常務の手飼いなの?」

 広い寝室にある小さなテーブル。そのイスに座り、朱莉はタバコを吸っている。

「柿崎さん? どうして?」

「いや、ちょっと気になっただけ」

 朱莉はフーッと、細い煙を吐いた。

「あまり関わらない方がいいわ。あのタイプの記者には」

 貴之は天井を見つめながら黙り込む。朱莉はクリスタルの灰皿でタバコを消し、貴之を見た。ベッドに仰向けに横たわり、難しい顔で天井を見つめている。朱莉はクスッと笑った。

「確か、離婚してたわね。小さい子がいたはずよ。今は小学生くらいになるのかな……」

 貴之は頭は動かさずに、天井から朱莉に視線だけを移す。朱莉はすまし顔でカチカチとライターをいじっている。朱莉に対する愛しさが胸の中にわっと広がったが、それを表には出さなかった。

 

 七月の平均気温が過去最高となり、気象庁が『歴史的な暑さとなる』と注意喚起をしている今年の夏。お盆に入る直前の太陽は、更なる記録に挑戦する勢いで照りつけている。

 夏休みで賑わう柏の葉キャンパスシティショッピングモール『エルポート』に、貴之と絵美の姿があった。

「小学一年生の女の子が好きそうな物?」

「ああ。なんか、一発で心をつかめるような物ってないかな?」

 エルポート内のコーヒーショップで向かい合う二人。絵美は怪訝そうな表情を浮かべる。

「貴さんまさか、次は小学生に手を出すつもりじゃないわよね?」

「……絵美、お前それ、冗談で聞いてるんだよな?」

 絵美はニコッと笑う。

「今度は何を企んでるの?」

「いや、そんなんじゃないって。もうすぐ姪っ子の誕生日でさ」

「貴さん、兄弟いないじゃない」

「ああ、従兄弟の子な」

 絵美は"ふーん……"と疑いながらも、色々提案をしながら買い物に付き合った。

「ね、ご褒美に明日、ディズニーランド連れてってよ」

「は? このクソ暑いのにか? しかも夏休みでめちゃくちゃ混んでるぞ?」

「いいでしょ? いい買い物が出来たんだから」

 貴之の腕に絡みつき、おねだりをする絵美。

「分かったよ」

 貴之は斜め下にある絵美の顔を見て、苦笑いで答えた。


 お盆休みも終盤に入った十六日金曜日。太陽が沈むのはいくらか早くなり、十九時の街はネオンが輝きはじめる。

「まいったな、まだ七時かよ。クソ暑いし、ビールにするか、パチ屋で涼むか……」

 野薔薇の店に行くのは二十三時頃。時間が余り過ぎた柿崎は、汗だくで街をふらついていた。そこでスマホが鳴り、柿崎は画面を見た。

「は? 真奈美?」

 柿崎は五年前に離婚をしている。その別れた妻からの着信だった。

「もしもし……」

「野乃には会わない約束でしょ! 今更なんなのよ!」

 いきなり怒鳴られ、面を食らう。

「な、何言ってんだ? 野乃になんか会にゃな……」

 動揺して言葉を噛んでしまった。

「知らないおじさんにぬいぐるみをもらったって言ってたわよ! もう二度と近付かないで!」

 それだけ言われて電話が切れた。

 別れた時二歳だった娘の野乃は、今年から小学生になっているはずだ。今の電話で野乃が元気な事は分かったが、柿崎には全く覚えのない事だった。

「知らないおじさん? 大丈夫か?」

 柿崎は少し心配になり真奈美に何度か電話をした。だが真奈美が出る事はなかった。


 結局柿崎は二十二時半の閉店までパチンコ屋で時間を潰し、銀座に向かった。

「めっちゃ勝ったわ。たまには行ってみるもんだな……」

 財布の中の万札が数枚増えたが、クラブ華月の飲み代は"情報料"として野薔薇が面倒を見ている。財布の中が減ることはない。もっとも柿崎は、クラブ華月には楽しみに行ってるわけではないのだが。

 いつものように席に通され、野薔薇がやって来た。

「いい写真が撮れたよ。夜にホテルに入って、朝に出てきて仲良くディズニーランドときたもんだ。まったく迂闊なやつだよな」

 野薔薇は黙って柿崎のデジカメを見ている。そこには貴之と絵美が恋人同士のようにデートをしている写真が複数枚写っていた。

「でもこんな写真何に使う気だい? 近藤が誰と付き合ってようが誰も興味を持たないぞ?」

「ひとり、興味を持つ人がいるでしょ?」

 野薔薇は柿崎にデジカメを返す。

「米山圭介。彼にこの写真を見せて。そして彼が近藤の所に行く前にここに連れてきて」

 柿崎はデジカメを大切にバッグにしまった。

「なるほどね。奴をこっちに付けるわけか。確かに奴なら、レグルスにある不正データを持ち出せるかもしれないな」

「いい子よ、彼は……」

 遠い目をして言う野薔薇の横顔に、ゾクッとする柿崎だった。


 クラブ華月から出てきた柿崎はすぐにタクシーには乗らず、深夜の街を歩いていた。午前零時を過ぎてもかなり蒸し暑く、少し歩くと汗が流れてくる。

「柿崎さん」

 誰かに呼び止められ、声の方を向く。

「ああ、近藤さん。こんな時間に奇遇ですね」

 声を掛けてきたのは貴之。なんとなく嫌な感じがしたが、柿崎は自然に挨拶をした。

「柿崎さん、最近頻繁に野薔薇に会いに行ってるようですね」

「え? ああ、まぁ、取材も兼ねて……」

「柿崎さん、可愛らしいお嬢さんがいるんですね。茨城の水戸ですか」

「!」

 貴之はいやらしい顔をして柿崎との距離を詰める。

「何を嗅ぎ回っているのか知らないが、お嬢さんが可愛いなら余計な事はしない方がいいですよ」

「お前!」

 貴之は不敵な笑いを残し、背中向きに手を振りながら柿崎を通り過ぎていった。

 "知らないおじさんからぬいぐるみをもらった"

「迂闊なのはこっちだったか」

 遠ざかっていく貴之の背中を睨みつけながら呟いた。

 

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は2月9日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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