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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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3/13

オレンジジュースとため息


 時刻は十一時四十分を少し過ぎたところ。始業直後の慌ただしさを通り過ぎると、オフィスには落ち着いた空気が流れる。

「んー……ちょっと早いけど、昼行くかなぁ……」

 伸びをしながら言う好美の声が、静かなオフィスに響いた。

 リーヴァでは昼休憩の時間を固定しておらず、社内サイトで休憩登録をした後の一時間が昼休憩となる。

「美冬、行ける?」

 間にある営業マンのデスクを越えて、好美の声が飛んできた。

「行けるよ」

 美冬が答える。

「景子は?」

「行ける」

 景子の返事を確認し、

「じゃあ私たち三人、お昼行ってきまーす」

 好美が三人を代表して言った。


 南の空に移動した太陽が強い光を放っているが、街路樹を踊らせる北風が寒さを増長させる。

「新しくできたパスタ屋に行ってみようよ」

 好美の提案に乗り、三人はパスタ屋に向かう。渋谷駅から少し離れた"裏霞野"と呼ばれるそのエリアには、個性的なカフェやバー、レストランなどが点在し、洒落た雰囲気を漂わせている。

「ここだ。いい感じじゃん」

 レンガ調の外壁にアンティークランプ、どこかノスタルジックな雰囲気を漂わせる店構え。和風瓦の庇の上に掲げられている木製の看板には、『珈琲とパスタの店 BALBOA』と書かれている。

「バルボア……」

 好美を先頭に店内に入ると、外から見た印象より少し広く感じた。昼のピーク前の店内はまだ空いており、三人はすぐに席に通された。

「メニュー多いね。これは迷うわぁ……」

 豊富なメニューを決めかねている好美と景子をよそに、美冬はもう決めたようだった。

 やがて好美は、いい? と二人に確認し、店員を呼ぶボタンを押した。

「お決まりでしょうか?」

 すぐにやって来た女性店員が問いかける。

「私は醤油のファーマーズスパゲティにします」

 まず好美が注文をした。

「ああ、どうしようかな……」

 好美の注文を聞いてまた迷い始めた景子だったが、

「いいや、ペスカトーレで」

 そして最後に美冬が注文をする。

「私、ハンバーグランチ」

「ちょっと美冬! 正気?」

「ここ、パスタの店だよ?」

 美冬の注文を聞いて驚く二人に、

「だってメニューにあるよ、ハンバーグランチ」

 サラッと答える美冬。確かにメニューにはハンバーグの他にも、ピザやグラタンなども載っていた。

「いや、それにしたってさぁ……」

「初っ端からハンバーグいく?」

「いいの。今日の私はハンバーグ気分なの」

 二人の意見にマイペースに答える。

「あんたはいつもハンバーグ気分でしょうが……」

 美冬の好物がハンバーグという事は、好美も景子も知っていた。

 店員はそのやり取りに笑いながら、

「ランチセットにはサラダとお飲み物が付きます。お飲み物はどうされますか?」

 と聞いた。

「私はカフェ・ラテで」

「私も同じで」

 好美に景子が続く。

「私はオレンジジュース」

「ちょっと美冬! ここ、パスタと珈琲のお店!」

 店員はまた笑い、

「オレンジジュースは当店で搾ったものなので、とても美味しいですよ」

 と、美冬をフォローした。


 店内の高い天井からペンダントライトが下がり、ぼんやりと柔らかな光を放つ。壁の所々には絵画が飾られ、壁付けの棚にたくさんのワインが並べられている。

「夜、飲みに来るのもありね、この店」

 昭和レトロとイタリアンがバランス良く融合された店内、三人が見回しながら話している時に、飲み物が運ばれてきた。

「キャー! ラテアート! なんて可愛いの!」

 お洒落なハートがアートしてあるカフェ・ラテに分かりやすく感動する好美。

「本当、飲むのが勿体ないね」

 景子も賛同する。そう言いながらも飲み物に口をつけ、会話が一旦途切れた後、

「で、どんな状況なのよ?」

 好美は突然本題に入った。

「どうって?」

 急に場の雰囲気が変わり、少し驚いた美冬が聞き返した。

「彼氏とよ。会えてないの?」

「うん……」

「どのくらい?」

「二週間ちょっと」

 そこで好美と景子は、えっ? と顔を見合せた。

「二週間くらい会わない事あるよね?」

 景子が言う。

「あるある。仕事が忙しかったりすると、二週間会わない事なんてあるわよ」

 好美も続く。

「会えてないだけじゃなくて、連絡もないの……」


 いつの間にか店内は満席になり、入口ドアの外に置かれたベンチに座って待つ人もいた。

 美冬はオレンジジュースを口に含み、少し寂しげな瞳でグラスを見ながら、ストローでゆっくりと掻き回す。

「あんた、本当にいい女ね」

 まじまじと美冬を見て、好美が言う。

「アハッ、また始まった」

 景子が笑って言うと、

「だってさ、あんた。オレンジジュースひと口飲むのがこんなに絵になる女、いる?」

 好美はちょっと興奮気味に言うのだった。

 

