疑惑
「絵美ちゃんにチョコ貰えなかったの?」
「いや、日曜日に会って貰いました」
「あ、なんだぁ。ちゃんと貰ってんじゃん」
「日曜に会ったっつっても、ショッピングモールでメシ食って、チョコ貰って、ゲーセンでUFOキャッチャーやって、四時頃バイバイしたっす」
「あら、健全ね」
美冬は牛スジの串を手に持ち、口に運ぶ。
「健全って、四時にお開きっすよ? 暗くなる前に帰って来なさいってママに言われてるのかって話ですよ」
「そうかもね」
トロットロになるまで煮込まれた牛スジはとても柔らかかった。
「美冬さん、適当に答えてません?」
「でもさ、会えてるんだからいいじゃない。私なんか会ってももらえないんだから」
圭介に渡した貴之へのバレンタインプレゼントが、テーブルの上に置いてある。
「何言ってんすか、土曜に早起きしてドライブ行ったんでしょ? 貴さんから聞いてるっすよ」
美冬から笑顔が消える。それを察した圭介の背中に悪寒が走った。
金曜の夜、焼肉店で貴之は早朝四時に起きて運転をすると言っていた。
『美冬さんとドライブすか?』
貴之はそれを否定しなかった。当然圭介は、美冬とドライブに行ったものだと思い込んでいた。
しかし、今のこの雰囲気……
「あ、あれ? 美冬さんとじゃないんだと……あ、あれだ! ゴルフだ!」
しどろもどろになりながら何とか取り繕おうとする圭介。美冬はただ黙って圭介を見つめている。
「あ、あの、大熊正商事の課長さんがゴルフ好きで、俺も貴さんに聞かれたんすよ。お前ゴルフやらないだろ? って」
無表情で見つめてくる美冬。
「(まるで、氷の女王だな……)」
そこには魂を抜かれそうな美しさがあった。
「た、貴さんもほら、何か理由つけて断るって言ってたから、俺てっきり……」
ゴクッと、乾いた唾を飲む。
「金曜に貴さんと焼肉行ったんすよ。俺、絵美の事相談したくて。でも貴さん、明日四時起きだからって十時に切り上げたんす。やっぱ断れなかったんだなぁ。まぁ、向こうの課長さんに言われたら、ねぇ……」
「そうなんだ」
無表情の美冬の唇が、小さく動いた。
美冬は結構な天然だが、呆けているわけではない。むしろ洞察力は鋭く、頭はキレる。感性が普通の人と違うから天然に見える。これが圭介が持つ美冬の印象だった。
言葉を並べて誤魔化せる相手ではない。これ以上喋るのは逆効果。
沈黙は圭介にかなりのプレッシャーを与えているが、圭介も元は一流のアスリート。焦ってボロを出す様な事はしない。
「これなぁに?」
一瞬で空気が緩む。美冬の言葉を待ち構えていた圭介は、完全に面を食らった。
「え……? あ……な、軟骨っす。軟骨の唐揚げ……」
美冬はニッコリして、
「凄い美味しい、これ」
指でつまんだ軟骨の唐揚げを口に入れた。
「ねぇ、貴之ってさ、会社でどんな感じなの?」
美冬はまた、無邪気に笑う。ついさっき感じた"氷の女王"の姿は何処にもいない。
「(これ、意図してやってるのか……?)」
圭介は唾を飲む。
「ねぇねぇ、どんな感じなの?」
ポカンとしている圭介に同じ質問をする。圭介はハッと我に返った。
「あ、職場での貴さん……そうっすねぇ……」
圭介は少し言葉を探してから、
「職場での貴さんは、スーパーヒーローっす!」
元気よく言った。
「スーパーヒーロー? 何それ?」
美冬が笑う。
「凄いんすよ、あの人。営業部のエースで、ムードメーカーで。とにかくみんな、貴さんを慕ってます」
「うんうん」
貴之の友人との集まりに美冬が参加した時も、貴之はいつもその中心にいた。
「頼りがいがある兄貴で、課長よりも……いや、部長よりも影響力ありますね」
「へぇ……」
興味津々な目を圭介に向けたまま、軟骨揚げをつまんでポイッと口に入れる。
