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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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萌、立つ!


 明日からゴールデンウィークとなる二十六日金曜日、今年は出掛ける人が多く、交通も混雑が予想されていた。

「萌、どうせここまで休んだんだから、連休明けからにすれば?」

 検査も兼ねて二週間ほど入院し、一昨日退院した萌は、母親の心配をよそに今日から仕事に行くと聞かなかった。

「どうしても今日行って、伝えなきゃいけない事があるの」

「それにしたってあんた、二週間も寝たきりだったのよ?」

「大丈夫だから、お母さん。行ってきます」

 玄関を出た萌だが、なんとなく足に力が入らない。

「早く美冬さんに教えなきゃ。寝込んでる場合じゃなかったのに……」

 自分の体に喝を入れ、萌は歩き始めた。


 残業が当たり前のリーヴァシステム営業部だが、連休前の今日は早めに帰る者も多かった。好美、景子、美冬の三人も定時で上がって飲みに行こうと言っていたのだが、珍しく好美の仕事が終わらなかった。

「美冬は十連休でしょ? 私も有給使って十連休にすればよかったなぁ……」

 システム営業部のフロアの外にある給湯室。美冬と景子はそこで好美が終わるのを待っていた。

「でも旅行がダメになっちゃったからさ……」

 少しガッカリした感じで美冬が言う。

「彼氏コロナだったんだもんね。そりゃしょうがないわ」

 貴之から『コロナが陽性だった』と連絡があったのは先週の日曜日だった。

「でももう一週間経ってるから移らないんじゃない? 連休は行ってあげるんでしょ?」

「ううん。なんか、実家からお母さんが来てるから大丈夫って」

「ああ、一人暮らしの息子がコロナにかかったらそうなるか……」

 美冬がはぁとため息をついた時に、好美が給湯室にやって来た。

「ごめんごめん。こんな日に限って面倒な仕事持ってきやがってさ」

「お疲れ。行こっか」

 明日一日潰してもいいから今日は徹底的に飲もうと、三人は出口に向かった。


「あれ?」

 美冬が、エントランス出入口自動ドアの向こうに立つ人に気付いた。

「外にいるの、萌ちゃんじゃない?」

 美冬は足早に自動ドアを出た。

「萌ちゃん!」

「あ、美冬さん」

「どうしたの? 中に入ればよかったのに」

「いえ、今日は仕事で来たんじゃないので」

 美冬に遅れて好美と景子もやって来た。

「バカねあんた。ここの社員みたいなもんでしょ」

 萌は少し息が荒く、頬もやつれて見えた。

「まだ体調も大丈夫じゃなさそうじゃない。どうしたの、こんな時間に?」

「あ、いや、ちょっと……」

 景子の質問に答えにくそうな素振りの萌。

「これから三人で飲みに行くんだけど、体調大丈夫ならあんたも行く?」

 何か言いにくい相談事なのかと、好美が気を使うと、

「あ、あの、美冬さんと、二人で話したくて……」

 萌が小さな声でモゴモゴと言った。

「私?」

「あんた、私の美冬にちょっかいかけようってんじゃないでしょうね」

 景子は好美のいつもの冗談には構わず、

「萌ちゃん、いつ退院したの?」

 心配そうに聞いた。

「一昨日です」

「一昨日? 飲んでる場合じゃないでしょ? 凄い具合悪そうに見えるよ」

 萌は心配する景子に真っ直ぐ視線を向ける。

「大丈夫です。美冬さんにお話しなきゃならない事があるんです」

 今度はキッパリとそう言った。

「ただ事じゃなさそうね。いいわ、安西萌。今日は美冬を貸してあげる」

「すみません、これからお楽しみのところだったのに」

 萌は丁寧に頭を下げた。


 好美たちと別れた美冬と萌は、萌の自宅最寄り駅の北野咲に移動し、駅近くのファミレスに入った。

「萌ちゃん大丈夫? 大変だったね」

「私、小さい頃からストレスを感じるとお腹にきちゃうんだけど、こんなに酷くなったのは初めてで……」

 落ち着いて見てみると、二ヶ月前よりもだいぶ痩せて見えた。

「やっぱり、バレンタインの事がストレスになったの?」

「まぁ、そうなんですけど……」

 萌は何か言いにくそうに黙った。

「私に話って?」

 良い話ではない、そんな予感はしている。

「この前、大宮で美冬さんと一緒にいた人……」

「大宮で?」

 美冬が考える顔をした。

「今月の七日です。私、その日の夜に倒れて救急車で運ばれたので、日にちもハッキリ覚えてます」