 街で振り返られるどころか、芸能界にいても目立つくらいの容姿を持つ美冬。くっきり二重の大きな目からは強い目ヂカラが発せられ、一見近寄り難い感じがするが、性格は人懐っこく、ぽやんとしている。そのギャップが好かれる要因のひとつとなり、異性からも同性からもモテた。

 好美が美冬に見惚れていると、料理が運ばれて来た。

「いやぁ、美味しそう!」

「ハンバーグも美味しそうね」

「でしょ?」

 ひと口食べて感激し、料理に関する会話がひと段落すると、

「連絡がないって、LINEも?」

 好美はまた唐突に話を戻した。

「ずっと既読にならなくて、今週の日曜日にやっと既読が付いたと思ったら、スルー」

 美冬は滑らかにナイフを動かす。

「送ってはいるんだ?」

「日曜日に既読スルーされてからは送ってないよ」

 ひと口サイズに切ったハンバーグをフォークで持ち上げ、口に運ぶ。

「最後に会ったのはいつ?」

「今月の十日」

 好美が聞き、美冬が答える。

「今日何日だっけ?」

「二十六日」

 好美が聞き、景子が答える。

「なるほどぉ。二週間ちょっとね」

 好美はパスタを口に運ぶ。それを飲み込んでから、

「あんたさ、最後に会った時、何か言われなかった?」

 フォークの持ち手を美冬に向けて聞いた。

「ん? 何かって?」

 美冬はそう言ってからハンバーグを口に入れる。

「別れを匂わせるような……例えば、距離を置こう、みたいな」

 美冬はぷっくりとした下唇に人差し指を軽くあて、右斜め下に視線を流して考える顔をした。そのまま目だけを動かして好美を見つめ、

「言われてない……と思う……」

 少し自信なさそうに言った。その一連の仕草を見た好美は、

「あんた可愛いねぇ……悩める美冬、可愛いわぁ」

 ウットリした目で美冬を見ながら、しみじみと言う。すると、

「悩んでる美冬じゃなくても、美冬なら何でもいいんでしょ。てか好美、ちゃんと聞いてるの?」

 すかさず景子のツッコミが入った。

「いや、だってさぁ。パーフェクトなのよ、美冬は。他にこんな子いる?」

 二人のやり取りを見ながら、美冬はもぐもぐとハンバーグを食べていた。


 好美がそんな調子のせいで、話はあまり進まなかった。

「ねぇ、昼休み終わっちゃうよ」

 食器は既に下げられ、中身が少なくなったラテボウルとグラスだけになっていた。

「あら、美冬の相談に乗るには、昼休みだけじゃ足りないわね」

 そう言った好美は、

「好美が美冬に見惚れてる時間が長かったからでしょ」

 またも景子にツッコまれた。

「とりあえず行こか。続きは仕事終わってから福ちゃんでってことで」

「あ、いいね。こういう寒い日は、もつ鍋いいね」

 駅近くの飲み屋街に、福ちゃんという居酒屋がある。そこの看板メニューがもつ鍋だった。

「え? 続きがあるの?」

 盛り上がる二人に戸惑う美冬。

「今日はもう、パーッと飲んでガーッと話して、スッキリしちゃいな」

「金曜日だからさ、早く終わらせないと席なくなるよね」

「そうだ! 今日金曜だ。今日は残業なし! 美冬、分かった?」

「分かった」

 戸惑いながらも素直に従う美冬だった。

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― 新着の感想 ―
仲良しOL3人組の会話の様子が鮮明にうかんでくる わかりやすい描写ですね。 3人のキャラクターもそれぞれ個性的で 親しみやすいです。
1話から読ませて頂いております。 普通のOLさんの日常の会話等が詳しく リアルに書かれているのも良いですね。 恋愛相談等も読んでいてこれからどうなるのか ますます楽しみになりました。
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