ジャイアントキリング
大熊正商事創業百年記念プロジェクト『彩の国高速鉄道未来都市化計画』。そのパートナー企業に選ばれたのが虹色システムズでも楽園でもない、無名の中小企業レグルス。そのニュースは少なからずビジネス界を騒がせた。
その発表からわずか二日後に、週刊さきがけはその特集を載せた最新刊を発売した。
「いや貴さん、これ凄いっすよ」
営業部フロアの一角にあるミーティングスペース、そこにレグルス営業部のメンバーが集まっていた。テーブルの上には週刊さきがけ最新号の特集ページが開かれている。
『小さな巨人が起こしたジャイアントキリング! IT業界に新たな旋風!』
そう見出しが打たれ、四ページに渡ってレグルスが特集されていた。
「いつの間にこんな取材受けてたんですか? 全然知らなかった」
「でもさすがさきがけですよね。うちに決まるかもしれないって情報を掴んでないと、このタイミングでうちの特集なんかしないじゃないですか?」
「だな。やっぱ他とは情報収集の能力が違うんだろうな」
貴之はとぼけたが、これは柿崎が重森と繋がっているからに他ならない。
『弊社は技術力に絶対の自信を持っております。この、世の中に大きく貢献できる能力をどう伝えていくかが、我々営業の使命であります』
「ここ貴さんらしいっすよねぇ」
「俺もなかなかイケメンに写ってるだろ?」
「雑誌では白黒だけど、電子版はカラーですしね」
「いやぁこれ、レグルス熱くなりますね」
貴之は立ち上がり、皆を見回す。
「俺たちのシステムは最強なんだよ。熱くしていくぞ!」
貴之の檄におおっ! と答える。肩書き上は営業部を離れ、スマートシティ統括部に席を置くが、やはり貴之は営業部のリーダーだった。
このところ夕方になると強い雨が降る日が続いている。この日も、十六時を過ぎた頃から急激に空が暗くなり始めた。
「ヤバい、これ、絶対くるよね」
「せめて駅までもってぇ」
萌は同僚の小澤と会社に戻るところだった。二人が駅に着き、電車に乗った途端に大粒の雨がバタバタと降り出した。
「間一髪だったね」
萌も小澤も積極的に話す方ではないので、電車が動き出してからは会話がなくなった。
小澤のスマホを覗くつもりはなかったのだが、その画面が目に入った時に、萌の心臓は飛び出しそうになった。
「お、小澤くん、それ、なんの記事……?」
その声は少し震えていたかもしれない。
「あ、これ? 柊市に地下鉄が延びるじゃん? そのシステムの管理でレグルスってベンチャーが虹色に勝ったんだって。凄いよね」
画面で笑う写真。萌がそれを見間違えるはずがない。
「貴之さんだ……」
表情をなくした萌が小さく呟いた。
美冬が姿を消しておよそ二ヶ月。
今年は入梅が遅く、七月が半分過ぎた今日時点でまだ梅雨は明けていない。どんよりとした空模様、そして好美の心模様もどんよりのまま。お昼時の"おばちゃんの店"で、景子と向かい合っていた。
「好美さ、少し痩せたんじゃない?」
「分かる?」
そう言ってから生姜焼きを頬張る好美。
「大丈夫、美冬は帰ってくるわよ」
「でもさ、なにかに巻き込まれてる可能性は高いじゃない?」
「確かにそこは心配よねぇ……」
二人にできる事は、ただ心配しながら待つ事だけだった。
その時、入口のドアが勢いよく開いた。
「あ、いた! ……ハァハァ……よかったぁ……ハァハァ……」
二人は入口を見た。
「あ、安西萌じゃん」
そこには肩で息をする萌が立っていた。
萌は好美の隣に座り、運ばれてきた水を飲み干してから唐揚げ定食を注文した。
「よくここにいるって分かったわね」
「システム営業の人が多分ここだろうって」
「好美、出る時に大きな声で『おばちゃんの店いくか』って言ったからね」
太陽は雲に隠れているが気温は高く、蒸し暑い。
「今日こっちだったんだ?」
萌は走ってきたようで汗まみれだった。
「そうなんですよ。お昼ご一緒させてもらおうと思ったらもう行ったって言われて……」
萌はカバンから雑誌を取り出しながら言い、付箋のページを開いた。
「この記事見ました?」
「ん? 小さな巨人が起こしたジャイアントキリング? 知らないわ」
「私も見てない」
好美と景子は記事を覗き込んで言った。
「虹色システムズは知ってますか?」
「あんたバカにしてんの?」
萌は好美の言葉を無視して続ける。
「彩の国高速鉄道を柊市まで延ばして未来都市を創るっていう計画が、大熊正商事主体で始まったんですよ」
萌は言葉を切り、好美を見た。
「大熊正商事は知ってます?」
「あんた、バカにしてるわね」
景子が思わず口元を緩めた。
「なるほどね。その小さい会社が、虹色システムズに勝っちゃったからジャイアントキリングね」
萌は身を乗り出し、
「問題はそこじゃないんです」
と、小声で言った。好美と景子も身を乗り出し、テーブルの中央に三人が集まる。
「インタビューを受けてるこの人……」
記事の中の写真を指さす。
「この人が私と美冬さんを騙した人です」
「なんですって!」
好美の声が店内に響き渡る。三人は顔を見合せたまましばし固まった。
好美が突然大きな声を出したために一瞬シーンとした店内。だがすぐに賑わいを取り戻した。
周りの変化など目に入らずに見つめ合う三人。
「わ、私……」
萌が意を決したように口を開く。
「二人に話してない事があります」
そして萌は、貴之との出会いから最後にホテルで別れるまでを話した。裸の写真を撮られた事も全て。
「そ、そんな事が……」
「萌ちゃん、話してくれてありがと。辛かったわね」
「美冬さん言ったんです。写真を盾にすることは出来ないから大丈夫、必ず私に謝らせるって」
深刻な顔の三人。
「でもあんた、本当にそんな、裏の仕事とかいう話を信じたの? スパイ映画じゃあるまいし」
「その時は信じちゃったんです。実際百万円て大金がポンと出てくるし」
萌は恥ずかしそうに答えた。
「でもそこまでやったのは、安西萌がこの男の秘密を知ったからよね。なんか心当たりないの?」
「そう言われても……」
二人が考え込むと、
「心当たりも何も、どう考えたってパソコンの中身でしょうよ!」
景子がツッコんだ。好美と萌はキョトンとしている。
「パソコンの中身?」
「そうでしょ! 会社からパソコン持ってこさせて社内システムに入った途端に寝かされたんでしょ? 考えるまでもないじゃないの」
好美と萌は顔を見合せ、
「あー……」
と、納得をした。景子は少し呆れた顔をしてからすぐに真顔に戻って言う。
「多分この記事にある未来都市計画のためにシステムの何かを盗んだんでしょ。そんな事がバレたらこの男の成功がなくなるどころか、犯罪者よ? 美冬、ヤバくない?」
静まり返る三人。
「と、とにかく私、会社に戻って調べてみます。このレグルスの事も」
「そうね。何か分かったら必ず連絡して。景子、私たちも戻ろう。昼休みが終わっちゃう」
「何言ってるの? 昼休みなんかとっくに終わってるわよ」
景子はいつも冷静だった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次の更新予定は1月31日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




