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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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42/49

欠けた席


 ゴールデンウィーク明けの火曜日、連休などなかったかのように普通の夜だった。が、居酒屋鳥っ子倶楽部、そこには普通の夜を迎えられなかった二人組がいた。

「おじさん、砂肝焼いて。塩で二人分……」

 元気なく注文する好美を見て、大将はフッと笑う。

「あいよ」

 落ち込んでる娘に声を掛けるように、優しく答える大将だった。


 朝、好美が会社に着くと、いつも先に来ているはずの美冬がいなかった。

「美冬のやつ、彼氏とムフフ過ぎてまた寝坊したな」

 そうふざけていた好美だが、始業時間になっても美冬は来ない。すると部長の新田が皆に連絡があると立ち上がった。

「一課の事務の齋藤くんだが、ちょっと事情で長期休暇を取る事になった」

 一課が手薄になる分を他の課でフォローして欲しい、そう締めくくったが好美は納得がいかず、新田に詰め寄った。

「はじめは辞めたいって言ってきたんだよ。私用でどうしてもやらなければならない事が出来て、それが一年かかるか二年かかるか分からないらしい」

「絶対帰ってくるんですよね?」

「家族旅行中に二時間電話で説得したんだ。必ず帰ってくるさ」

 新田を責めてもなんの意味もない事は分かっていたので、そこで引き下がった。


「どこ行っちゃったのよ、美冬ぅ……」

 泣き出しそうな声で砂肝をかじる好美。

「でもなんで電話番号まで変えたんだろうね?」

 景子が梅酒を片手に言う。

「それよね。絶対何かあるわよね」

「ほら、連休前にさ、飲み行こうって時に萌ちゃんが来たじゃない? そこで何かあったのかも……」

「それだ! ナイス景子! ファインプレーよ。安西萌に電話してみて」

 景子は興奮している好美を見つめた。

「私、萌ちゃんと連絡先交換してないよ?」

 好美はピタッと動きを止める。

「何やってんのよ、もう。私も安西萌の番号なんて知らないわよ」

「深井コンピュータの番号なら分かるじゃん。今日はもう誰もいないだろうから、明日電話してみようよ」

「景子好プレー! おじさん、芋焼酎おかわり! 早く!」

 カウンター向こうの大将は微笑み、

「いいねぇ、若いって」

 呟いた。


 同じ時刻の西神宿の赤ちょうちん。ここにも普通の夜を迎えられなかった二人組がいた。

「普通さ、いなくなる前に問いただすだろ? 貴之! 女の人といたでしょ? とかさ」

 言ってから貴之は、冷酒をガブッと飲んだ。

「貴さん、大丈夫すか? ちょっとペース落とした方が……」

「大丈夫だよ。人の心配してるヒマがあったらお前も飲め」

 貴之がこんな飲み方をするのを、圭介は初めて見た。

(美冬さんがいなくなった原因が、ほんの少しでも自分にあったとしたら……)

 そう思うと圭介の胸は締めつけられた。

「貴さんすんません! 俺、美冬さんに余計な事言ったかもしれないっす」

「あ?」

 貴之が顔をしかめる。

「美冬さんに貴さんが浮気してるって言われて、俺、その誤解を晴らしたくて、須山さんの事は美冬さんのためだったって言ったっす」

 真剣な顔で告白を始めた圭介を、貴之は見つめている。

「貴さん、この仕事を成功させて美冬さんにプロポーズするって、だからどんな手を使ってもこの仕事を取るんだって……」

「圭介っ!」

 貴之が鋭い口調で話を止めた。

「圭介、俺はお前に会えてよかったよ。例えこのまま美冬がいなくなっちまっても、お前がいてくれて俺ぁよかった」

「貴さん……」

 呂律が怪しくなるほど酔っ払っている貴之が、拳を差し出す。酒が入ったコップの上で、二人はグータッチをした。

 

