土足の銀座
貴之と圭介は中華のチェーン店に入った。
「とりあえず餃子二枚と生ビール二つ。あとは決めとくわ」
おしぼりを受け取ると同時に注文する貴之。
「え? 貴さん、仕事中っすけど……」
「いいよ今日は。飲んじゃおうぜ」
ほどなく生ビールが運ばれてきた。
「貴さん、サングラスとかしといた方がいいんじゃないすか?」
「バカ、そんな有名人じゃねぇよ。ところで圭介、今晩大丈夫か?」
「え? ええ、大丈夫っすけど……」
「ちょっとさ、銀座に一緒に行ってもらいたいんだ」
重森とクラブ華月に行ってから三週間弱が経つ。貴之は野薔薇の事が気になって仕方なかったが、この三週間は取材、取材で行く暇がなかった。
「銀座っすか。いよいよ俺も経済界デビューっすね」
圭介の無邪気さにフッと笑った後、クラブ華月に美冬らしき人がいる事を圭介に話した。
夜を待ち、二人は銀座に移動した。
「ここだ」
圭介の緊張をよそにスタスタとビルの入口に入る貴之。圭介はその後をキョロキョロしながら着いていく。
「このエレベーター、いい匂いっすね」
エレベーターのドアが開くと、圭介は圧倒された。
「近藤さま。いらっしゃいませ」
貴之が声を掛ける前に、黒服が貴之にお辞儀をする。
「どうも。野薔薇さん、指名出来ますか?」
「確認致します。どうぞ、中へ」
黒服がドアを開け、貴之は中に入るが、圭介は躊躇している。
「どうぞ」
優しく圭介を促す。
「ど、土足でいいんすか?」
床一面に敷かれたフワフワの絨毯を靴で踏むことを躊躇っていたのだった。
二人が席に座るとすぐに、ママがやって来た。
「近藤さま、ようこそお越し下さいました。まぁご活躍で、テレビでもよく拝見しておりますわ」
「いえいえ、恐縮です。これは部下の米山です」
「米山さんようこそ。そんなに緊張なさらずに」
ママは上品に笑う。
「近藤さま申し訳ございません。野薔薇はあいにく、別のお客様からご指名を頂いておりまして。今日はカズハがご一緒させて頂きます」
「貴之さん、こんばんは」
カズハは前回貴之に付いたホステスだった。
「圭介さんは貴之さんのパートナーなんですか?」
圭介の隣には花恋というホステスが付いた。
「いや、自分は舎弟っす」
カチコチで答える圭介。貴之は店内をキョロキョロと見回している。
「野薔薇ちゃんを探してるんでしょ?」
カズハは他のホステスと違い、少しくだけた感じがする。
「この間も野薔薇ちゃんの事チラチラ見てたし、誰かと間違えてたみたいだし」
「いや、こいつの彼女に似ててさ。なぁ、圭介」
「え、あ、いや、そ、そうなんすよ」
突然振られた圭介、なんとか話を合わせた。
「じゃあその美冬さん、圭介さんが美冬さんの親友と浮気してると思っていなくなっちゃったのね」
「うん。実際圭介は浮気なんかする奴じゃないんだけど、その親友にハメられたんだよ。で、いなくなる直前にさ、遺書とも取れるようなLINEが来て、な」
「そ、そうなんすよ」
なんの打ち合わせもなく突然始まった貴之の作り話に圭介は相づちだけを打つ。
「それは心配ね。野薔薇ちゃん、あの席にいるからトイレ行く時に見えるわ」
カズハが教えてくれた。
「マジっすか? 俺ちょっと、行ってくるっす」
「あんまりジロジロ見るなよ」
立ち上がった圭介に貴之が釘を刺す。カズハと花恋はチラッと視線を合わせた。
トイレから出てきた圭介に花恋がおしぼりを渡す。
「どうもっす」
おしぼりを受け取り、席に戻りながらさりげなく野薔薇の席を見た。
「(うわっ、めっちゃ似てる……)」
そう思った時に野薔薇が圭介を見た。そして、ニコッと笑った。
息が止まり、心臓が飛び出しそうになる圭介。動揺したまま席に戻った。
「どうだった?」
圭介は水割りをゴクゴク飲み、息をついた。
「見た目はそっくりっす。でも雰囲気が……」
貴之と同じ感想だった。
「危険な香りっていうか、あの雰囲気は別人っす」
「確かにな……」
結局野薔薇が美冬なのか美冬ではないのか、どちらの確信も得られないまま時間が過ぎた。カズハと花恋も野薔薇のプライベートについては何も知らないらしい。
貴之が会計を依頼し、黒服が持ってきた伝票を覗き見て、今度は目玉が飛び出しそうになった圭介。
「(たった二時間であの値段……?)」
カードで支払いを済ませ、席を立つ。ママ、カズハ、花恋が外まで見送った。
「ママ、あの二人要注意です」
二人の姿が遠くなってからカズハがママに言った。
「カズハちゃん、お客様を悪く言うものじゃないわよ」
「だってママ、変な作り話までして野薔薇ちゃんの事聞いてくるのよ? きっとストーカーよ」
ママはクスッと笑う。
「カズハちゃんは野薔薇ちゃんが心配なのね。分かったわ、みんなには注意するように言っておくから」
ママはカズハの細い腰に手を当て、三人はエレベーターの中に消えていった。
夜になっても熱気を失わない街。しかし二十二時を過ぎた今も気温が三十度を超えているのは、夏のせいだろう。
「なぁ圭介、どう思った?」
街を歩きながら貴之が聞いた。
「いや、銀座って恐ろしいと思ったっす」
「は?」
「だって二時間くらいしかいなかったのにあの値段て……貴さん、手持ちがないので後で払いますんで」
「ああ、いいよそんな事は。どう思ったかっていうのは野薔薇の事だよ」
時折、ぬるいジトッとした風が通り過ぎていく。
「あれは……なんでしょうね。見た目は間違いなく美冬さんっす。メイクの感じも違ったけど、あんな綺麗な人が二人も三人もいないっす。でも……」
そこまで言って黙り込む。なんとなく物悲しい沈黙だった。
「あれ?」
貴之が何かに気付いた。
「圭介、圭介ちょっと……」
圭介を引っ張って歩道から見えにくい物陰に隠れた。
「どうしたんすか?」
「あれ、柿崎だろ?」
貴之は少し距離を開けて柿崎の後をつけた。そして柿崎がクラブ華月のビルに入ったのを見届け、確信した。
「圭介、野薔薇は間違いなく美冬だ」
「え?」
「俺は必ずこの手に美冬を取り戻す」
圭介には何がなんだか分からなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次の更新予定は2月7日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




