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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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赤いワインと白い粉


 二十三時過ぎ、彩京ラインの下り電車は空いていた。

 美冬はシートの端に座り、向かいの窓に映る自分の姿を眺めていた。

「貴之……」

『土曜日早起きしてどっか行ったんでしょ? 貴さんから聞いてるっす』

 土曜日は続いていた朝の電話が途絶えた日。

『朝イチでクライアント似合うんだけど、資料が出来てないからこれから会社行かないとなんだ』

 早朝にそうLINEが来ていた。

 この土曜日以外は毎日貴之と電話で話しているが、大熊正商事の課長とゴルフに行くなどいう話は聞いた事がない。

『貴さんはスーパーヒーローっす!』

 出会った合コンでも、友人たちとの集まりの時も、貴之はいつも中心にいた。場を仕切り、盛り上げ、皆に気を使う。そんな中でも美冬をちゃんと彼女として扱い、不安な思いも不快な思いもした事がなかった。"美男美女で仲良しで出来すぎなカップル"と、皆に羨ましがられる二人だった。

 去年秋頃から貴之の仕事が忙しくなり、平日に会うことは少なくなった。圭介の話だとその頃から大熊正商事にアプローチを始めたとの事だったので、辻褄は合う。

 電車は荒川を渡り、埼玉県に入った。窓の外に見える灯りの量が、少し減った気がした。


 ふと、美冬の意識が電車の中に戻ってきて、中吊り広告に目がいった。新発売のゲームの広告のようだ。武具に身を固めた一人の人間の戦士が、複数の巨大なモンスターに囲まれながら力強く身構えている。

 国内有数の巨大企業である大熊正商事。そのプロジェクトで競合している虹色システムズや楽園など、日本を代表するIT企業たち。

 勇敢に見える戦士だが、複数の巨大モンスターに囲まれているその場面で、どれ程のプレッシャーを感じているのだろう。この戦士が背負っているものが大切な仲間や、愛する人の命だったとしたら……

「戦ってるんだよね、貴之……」

 中吊り広告を見ながら思う。

「それは私のため……?」

 貴之が何かを隠している事は間違いなさそうだ。それは貴之が言う"美冬との明るい未来"を勝ち取るためにしている事なのか?

 美冬はスマホを取り出した。

『お疲れ様。バレンタインにね、スティックケーキを作ったの。自信作よ。生モノだから早く渡したくて、会社に持って行っちゃった。たまたま圭介くんに会えたから渡しておいたよ。圭介くんにも分けてあげてね。お仕事、あんまり無理しないでね。大好きだよ♡』

 LINEで文章を作り、送信ボタンを押す。駅に近付き、だんだんとゆっくりになる外の景色に目をやる。ドアが開く。電車を降りた美冬は、一度立ち止まった。

「信じて……いいんだよね?」

 美冬のその問いかけを、冷たい風がさらっていく。風の行く方向を見つめた後、ゆっくりと歩き出した。


 少し時を遡り、バレンタインデーの十九時半頃。西神宿の象徴ともいえるホテル、ハイアット神宿の四十五階の部屋に、貴之はいた。

「美冬、ごめん」

 朝の電話で美冬があまりにも浮かれていたため、今日会えない事を切り出せなかった。萌と待ち合わせているこのホテルに来てスマホを見ると、『とりあえず新宿に向かうね』とメッセージがあり、慌てて返信をしたところだった。

 アプリでタクシーを萌の会社に回し、このホテルに向かわせている。ここに着くのは三十分後くらいかと思っている時に、テーブルに置いたスマホが鳴った。美冬から電話が来ちゃったかと、気まずい感じに画面を見ると、土井からの着信だった。