 美冬が最近大宮に行ったのは、偶然貴之も大宮にいたあの日だけ。それは考えるまでもなかったのだが、萌から貴之の話が出てくるなどとは考えていなかった。

 萌がゴクッと唾を飲む。次の言葉が喉に引っかかって出てこない感じだった。

「あっ、あっ……」

 声にならないような声を出した後、

「バレンタインの人、あの人なんです!」

 つかえていた言葉が勢いよく飛び出した。

「…………………………!」

 美冬は声を出さない、いや、出せないのか。取り乱すような衝撃はなかったが、声を出す事が出来なかった。黙って見つめ合う二人。まるでそのテーブルだけ時間が止まっているようだった。沈黙の時間。それが数分続いたのか、ほんの一緒だったのか……

 美冬が静かに口を動かす。

「何が……あったの?」


 萌の話はショッピングモール『リブズ』で美冬と萌がばったり出会った二月最初の土曜日に遡る。フードコートで美冬を見かけ、声を掛けた。そして美冬と話している時に、土井から電話が来た。

「土井さんは前に深井コンピュータにいた人で、私が新人の頃に仕事を教えてくれてた人でした。凄く偏屈な人でみんなに嫌われてたんだけど、私には優しかったんです」

 土井が深井コンピュータを辞めてから五年以上経つが、電話が来たのは初めてだった。その電話は翌日行われるITの祭典『レインボー・オープン・ラボ』、通称"虹ラボ"への誘いだった。そこで会わせたい人がいるとの事だった。そして虹ラボで紹介されたのが貴之だった。

『賭けに負けて女を紹介する事になっちまってな。他に知り合いもいないから、安西くんに電話したんだ』

『ちょっと土井ちゃん! 本人を目の前にしてそういう事言うなよ』

 貴之と土井のやり取りを見て、萌は驚いた。

『(土井さんとこんなに仲良くなる人、いるんだぁ)』

 少し三人で話した後、

『あとは二人でやってくれ』

 そう言い残して土井は離れていった。男の人と上手く話す事が出来ない萌は二人きりになる事に焦りを感じたが、貴之はとても話しやすかった。いや、貴之が会話しやすいように組み立ててくれたのだろう。

「凄く優しくて、話しやすい人だと思いました。顔もカッコイイし、こんな人が土井さんに女の子を紹介してって頼んだなんて、不思議に思いました」

 緊張しているのか萌の口調が硬い。

「女の子を紹介……」

 美冬も怪訝そうな表情で呟いた。


「それで趣味の話になったんです。私、おばあちゃんの家が長野のスキー場のそばで、スキーやスノボは小さい頃からやっていたんです。それを話したら、今度スノボに行こうってことになって」

 虹ラボの翌週、バレンタイン前の三連休に、レンタカーを借りて貴之の運転でスキー場に出掛けた。美冬には三日とも仕事になったと言っていた。そしてその三連休は貴之からの連絡も少なかった。

「そう……萌ちゃんとスノボに行ってたの……」

 静かに納得をする美冬。グラスを見ずにストローを吸うと、中は氷だけになっていた。

「飲み物取ってきますか?」

「いえ、続けて」

 萌はひとつ深呼吸をして、続きを話し始めた。

「貴之さんはシステム関係の仕事をしていて、もっと技術的な勉強をしたいんだけど、土井さんの説明が分かりにくいって言ってました」

 萌は貴之に頼まれ、会社からパソコンを持ち出して実践で教える事を了承した。

「それで私、美冬さんみたいにお菓子作って貴之さんに渡そうと思って……」

「勉強会をバレンタインデーにしたのね?」

 萌はコクっと頷く。

「バレンタインデーは前に話した通り、新宿のホテルでワインを飲み過ぎちゃったんですけど……」

 それから音信不通になったが三月一日に突然電話が来て、翌日に会う約束をした。

「旅行から帰ってきた次の日……」

 美冬のその呟きは萌には聞こえない。

「私が旅行で萌ちゃんの話をしたからだわ」

「実は自分は裏の仕事をしていて、一緒にいると私に迷惑が掛かるから俺の事は忘れて欲しいって言われました。あと、お金を渡されました」

 萌はそこで話を区切った。美冬は黙ったまま萌を見つめているが、見ているものは萌ではなさそうだ。

 こんな厳しい表情の美冬を初めて見た。気高く、静かで、美しい。

「(まるで、真っ赤な薔薇みたい……)」

 すると美冬は急に表情を緩め、ニコッと笑った。

「話してくれてありがと。飲み物取りに行こ」

 そう言ってグラスを持ち、立ち上がった。

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は1月19日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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