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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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20/49

戻らない……?


 二十時過ぎの新宿。仕事から解放された人たちが活き活きと笑っている。日本一のネオン街である歌舞伎町とは違い、高層ビルが建ち並ぶ西神宿には少し大人な雰囲気がある。その高層ビル群のー角にあるノクス神宿ビル、そこに貴之が務める株式会社レグルスがあった。

 広いエントランスは誰でも入れるようになっており、コンビニやコーヒーショップなどのテナントが入っている。

 店に入ると貴之を見落としてしまう可能性があると考え、エントランスに置いてある応接用のソファに座った。

 一般解放されているとはいえここはオフィスビルである。全く用がない人が居座る事を防ぐために、守衛の男性が数名立っている。美冬はスーツ姿だったので応接用ソファに座っていても何も言われなかった。

 重箱からプレゼントの箱を取り出し、渡せる準備をして待つ。

 

 ここに来てから三十分ほどが経ち、美冬は少しウトウトしていた。時間はあと数分で二十一時になる。

「あれ? 美冬さんじゃないすか?」

 美冬に声を掛ける男性。

「…………………………」

 美冬はその顔をじっと見つめている。

「っっっ、圭介くんだっ!」

 そして止めていた息を一気に吐き出すように言った。

「美冬さん、俺の事忘れてたでしょ?」

「違う違う、名前が出てこなかっただけ……」

 慌てて弁解する美冬に圭介は微笑んだ。

「どうしたんすか、今日は?」

「うん、あのね、これを貴之に渡したくて……」

 可愛く包装されたプレゼントを見せた。


「おお! バレンタインすね! めっちゃ可愛いじゃないすか? 手作りっすか?」

 エントランス中に響き渡る圭介の声。

「え、えへへ……」

 美冬は思わず照れ笑いをした。

「あれ? でも今日、貴さん戻んないっすよ?」

「えっ?」

 驚く美冬。その反応を見て圭介は何かを察したようだ。

「あ、いや、さっき連絡来て……」

 その時に、今度は守衛の声がエントランスに響いた。

「入口閉めまーす!」

「え? ここ、閉まっちゃうの?」

 美冬はそう言って、コーヒーショップをチラッと見た。

「九時に閉まるっす。コンビニは通りから入れるし、コーヒーショップは九時までなんす」

 圭介が説明をした。

「じゃあ九時過ぎたら入れなくなるの?」

 美冬は立ち上がり、圭介と出入口に歩き出す。

「従業員通用口が裏にあるんで、残業の時なんかはそっちから出入りするっす」

「そうなんだぁ。裏口から入られたら結局会えずに終わってたのね……」

 エントランスを出て、コンビニの入口付近で足を止めた。

「圭介くんもいつも遅いんでしょ? 今日はもう終わりなの?」

「いや、最近は早いっすよ。逆にここ最近じゃ、今日は遅い方っす」

 少し、美冬の胸がざわつく。が、それを見せずに、

「大熊正商事のプレゼンは落ち着いた?」

 努めて自然に聞く。

「あれは今、システム部からデモが上がって来るのを待ってるとこなんで、こっちでやることはないっすね」

「…………そうなんだ」

 妙な間を開けて発したその言葉で空気が重くなったのを、圭介も感じた。

「あ、あ、いや……で、でも貴さんはいろいろ動いてるみたいっす。なんせメイン担当だから打ち合わせなんかも多いし。俺、いつも先に帰っちゃうから」

 取り繕う圭介を見つめる美冬の笑顔。見た目はさっきまでと同じ笑顔だが、雰囲気が違う。圭介は自分の笑顔が引きつっている事が分かった。

 貴之が美冬に嘘をついて何かをやっている、もはやこれは単なる憶測ではないだろう。

「何やってんだよ、貴さん……」

 美冬の視線に刺されながら、そう思わずにはいられない圭介だった。


 全てを見透かされているような焦燥感。その中での沈黙は、まるで永遠のように感じた。国道沿いの広い歩道。行き交う人々はカップルがバレンタインの相談をしているようにしか見えないだろう。だが実はそんな呑気な状況ではない。