 ゴールデンウィークを静養に当て、萌はかなり回復していた。

「安西さんが休んでる時にリーヴァに行ったけど、"安西萌自殺説"が流れてたよ」

「え? 好美さんでしょ? そういう事言う人は好美さんしかいないもん」

「いや、名前は分からないけど、システム営業部の事務の人」

「前さ、俺も一回だけシステム営業部に行ったけど、あそこにめっちゃ可愛い人いるでしょ?」

「それ、美冬さんです。あの人は規格外ですよね」

 始業前に雑談をしている中、電話が鳴った。

「安西さん、噂をすれば……だね。リーヴァの武田さんから」

「はーい。……もしもしお電話変わりました、安西です。…………好美さん、おはようございます。…………えっ? そんな…………分かりました。夕方に行きます」

 萌の電話の様子を見て、雑談の雰囲気が一転した。

「どうしたの? 何かトラブル?」

 課長の吉田が心配そうに聞く。

「あ、いえ……ちょっと夕方リーヴァに行って、直帰します」

 萌は曖昧に答えて仕事に取りかかった。


「もう! 美冬が心配で仕事が手につかないわよ!」

 そうやって騒ぎながらもきっちりと仕事をするのが好美である。当然残業になってしまったが、美冬が抜けた穴までしっかり埋めてからパソコンを閉じた。

「すまないね、武田さん。お疲れ様」

 新田が好美を労う。

「人を入れようなんてことになったら美冬が帰って来れなくなるでしょ。部長も遅くまでお疲れ様」

 役職者である新田は、定時に帰るように会社から厳命されている。

『俺がこっそり残業している事はこのフロアの外では絶対に話さないように』

 そう言って新田も美冬が抜けた穴を埋めていた。

「悪いわね安西萌、お待たせ。景子、行ける?」

「うん、終わったよ」

 美冬の席に座って仕事してるフリしててと好美に言われ、萌は好美たちが仕事を終えるのを待っていた。


 鳥っ子倶楽部はガチャガチャしすぎているので、三人は完全個室の居酒屋で話す事にした。

「連休に入る前日にさ、あんた美冬と二人で話したいって言ってたじゃない? あの時のあんたも深刻そうだったし、一体何があったの?」

 単刀直入に聞く好美。萌は息を吸ってから慎重に話し始めた。

「四月の最初の日曜日だったんですけど、私、大宮で美冬さんを見かけたんです。美冬さん、男の人と一緒でした」

 そこで萌は少し話しにくそうな顔になる。好美と景子は萌をじっと見つめ、次の言葉を待っていた。

「そ、その時に美冬さんと一緒にいた男の人、私がバレンタインに会った人でした。私、最初は見間違いかなって。でもどう見ても同じ人だったんです」

「ストップ、ストップ、安西萌!」

 好美は慌てて萌の話を止めた。

「待って、どういう事?」

「どういう事って、そのままよねぇ。萌ちゃんを酔わせるだけ酔わせてホテルに置き去りにした男が、美冬の彼氏だったって事でしょ?」

 萌に変わって景子が答えると、

「そういう事です」

 萌が頷いた。

「ちょ、そういう事ですって、そんな冷静に言われても……」

「貴之さん、彼女いないって言ってたから……」

「貴之っていうのね、その男は」

 好美に比べて景子は冷静だった。

 その後もやや取り乱し気味の好美と冷静な景子に質問攻めにされ、当たり障りなくは答えたが、詳しい事までは話さなかった。

「なんで何も知らないのよ! 一緒にホテルにまで行ったんでしょ?」

 事情を知らない好美はイライラして声を荒らげる。

「そんな事言われても……」

「やめな好美、萌ちゃんだって辛いんだから」

 景子がたしなめる。

「私、美冬さんも貴之さんに騙されちゃうって思って。入院なんかしてる場合じゃなかったのに。美冬さん、いなくなっちゃうなんて……」

 萌が泣き出してしまった。すると、

「あんたが辛いのも分かってるわよ! でもそんな男に話をしに行って、逆上した男に……なんて考えたら私、無理だぁ」

 続けて好美も泣き出し、相乗効果で二人は声をあげてわんわん泣き始めた。

「ちょっと、どうすんのよ、これ……」

 景子は困ったように笑った。

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は1月27日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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