水色の封筒
西神宿にある居酒屋『膳奉行』。居酒屋としては少し料金は高めで、おでんや煮物に定評がある人気の店だ。テーブルは完全個室ではないが、一席一席簡易的な仕切りで区切られ、隣の席が見えない造りになっている。
『貴さん、昨日美冬さんに会ったんすよ』
『ああ、聞いてるよ。飲んだんだって?』
『いろいろフォローしといたんで、後でメシ奢って下さいよ』
『何だよ、いろいろって。ま、いいや。圭介、夜、空けとけよ。ちょっと見せたいものがある。大っぴらにできないものだから、膳奉行に行こう』
日中にそんなやり取りがあり、昨日美冬と来たこの店に、今日は貴之と来ていた。
「お疲れ」
二人はジョッキを合わせ、圭介はいつものように一瞬で空にする。圭介は空になったジョッキをドンッとテーブルに置き、
「貴さん! 美冬さんに嘘ついて何やってんすか!」
前置きはなし。いきなりストレートで核心を突いた。
「お前さ、一気にジョッキを空にしたんだから、まずプハーッ、くらい言えよ」
冗談で牽制するが、圭介は笑わない。貴之も真顔に戻り、話を始めた。
「今回の大熊正との仕事、本命はどこだと思う?」
「え? あ、そうっすね……虹色システムズ、楽園、NST、ハードブレイン、どこが優位か分かりませんが、普通に考えればうちなんかが適うわけない。見向きもされないと思います」
圭介の質問に答えず逆に貴之が質問をしてきたが、圭介は戸惑いながらも答えてしまう。
「そうだな。真っ向勝負なら勝負にもならん。なら、どうする?」
試すような目で圭介を見る。
「そうっすねぇ……」
貴之は圭介に考える時間を与えた後、口を開く。
「奴らが出してくるのは"あれも出来るよ、これも出来るよ"の総合提案だろ? 何でも出来りゃ、そりゃ高くもなるわな」
圭介は黙って頷く。
「俺たちは"ここが痒い"を見付けて、痒いところをかくことに特化したシステムを安価で作るんだ」
自信満々に話す貴之だが、圭介は少し考える。
「いや、貴さん、言ってる事は分かりますよ。でも大熊正商事の痒いところなんて、どうやって見つけるんすか? 情報戦なんか、尚のことうちには分が悪い……」
貴之は立ち聞きしている人がいないか確認をするように、席の入口の暖簾を見た。そして鋭い目つきで圭介を睨む。
「圭介、ここから先の話、誰にも言わずに墓場まで持っていけるか?」
元アスリートの圭介が怯むくらいの圧を放つ貴之。
「う、うす……」
頷いてから、圭介は唾を飲み込む。
貴之はゆっくりと、カバンから水色の角二封筒を取り出した。
「見てみろ」
それを圭介に差し出す。封筒には何も書かれていない。中を見るとダブルクリップで束ねられたコピー用紙が入っていた。圭介はそれを取り出す。表紙となる一枚目も、何も書かれていなかった。
鋭い目つきで睨んでいる貴之を気にしながら、恐る恐る一枚目を巡ってみた。
「彩の国高速鉄道未来都市……概要?」
数行読んだ圭介は、目を見開く。
「こ、これって……」
信じられないという表情でコピー用紙の束をパラパラとめくる。
「大熊正商事の社内サイトの中の、このプロジェクトに関わる部署の管理職しかアクセス出来ない場所にある資料だ」
混乱している圭介の頭にぼんやりと貴之の声が入ってきた。資料から目を離し、貴之に視線を移した圭介の額は、汗で光っていた。
「た、貴さん……こんなもの、どうやって……」
そう呟いた圭介は、初めて大熊正商事の担当課長に会った時に、課長の質問にやたら的確に答えていた事を思い出した。
「あ、あの時すでに……」
レグルスに入社して、貴之の下についた。"この人、ただ者じゃない"、すぐにそれが分かった。気さくで話しやすく、冗談も通じる。そしてイケメン。だがただ軽いだけの男ではない。仕事に関しての嗅覚、執念深さ、契約を取りに行く時の獰猛さは、腹を空かせた猛獣のようだった。
そして貴之の本気の獰猛さを目の当たりにしたのは三年前、ツバサ自動車の仕事を取った時だ。
世界に名を馳せる大手自動車メーカーであるツバサ自動車。それが立て続けにリコールを出し、その信用が失墜しかねない事態となった。ツバサ自動車は生産ライン管理システムにAIを採用する事を発表し、AI業界はざわついた。
当時のレグルスは土井を迎え入れてAI産業に本格参戦し、少しずつ実績を作っている段階だった。
レグルスの開発チームは土井ひとりに依存したワンマンチームだったが、彼の生み出すAIアルゴリズムはまさに"天才の仕事"と呼ぶにふさわしい完成度だった。
貴之はこれをツバサ自動車に売り込んだ。だが超大手IT企業が手を挙げる中、ほとんど実績がないレグルスは相手にしてもらえなかった。それでも貴之は"しつこい"と思われるほどに何度も何度も足を運び、遂にはほぼ決まりかけていた虹色システムズのシステムに対して『うちのシステムが少しでも劣るようならもう二度とここには来ません!』とまで言い切り、日本一のIT起業に真っ向から喧嘩を売ったのだった。
その両者が比較された時、貴之がホラ吹きではない事が証明された。
虹色システムズのAIでは検知できなかった、ほんの誤差レベルの傷やズレを土井のAIは検知した。それだけではなく、小さな異音や微細な動きの変化なども察知し、これを更に学習させる事によって機械の故障を予知、予防する事も期待出来た。
この比較によりレグルスの逆転勝利かと思われたが、落とし穴があった。超高精度のAIアルゴリズムの構築には天才的な手腕を発揮する土井だったが、それをツバサ自動車の巨大な生産ライン全体に広げる事が難しく、当時のレグルスの資金力では実現不可能だったのだ。
結局生産ラインの最も重要な部分のみの採用となったのだが、虹色システムズ相手に食い下がった貴之の執念とパワーに心を打たれた圭介だった。
"彩の国高速鉄道未来都市計画概要"
その資料を持つ圭介の手は震えていた。驚きと怯えが混ざったような表情の圭介を見る貴之の目は、獰猛な獣の目だった。明るく笑い、気さくに冗談を飛ばす。しかしその中には飢えた獣が住み、鋭い牙を光らせている事を圭介は忘れていた。
「た、貴さん……」
貴之の眼光に射抜かれながら発しようとした言葉を、貴之の言葉が遮る。
「美冬に嘘をつかなきゃならん方法で手に入れた」
読んでいただき、ありがとうございます。
次の更新予定は12月27日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