 圭介はだんだん息が苦しくなってきて、口を開けた。口から息を吸った時に、ふと、緊張が解けた。

「ねぇ、圭介くん」

「は、はい」

 美冬の身長も百七十二センチメートルと女性にしては高い方だが、百八十五センチメートルの圭介と対峙すると上目遣いになる。

「(な、なんて綺麗な人なんだ……)」

 さっきまでの、胸の中を探られているような緊張感とは違う緊張がのしかかり、圭介の心臓は凄い速さで鼓動をする。

「お願いしていい? 明日さ、これ、貴之に渡して欲しい。圭介くんにもあげるように伝えておくから」

 美冬はそう言ってバレンタインのプレゼントを差し出す。

「う、うす……お易い御用っす」

 この人は雰囲気を自在に操るのか? そんな事を思いながら、圭介はそれを受け取った。

「生モノだから早く渡したくて来ちゃったの。貴之、怒るかな」

 今度は無邪気に笑う美冬。

「いや、貴さんめっちゃ幸せ者ですよ。羨ましいっす」

「何言ってるの。圭介くんも絵美ちゃんに貰うんでしょ? これから会うの?」

 すると、圭介から笑顔が消えた。

「今日は、会わないっす」

 目の前の美冬にようやく届くくらいの声で言う。

「ケンカした?」

「いや、してないっすけど……なんていうか、たまに冷たいっす」

 いつも元気な圭介がシュンとしてそう言うと、美冬にはなんだか可愛い弟のように見えた。

「飲むか、圭介」

「え?」

「絵美ちゃんに会わないんじゃ暇でしょ? バレンタインに振られた者同士、飲んじゃお」

 美冬のいたずらっぽい笑顔に一瞬見惚れた圭介。

「うすっ!」

 いつもの元気で返事をした。


「カンパーイ!」

 ビールジョッキを合わせ、ゴクゴクと喉に流す。

「んー、美味しい」

 三分の一ほどを一気に飲み、圭介を見ると、ジョッキが空になっていた。美冬は驚いた顔をしてから、テーブルの下を覗き込んだ。

「どうしたんすか?」

「いや、ビール、こぼしたのかなって……」

 圭介は目を丸くして固まった後、大笑いした。

「貴さんがいつも言ってるんすよ。美冬さん、"ド"が付く天然だって」

 笑いながら言う圭介。

「たった今、それを確認できたっす」

「失礼な事言うわね、あなた達」

「何言ってんすか。天然は褒め言葉っすよ。美冬さんは可愛い天然っす」

 美冬は冗談めいた疑いの表情を作り、

「可愛い天然ねぇ……ま、褒められた事にしときますか」

 そう言ってビールに口をつけた。


 美冬が一杯目のビールを飲み終える頃、圭介はもう三杯目のジョッキが空になっていた。

「圭介くん飲むの早いから、まとめて頼んだ方がいいんじゃない?」

「いや、ハイペースなのは最初の三杯っす」

「そうなんだ。じゃあ最初に三杯頼めばいいね」

 無邪気に笑う美冬に、圭介はプッと吹き出してしまった。

「そういう所なんすよ、美冬さん。そういう所が、みんなに可愛いって言われる所なんすよ」

 急に何を言い出すのか、美冬は少し困惑した。

「美冬さん、めっちゃ美人なのに、なんか緩いんすよね。その緩さが、可愛い天然なんすよ」

 美冬は大きな目で圭介を見つめる。

「それ、褒めてるの?」

 その時、おでんが入った土鍋が運ばれてきた。

「褒めてますよ。一見、近寄りがたく見えるんすよ。そのギャップがまた……」

「熱っ、熱っ……」

 美冬はおでんの大根を口に入れ、涙目になっていた。

「聞いてませんね?」

 口の中でハフハフと大根を冷まし、やっと飲み込む。

「熱っつい! でもすっごい味が染み込んでて美味しい、これ」

 そう言ってから圭介の視線に気付く。

「あ、話聞いてるよ。褒めてくれてありがと」

 その適当な言い方に、圭介は思わず笑ってしまった。

「美味いんすよ、ここ。貴さんともよく来るんすけど、こうやって席が仕切られてるから仕事の打ち合わせなんかもやりやすいんすよね」

 完全個室ではないのだが、一席ごとに簡易的な仕切りがあり、他の席が見えない造りになっていた。

「おでんは特にオススメっすけど、何でも美味いっすよ」

「そうなんだ! いろいろ食べてみよ」

 キラッとした笑顔に、またドキッとする圭介だった。

読んでいただき、ありがとうございます。

次の更新予定は12月17日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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