「大熊正商事のプレゼンも、貴さんが取ってきたんすよ。何のツテもないところからあんなでかい会社に飛び込み営業かけるなんて、イカれてるっす」
「確かにイカれてるかも」
楽しそうに笑う美冬。
「それが去年の秋頃ですね。圭介、大熊正商事にチャンスがあるからお前手伝えって。アポなしで行ったんすけど、案の定受付のお姉さんに名刺だけ渡して追い返されて。普通はそこで諦めるんすけどね」
圭介の話を聞きながら、美冬は軟骨揚げを食べ続ける。
「何回も通ってだんだん受付さんと仲良くなって、そしたらいきなり営業課長が出てきたんす。いきなり課長さんすよ? でも貴さん、臆する事なく堂々とうちのアイデア売り込んだんすよ」
「それが、ゴルフ好きの課長さんね」
「………………っ!」
美冬の意味深な流し目に、圭介は言葉を止めてしまった。
また話が"ゴルフ疑惑"方向に行きそうになり、圭介は一旦話を切ってゴクゴクとビールを飲んだ。
「私ねぇ、最近分かったの」
「え? 何がっすか?」
「私ね、砂肝とか軟骨とか、鳥のコリコリしてる部分が好きみたい」
美冬は残り少なくなった軟骨揚げを口に入れた。圭介は美冬の話の行き先が分からず困惑している。
「え……っと、何の話っすか?」
「私の好きな食べ物の話」
困惑している圭介に、美冬はサラッと答えた。
「一番好きなのはハンバーグなの。でね、会社の近くの焼き鳥屋さんの砂肝が、ハンバーグに肉薄しているのよ」
「あ、え、えと……」
何かを探られているのだろうか? 焦る圭介。
「でね、ここの軟骨揚げ! これも一位候補だわぁ」
最後のひとつとなった軟骨揚げをつまみ、圭介に見せる。
「あ、あの……何の話……すか?」
圭介はもう一度聞いた。
「私の好きな食べ物の話」
美冬はニコニコしながら同じ答えを返す。
「私、変な事言ってる? なんか酔っ払ってきちゃったぁ」
楽しそうに最後の軟骨揚げを口に入れた。
「昨日ね、三時間しか寝てないの。だからかな、今日は酔いが早いわ」
そう言う美冬がとんでもなく可愛く見えた。
「そ、そっすね。今日は帰って寝ますか」
もし美冬さんが貴さんの彼女じゃなくて、俺に絵美がいなかったら、俺はきっとこの人を好きになってたな……
そんな事を考えた後、自分も少し酔いが回っているんだと言い訳をする圭介だった。
「分かって下さい、美冬さん! 俺もこう見えて男なんす!」
強い口調で美冬に迫る圭介。
「バレンタインに女性に、しかも美人な女性に金を払わせるなんて俺には出来ないんす!」
そう言って、強引に美冬に財布をしまわせた。美冬はクスッと笑う。
「その力強さで押せば、絵美ちゃんもイチコロじゃない?」
「それ、貴さんにも言われたっす。お前が引っ張ってやらないとダメだって。でも俺、よく分かんなくて……」
お釣りを受け取り、圭介は美冬に向いた。
「じゃあ今度、お姉さんが教えてあげるわ」
その艶っぽい微笑みに、心臓を直接殴られたような衝撃を受け、圭介の動きが止まる。
ゆっくりと息を吸い込み、
「うすっ! お願いします!」
元気に答えた。
改札を抜けた所で美冬と別れ、ホームに立つ。
「いやぁ、楽しかったぁ。あの人、やばいわ……」
美冬に渡された貴之へのプレゼントを見た。
「何やってるんだ、貴さんは……」
前は仕事が終わった後に軽く飲むことも頻繁だった。大熊正商事の案件が出て以来、それがほとんどなくなった。会社を出て真っ直ぐ帰っているようではなさそうだし、美冬に嘘をついて何かコソコソやっている事は、今日の美冬を見て分かった。
冷たく、乾いた風がホームを通り抜けていく。
圭介にとって絶対の存在である貴之に、少しの不信が生まれた。
読んでいただき、ありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
次の更新予定は12月19日です。




