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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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43/50

第七会議室


 六月に入ってからスッキリとしない天気が続いていた。東京地方はもう入梅の時期だが、今年は少し遅れているようだ。

 美冬が姿を消してからひと月半、蒸し暑い日が続いていた。

 貴之はテラスから気が済むまで地上を見下ろし、リビングに戻った。

「外の風の方が気持ちいいよ、朱莉さん」

 地上およそ百メートルの朱莉の部屋は、下界よりも湿気が少ない爽やかな風が吹いていた。

「いいわよ、窓開けておいても」

 そう言う朱莉だが、エアコンを消そうとする様子はない。貴之は朱莉の向かいに座った。

「最近重森部長来ないね。海外にでも行ってるの?」

「日本にいるわよ。またどこかの飲み屋の女にでも入れ込んでるんでしょうね」

 ワインを片手になんでもない事のように言う朱莉。

「あなたは彼女とどうなの? ここんとこ毎日ここに来てるけど」

『貴ちゃんに彼女がいなくなったら、この関係も続けられなくなっちゃうわ』

 以前朱莉が言った言葉を思い出す。

「ああ、問題ないよ。週末には会ってるから」

「そ。大事にしてあげなさいよ」

 緩い風がカーテンを揺らしている。さっきまで降っていたスコールのおかげで、気温も下がっていた。

「朱莉さん、嫌じゃないの? 重森部長が他の女に入れ込んでて」

 朱莉は口元に薄い笑みを浮かべた。その笑みからは余裕すら感じる。

「あの人がエネルギッシュなのは女好きだからよ。そこも、あの人の魅力……」

 そう言ってタバコに火をつける。化粧を落としてなお挑発的な唇から、ゆっくりと煙を吐く。その仕草に見惚れた貴之。

「ねぇ……」

 そう呼びかける貴之を流し目で見る。

「俺が重森部長を超えたら、俺に乗り換える?」

 朱莉は驚いた顔をした。

「貴ちゃんが辰雄さんを?」

 今度は愉快そうな顔をして、また煙を吐く。

「考えとくわ……」

 貴之はフッと笑い、窓の外の空に視線を移した。


 赤坂にある大熊正商事東京本社ビル。一階はテナントとして解放しており、オシャレなカフェやファミリーレストランなどが入っている。そこからエスカレーターで二階に上がった所にエントランスがあった。

 ホテルのロビーのような洗練された空間の中央にある受付カウンター、そこにいる朱莉を含めた五名の受付が来客を迎える。

 賑わうテナントフロアを抜け、ひとりの男が受付カウンターに近付いてきた。ラフなパーマヘアに無精ひげ、ヨレヨレのワイシャツの袖をまくり、ネクタイはしていない。

 朱莉はその姿を見つけ、

「あら柿崎さん。お待ちしておりましたわ」

 声を掛けた。

「ども」

 柿崎の軽い挨拶。

「未来ちゃん、お願い」

 朱莉は若い受付にそう言い、カウンターを出て柿崎とエレベーターの方に歩いていった。


「重森部長、柿崎さまがお見えになりました」

 受付から内線を受けた女性秘書が重森に伝える。

「分かった。吉澤くんと曽根くんを呼んでくれ。第七小会議室ね」

「かしこまりました」

 秘書が下がる。重森は残りのコーヒーを飲み干してから席を立った。


 八名ほどでミーティングなどを行う小会議室、そこにプロジェクト担当課長の吉澤、都市インフラ技術部課長の曽根、そして外部から柿崎が重森に呼ばれて集まった。

「お疲れ様です」

 重森が小会議室に入ると三人は立ち上がり、挨拶をした。

「どもども。すまないね、忙しい時に」

 重森が座り、三人も座る。

「早速本題だが、曽根くん、どうだね、レグルスのシステムは?」

 彩の国高速鉄道未来都市化計画、そのシステムの試験運用を任されているのが曽根のチームだった。

「とんがってますねぇ。虹色システムズのようにオールマイティではないですが、このプロジェクトのシステムとして見るとかなり優秀です」

 そう言いながら資料を配り、説明を始めた。

「なるほどね。懸念する点は?」

「技術面に問題はないと思われます。ただ、やはり規模的な問題ですね。プロジェクトとレグルスという会社のサイズが釣り合わないため、何かを追加する時は対応できるか疑問です。元々なんでも出来るってシステムではないので」

 重森は腕を組んで聞いている。

「ちょっと質問いいっすか?」

 そう言ったのは柿崎だった。この場にそぐわない出で立ちのこの男の正体は、ビジネス誌ではナンバーワンである『週刊さきがけ』の記者であり、重森に雇われている"調査屋"であった。

