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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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36/49

〜暴走の見返り〜


 パッとしない天気が明けると、今度は背中が汗ばむくらいの陽気が続く。ゴールデンウィークを来週に控えた十九日、貴之たちレグルス営業部は飲み会を開いた。大熊正商事の案件が最終段階まで残り、制約が現実味を帯びたところでの決起集会であった。

「いや、本当に諦めずによくやったくれたよ、主任」

 部長の楠木が貴之を讃える。

「部長、俺も結構頑張ったっすよ」

 すかさず圭介がアピールすると、

「圭介は貴さんの後ろにくっついてただけだろ」

 吉村が茶化す。

「何言ってんすか吉村さん。くじけそうな貴さんを俺がどれだけ勇気づけたか……。ねぇ、貴さん」

「いや、吉村な。俺と圭介が大熊正商事に掛かりっきりなっちまった穴を、お前らが埋めてくれたからこそなんだよ。これはここにいる全員で取った勝利だ。……って、まだ勝ったわけじゃないけどな」

 この貴之の言葉は、ここにいる九名の営業マンに響いたようだ。いや、圭介だけは不服そうな顔をしていた。

「ま、実際圭介にはだいぶ助けられたよ。プレゼンも一緒にやったしな」

「ほら!」

 急に得意顔になり、隣にいる吉村を肘で小突く圭介。

 そこにたいそう豪華な刺身の舟盛りが運ばれてきて、皆から歓声が上がる。

「今主任が言ったように、まだ勝ったわけではない。今日は思いっきり羽目を外して、来週からまた気合い入れていくぞ!」

 楠木の音頭で皆グラスを掲げる。男だけで編成された体育会系色が強いレグルス営業部は、ここからかなり盛り上がった。


 ベンチャー企業であるレグルスの営業部は、最年長の楠木もまだ四十歳である。若いエネルギーは一次会だけで発散する事が出来ず、電車がなくなる時間でも帰ろうとするものはいなかった。

 そんな中……

「マジっすか貴さん! 主役なのに帰る気ですか?」

「悪ぃけどHP切れだわ。部長すんません、お先します」

 とめる声を振り切り、貴之はタクシーに乗り込んだ。


 貴之を乗せたタクシーは空いている深夜の国道を軽快に飛ばす。大きく開けた窓からは勢いよく風が飛び込んできて、酒で火照った頬に当たる。

 大熊正商事創業百年記念プロジェクト。ここでメインシステムの運営管理を勝ち取れれば、レグルスは中堅を飛び越えて一気に大手IT企業へと飛躍するだろう。元々野心は強い貴之だが、朱莉と知り合ってからそれは更に強くなった。

「まずは重森と肩を並べる……」

 そのための大きな一歩を今、踏み出そうとしている。

 自分が人と比べて女性経験が多い方であると自覚している貴之。今まで関係を持った全ての女性を見ても、美冬は群を抜いていた。貴之史上最高といえる容姿、クセのない性格、高い女子力。

「俺が世の中に出た時に、隣にいるのは美冬だ」

 しかし朱莉から受ける刺激は、これまで経験した事がないものだった。初めはその刺激に戸惑い、抵抗することもあった。それを受け入れた時、かつてないほどの安らぎを感じた。

「重森を俺の前に跪かせ、朱莉さんも手に入れる」


 タクシーが路地を曲がり、速度を落とす。自宅マンションの少し手前で、貴之はタクシーを降りた。

 マンションの花壇に腰掛けている人影。

「え?」

 人影も貴之に気付いた。

「貴さん! よかったぁ、帰ってこないのかと思った。スマホの電池もなくなりそうで、どうしようかと思ってたんだから」

「え、絵美ちゃん……?」

 絵美は貴之に近付くなりスっと腕を組んだ。

「おかえり」

「あ、いや、おかえりじゃなくて。どうしたの……?」

 戸惑う貴之にとびきりの笑顔をみせる絵美。

「お兄ちゃんが来ててさぁ。こっちで部屋探すみたいなんだけど、見つかるまで泊めてくれって。昔からお兄ちゃんとは合わなくて、今日も喧嘩して飛び出してきちゃったの。で、しばらく貴さんとこに泊めてもらおうと思って」

 絵美はか『てへっ』と舌でも出しそうな笑顔をつくる。

「いやいやいやいや、困るよ」

「大丈夫、大人しくしてるから」

 終電も終わった午前一時過ぎ、貴之は今この場で追い返すことは無理だと考えた。

「と、とりあえず入ろう。中で話そう」

 そう言いながら、自分がかなり動揺している事に気付いた。

  

 マンションの五階にある貴之の部屋に着くまで、二人は何も話さなかった。絵美は嬉しそうな顔で貴之と腕を組む。

 部屋に入り、リビングのソファに絵美を座らせると、貴之はまずウォーターサーバーから注いだ水を一気に飲み干した。

「これしかないや、紅茶飲める?」

 冷蔵庫からペットボトルの紅茶を取り出し、絵美に渡す。

「なぁ絵美ちゃん、ここに来るのはまずいよ。俺には美冬がいるし、圭介は仕事じゃ俺のパートナーだぞ?」

「圭介くんとは別れるつもり」

 ペットボトルの蓋を開けながら、絵美はサラリと言った。

「はっ?」

 動揺のあまり声が裏返ってしまった。

「貴さんのせいだよ」

 そう言った絵美は、まさに小悪魔だった。

「え、あ、ちょ……」

 言葉が出てこない。

「分かってるわよ。私じゃ美冬さんには勝てないでしょ? 私は、二番目の女でいいの」

 絵美は何でもない事のように言い、ペットボトルの紅茶を飲んだ。


 絵美が座っているソファから少し離れた、ダイニングテーブルのイスに腰掛けた貴之。キョロキョロと興味津々に部屋を見回している絵美を見た。

 いつも緻密な計画を立て、脳内でシミュレーションし、確実に勝てると思えるようになるまで計画を修正する。強引なやり方をする事もあるが、しっかり計画を練ることでイレギュラーにも対応出来るし、失敗しても大ケガをする事はなかった。


 ……少し、浅はかだった。

 

 バレンタインデーに美冬との約束を反故にし、萌を呼び出した。貴之にとって最も重要である"野望"の為には仕方のない事であったが、その夜に美冬と圭介が二人で飲みに行くとは思ってもみなかった。

「(感情が先に出たか。俺らしくもない……)」

 コップの水をガブッと飲む。絵美はソファから立ち上がり、貴之が座るダイニングテーブルの隣のイスに座った。

「明日には帰るでしょ?」

「いえ、来週はここから出勤して、ゴールデンウィークはここで過ごすつもりよ」

 無邪気な絵美。

「ゴールデンウィークはダメだよ! 美冬と……」

 そこまで言った貴之の唇にそっと指を当て、

「好きにさせた責任はとって」

 絵美は静かにそう言った。動きを止められた貴之。

「大丈夫、ゴールデンウィークが終わったら出ていくから。ゴールデンウィークの間は恋人でいさせて」

 絵美はまた、小悪魔的な笑顔を見せた。

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は1月17日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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