色めく季節
「なんか、桜が満開になると雨降るよねぇ……」
昨日の晴天が嘘のように今日は朝からどんよりとした空模様で、弱い雨がパラつく天気だった。
好美、景子、美冬のいつもの三人は昼食に"おばちゃんの店"に行ったが、満席で入れなかった。
「お弁当にしよっか?」
好美の提案でキッチンカー広場に来た三人。
「あ、今日ロコモコ来てないね。美冬ちゃん残念でしたー」
好美が茶化す。
「あーん、ざんねーん。泣いちゃおうかな」
「あんたバカに機嫌良いわね、今日。彼氏といい事あったんでしょ?」
「えへへ、分かる?」
三人は中華弁当を買い、本社ビル六階の休憩室に入った。七割くらい席が埋まっている中、空いている席に座り、弁当を開ける。
「で、彼氏とどうしたの?」
「大きなプロジェクトの最終選考が終わったから、これからは毎週会えるって」
美冬はこれ以上ないくらいの笑顔でそう言った。
「おー、良かったじゃん! 信じて待った甲斐があったね」
「そうなの。しかも、ゴールデンウィークは大型連休とって、また旅行でも行こうかって」
「あんた本当に嬉しそうね。本当、分かりやすい子だわ」
盛り上がっているところだが、景子が少し離れたテーブルで一人で食事をしている男性社員を気にかけた。
「ねぇ、あそこのテーブルの人、深井コンピュータの人じゃない?」
好美と美冬がそちらを向く。
「そうだっけ?」
好美はどうでもよさそうだ。
「あ、そうだ、あの人。前、萌ちゃんと一緒に来てた人だ」
美冬が言うと、
「そうだよね、萌ちゃんどうしたんだろ」
景子が答えた。
「そういえば最近来てないね。てか、三月一回も来てなくない?」
好美も気付いたように言う。
「ほら、美冬が旅行行くって日、あの日に来たのが最後じゃない?」
「そうだ! バレンタインデーに失敗したって、やたら暗かった……」
三人は顔を見合わせる。
「まさかそれを苦に……」
「さすがにそれはないでしょ……」
好美はスクっと立ち上がり、男性社員の所に歩き出した。
「お疲れ様です」
「あ、どうも……」
「あなた、深井コンピュータの人よね? 名前が確か……」
「お、小澤です」
「小澤さん!」
突然話しかけられた小澤は、箸を止めてキョトンとしている。
「ねぇ小澤さん、最近安西萌来ないけど、どうかした?」
好美は遠慮もせずに、小澤の向かいの席に腰掛けた。
「ああ、安西さん。今、入院してます」
「手首切ったっ!?」
好美が声を荒らげるのを見て、景子と美冬も驚いて席に近づいて来た。周りのテーブルの人も好美の方を見てザワついている。
「あ、あ、いや、先月から体調崩して休みがちだったんです。昨日の夜に救急車で運ばれて、ついに入院したみたいで。でもコロナとかではないそうです」
小澤が動揺しながら説明をした。
「下痢に嘔吐ね。でも一ヶ月経っても治まらないって、ちょっと心配ね」
「一度は治まって会社に来るんですけど、またぶり返すって言ってましたよ。昨日はついに高熱が出たとか……」
気が弱そうな小澤は、好美たち三人に囲まれて萎縮しているようだ。
「何が手首切ったよ、まったく。脅かさないでよ」
好美は景子の言葉は聞かなかった事にして、
「ま、死んだわけじゃないならよかったわ。小澤さん、ありがとね。ゆっくりごはん食べて。何かあったら知らせてね」
小澤に言ってさっさと席に戻り、弁当の続きを食べ始めた。続いて美冬たちも席に戻る。
「なんかストレスでお腹にきちゃいそうだもんね、あの子」
「可哀想、萌ちゃん……」
「あのバレンタイン男の事で悩んでんだろうね」
三人はふぅとため息をつく。
「でもさ、逆に考えれば、付き合う前でよかったよね」
好美が言う。
「確かに。ヤれなかったからって書き置き残して音信不通とか、ロクな男じゃないわ」
景子が賛同し、美冬もウンウンと頷く。
「付き合ってからだと、キズはもっと深かったかもしれないね」
この時はまだ、何も知らない美冬だった。
朱莉がシャワーを浴びて浴室から戻ってくると、リビングには誰もいなくなっていた。テラスに出る窓が開いている。
「星なんか見えないでしょ?」
四月も中盤に差し掛かり寒さは和らいだものの、雲が多いパッとしない天気が続いていた。
「俺が見てるのは地上の星。地上の星は年中よく見えるよ」
テラスで地上を見ていた貴之が振り向く。
「十分に優越感には浸ったでしょ? 中にいらっしゃい」
濡れた髪を束ね、タオルターバンで覆う。素肌にバスローブだけを羽織い、化粧も落とした朱莉。白い肌がほんのりとピンク色に染まり、まるで天女のような美しさ。
貴之はたまらず朱莉に抱きつき、荒々しくキスをした。
「あわてんぼうね。先に乾杯しましょ」
「いや、先にベッドに行こう。我慢できない」
萌とはあれ以来会っていない。絵美とは待ち伏せをして飲みに行った日の後、すぐに絵美から誘いがあり、体の関係をもった。絵美は押しが強く、三月は絵美とばかり会っていた。そして絵美は、予想以上に貴之にのめり込んでいった。
『俺には美冬がいるし、絵美ちゃんには圭介がいる。この関係は続けちゃマズイよ。元の関係に戻ろう』
貴之がそう告げると意外とあっさり聞きわけ、およそ一ヶ月に及んだ二人の交際は終わった。
「ゴールデンウィークは彼女と過ごしなさいよ。美冬ちゃんだっけ?」
朱莉はベッドから出てバスローブを羽織う。
「うん、そのつもりだよ。旅行にでも行こうかと思って」
裸のままベッドに横たわる貴之。
「あら、いいじゃない。どこ行くの?」
「まだ決めてない」
「え? 決めてないって、ゴールデンウィークまであと二週間よ? 今から予約なんか取れるわけないじゃない」
「どっかしら取れるでしょ」
朱莉は微笑みながらため息をつき、ゆっくりベッドに近付く。
「貴ちゃん、あなたはもっとスキがない男にならないとダメよ」
朱莉はベッドのふちに腰掛け、そっと貴之の頬を撫でた。
「やっぱりどこも一杯だね」
スマホを見ながら美冬が言う。
「もうコロナの世の中じゃないんだな。ちょっと甘かったか……」
日曜日の池袋は若者で溢れていた。駅近くのカフェで向かい合う二人。貴之はアイスコーヒーを、ストローを使わずにゴクリと飲んだ。
「よし、じゃあレンタカー借りて、ラブホに泊まりながら行き先のない旅でもしてみるか?」
「あ、いいね。そういうのも面白そう」
半分冗談のつもりで言った貴之だが、美冬が乗ってきた。
「よし、題して『その日の予定はその日に決める旅』これで十連休いくぞ」
二人は連休の中日に有給をとり、十連休にしていた。
「そうと決まったら行こうぜ」
「どこに?」
「カラオケ。歌いたい」
一月から四月の頭までロクに貴之に会えず、不安な日を過ごした。美冬はニコッと笑い、幸せを噛みしめた。
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次の更新予定は1月15日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