「レグルスのシステムはこのプロジェクトに特化したもんなんですか?」

「まぁ、内容を見ればそう言えなくもないですね」

 柿崎はニヤリと笑った。

「じゃあ次は俺が発表します。部長に言われてレグルス、そして近藤貴之を調べました」

 重森は閉じていた目を柿崎に向けた。


 柿崎はレグルスの規模や経歴を軽く説明した。

「システム会社としてはまだ小規模といった感じですね。曽根課長が懸念する通り、新機能の追加やシステムの大幅変更となると厳しいでしょうね。技術者はそれなりに力のあるメンバーが揃っているようです。その中で特筆すべきは、土井光治」

「土井?」

 テーブルに肘をつき、顔の前で手を組んでいる重森。その眉が動く。

「はい。業界に名前こそ通っていませんが、かなりの実力者だと見受けられます。ツバサ自動車のシステムの一部を虹色システムズからもぎ取ってるんですが、性能では虹色のそれを超えています」

「ほう、それをその土井が?」

「はい。なんでも偏屈な男らしいのでこの男と絡んでいる人間が少なくて、情報も少ないんですがね。でもこの土井がいれば、技術的な心配はしなくていいと思いますよ」

「なるほどね。で、近藤貴之の方はどうだね? 見込みありそうかね?」

「営業としては優秀でしょう。頭も切れるし、下からの信頼もありますね」

 柿崎はここで一度話を切り、水をひと口飲んだ。

「そしてこれは私の私見になりますが、かなりの野心家という感想ですね」

「ほう……」

 重森の鋭い目が光った。

「順を追って話します。まず部下には慕われている、このことでカリスマ性はあると言えます。そして偏屈で閉鎖的な土井と組んで多くの仕事を成功させている、これは人心掌握の能力がかなり高い証明になりますね」

 重森は鋭い目のままだが、柿崎の話にどこかワクワクしているように見える。

「仕事のタイプはハンターですね。狙いをつけたらどこまでも追うタイプです。そして……」

 柿崎はまた水を飲んだ。

「土井とのペアで"奇跡"ともいえる結果をいくつも出していますね。今回の件も、このプロジェクトにピッタリのシステムを仕上げてきた。これはたまたまと言うにはちょっと出来すぎかと……」

 吉澤と曽根は顔を見合わせ、重森は姿勢を変えずにニヤリと笑った。


 三連休初日となる七月十二日、空はどんよりしているがかなり気温は高い。クールビズが当たり前の世の中だが、貴之と圭介はこの日、スーツのジャケットにネクタイという姿で浦和の街にいた。

 浦和駅からおよそ八百メートルの所にある浦和エンペラーズホテル。その大宴会場で彩の国高速鉄道未来都市化計画の記者会見が行われようとしていた。

「圭介、ネクタイ曲がってるよ」

 貴之は圭介のネクタイを直してやり、

「俺は? 俺は大丈夫?」

 と、自分のネクタイを気にした。

「大丈夫っす」


 三週間ほど前、貴之は重森に呼ばれ、圭介を連れて大熊正商事に行った。

「街のシステム、御社一社に任せられますか?」

 重森にそう聞かれた時の威圧感。鳥肌が立った。

「私どもは努力する会社です。ご期待以上の事をやってみせます」

 短くそう答えたが、声が裏返らなかった事に内心ホッとした。

「分かりました。御社に決めましょう」

 そう言いながら立ち上がり、右手を差し出す重森。貴之は両手でその手を握ったが、あんなに恐ろしい笑みを見たのは初めてだった。


 開場の時間まであと一時間ほど。貴之は控室の重森を訪ねた。

「失礼致します、重森常務。本日はよろしくお願い致します」

 プロジェクトのマスコミ発表に合わせて、重森は常務取締役執行役員となっていた。

「おお、近藤主任、米山さん」

 会見前の控室はもっと慌ただしい雰囲気かと思ったが、意外とそうでもなかった。

「重森常務、実は私たちも肩書きが変わりまして……」

 貴之が名刺を差し出し、圭介も続いた。

「あ、これは失礼。スマートシティ統括マネージャーにサブマネージャーか。これは立派な肩書きですな。まぁ今日は近藤マネージャーが記者の質問を受ける事はないから、気楽にお願いしますよ」

「ありがとうございます」

 圭介は緊張しっぱなしでひと言も話さなかった。


「常務、あの男がそれほどのものなんですか?」

 貴之たちが出た後の控室、吉澤が重森に聞いた。

「吉澤くん、あのギラついた目を見たかね?私の若い頃にそっくりだ」

 重森は愉快そうに笑う。

「常務はあの男が常務を継ぐ器だとでも……?」

「私もあの歳の頃はまだ企画部の課長にすぎなかったよ」

「いや、我社の課長と中小企業の管理職じゃ比較になりませんよ」

 重森は吉澤に一瞥を送り、少し見下したような笑いをみせる。

「さて、そろそろ時間だな。行こうか」

 そう言って立ち上がった。

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は1月29日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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