「お疲れ」

「どう?」

 土井はいつも言葉が短く、愛想がない。

「ん? 準備? いつでもオーケーだよ」

 美冬との約束を反故にした罪悪感で貴之は少しイラついていたが、穏やかな口調で答えた。

「上のバーで待機してるから、上手くやったら連絡してくれ」

 土井はそれだけ言って電話を切った。貴之はチッと舌打ちをし、

「本当、扱いがめんどくせぇ男だ」

 と毒づいた。

 そして美冬とのやり取りのLINEを見返す。

「あいつ、新宿に来ちゃうかな……」

 美冬がレグルスに行くとすると、同じ西神宿にいる事になる。このホテルにいる限り鉢合わせる事はないだろうが、なんとなく落ち着かない貴之だった。

 そんな事を考えている時に、部屋のチャイムが鳴った。


「凄いおしゃれ! 私、こんなの初めてです」

 萌は部屋に入るなり驚きの声を上げた。

「リゾートホテルと違って、都会の夜景が見える部屋もロマンティックでしょ?」

 四十五階から見える夜景は、まるで別世界に見えた。

「感激です、貴之さん!」

「こういう所で夜の勉強会もいいかなって思ってさ」

「や、やだ、貴之さん……」

 スキー場近くのリゾートホテルでの夜を思い出し、顔を赤らめる萌。

「(いや、そういう意味じゃねぇよ)」

 システムを教えてもらうので"勉強会"という言葉を使ったが、萌は勘違いしたようだ。

 そこにルームサービスが運ばれてきた。パスタをメインにしたイタリア料理とボトルワインがテーブルに並べられる。

「凄い……」

「萌ちゃん、パスタ好きだって言ってたでしょ?」

「覚えていてくれたんですね」

 ひとつひとつの事に素直に感激する萌。

「まずは乾杯しよ。座って」

 貴之は先に席に着き、グラスにワインを注ぐ。上着をクローゼットにしまった萌が、貴之の向かいに座った。

「ハッピーバレンタイン」

 キンっと、グラス同士が当たる音が心地よく響く。ワインを口に含んだ後、萌は用意していたプレゼントを手に取り、

「これ、上手くできてるか分からないけど……」

 そろそろと貴之に差し出した。

「作ってくれたんだよね? めちゃくちゃ嬉しいよ」

 早速開けようとする貴之。

「あっ、あっ、待って!」

 萌が慌ててそれを制する。

「あ、あの、帰ってから、開けてください……恥ずかしいから……」

 顔を真っ赤にして言う萌に微笑み、

「分かった。楽しみはとっておく」

 そう言ってそれをテーブルの隅に置いた。


「美味かったね」

 ちょっと量が多かったかと思ったが、全ての皿が綺麗になっていた。

「ちょっと、食べ過ぎちゃいました……」

 苦しそうな萌。感激の中でテンションが上がり、食べ過ぎてしまったようだ。

「さてと、酔っ払う前に始めようか」

 ルームサービスに食器を下げてもらってから貴之が言う。

「はい、用意しますね」

 萌はそう言って立ち上がった。


 ーー萌がパソコンの準備をしている目を盗んで、貴之は不穏な動きを始める。ポケットから取り出した白い粉を、萌のワイングラスに入れたーー


「貴之さん、どの位まで分かるんですか?」

 パソコンを立ち上げながら萌が聞く。

「ああ、基本的な事は分かってるつもりだけど。ただちょっと疑問に湧いた事を土井ちゃんに聞くと、途端に訳の分からない言葉で喋り出すんだよ」

「想像できる。私も土井さんに仕事を教えてもらいましたから」

 笑いながら話す萌。

「準備できました」

「おう、隣に座った方がいいね」

 貴之はワイングラスを二つ手に持ち、萌の隣に移動した。


 ハイアット神宿の最上階にあるバー。大人のカップルやハイスペックなビジネスマン、身なりのいい外国人などが、大人の時間をたしなんでいる。

 窓に面したカウンターに座る土井。五十二階から見下ろすその景色は、まるで地上に星屑を散りばめたようだった。

 そんな夜景もとっくに見飽きていた二十二時半。ここに座ってから、既に三時間近く経っている。

 土井はグラスの中の氷をカランと鳴らしながら、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。

「フンッ、バカバカしい……」

 作業前の頭を鈍らせたくないと、舐めるように口をつけていた二杯目のマティーニを飲み干し、三杯目を注文する。

 けれど、グラスが置かれたタイミングでスマホが震え、LINEの着信を知らせた。

 土井はマティーニに一瞥をくれただけで、チッと舌打ちする。結局、グラスに唇を寄せることなく、席を立った。


「ずいぶんとお楽しみだったようだな」

 部屋に入るなり不機嫌そうな顔で皮肉を言う土井。奥のベッドでは萌が身動きもせずに眠っていた。

「まぁ、そう言うなよ。ただ寝かせるだけなら簡単だけど、起きた時に『あ! 私、飲み過ぎて寝ちゃったんだわ! 』って思わせるには自然な演出が必要なんだよ」

「フンッ、慣れたもんだな、色男」

 貴之のいいわけを鼻で笑う土井。貴之はぶん殴ってやりたい衝動をこらえ、

「パソコン開かせて、自社システムに入っている状態だから、さっさとやってくれ」

 土井を急かした。土井はパソコンの前に座り、確かめるように操作をする。

「ああ、これは有難いねぇ。基本は俺がいた時のまんまだな」

 土井は萌のパソコンの隣に自分のパソコンを並べ、交互に操作を始めた。

「それ、繋いでんの? マズくない?」

 口を半開きにして夢中で操作している土井に、貴之が声を掛ける。少し、沈黙した後、

「そんな危ない事するわけないだろう。少し黙っててくれないか」

 土井はつっけんどんに答えた。フンッと貴之はベッドで眠る萌に目をやる。

「寝顔は可愛くなくもないな……」

 独り言のように小さく呟くと、

「ここで始めないでくれよ、色男……」

 操作の手を止めずに土井が言う。

「聞こえてんのかよ……」

 貴之は呆れた顔で土井を見た。

読んでいただき、ありがとうございます。

次回の更新予定は12月21日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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