ふたつの約束
三連休初日の土曜日。仲直りをしてから毎朝必ず来ていた貴之からの電話が、この日は来なかった。起きてスマホを見ると、四時少し前にLINEが来ていた。
『朝イチでクライアントに会うんだけど、資料が出来てないからこれから会社行かないとなんだわ。ちょっと朝電話は出来ないけど、後で連絡する』
「こんなに早い時間から……」
貴之の体が心配な美冬は、とにかく無理だけはしないでという事と、ねぎらいの言葉を返信した。それには昼過ぎまで既読が付かなかった。
十三時頃にまた貴之から短い文章でLINEが来たのでそれに返信すると、今度は夜まで既読がつかなかった。
美冬が寝る直前の二十二時にまたLINEが来て、その時は何度かやり取りをした。
『声が聞きたいな』
そう打ったLINEには既読が付かなかった。
突然スマホが鳴り、美冬は目を覚ました。慌てて枕元を探すが、見付からない。体を起こすと、そこにスマホがあった。昨夜最後のLINEを打ったあと、返信を待ちながら寝てしまったようだった。
「もしもしっ!」
急いで電話に出る。
「美冬、おはよう。ごめんな、早くに」
時計を見ると五時五十分。窓の外はまだ真っ暗だ。
「ごめんな、昨日さ、会社に誰もいなかったから、応接室のソファでLINEしてたんだよ。そしたらそのまま寝ちゃってさ、結局会社に泊まっちゃったよ」
笑う貴之。
「ええ? 風邪ひいてない?」
「大丈夫。寒くはないから、ここ」
「貴之、やっぱり疲れてるんだよ。今日は帰って休んだら?」
「いや、そういうわけにもいかなくてさ。でも、出来るだけ早く帰って寝るよ」
「うん、ちゃんと布団で寝てね」
「おう! ……あ、仕事の電話だ。ごめん、また連絡する」
"こんな早い時間に?"と、美冬が返事をする前に電話が切れた。
ベッドに座って話していた美冬は、またゴロンと寝転んだ。数秒間天井を見つめた後スマホを取り、
『頑張ってね! 大好きだよ♡』
と、LINEを送った。そしてまた天井を見つめる。
「なんか、寂しい……」
すると貴之から返信が来た。
『ありがとな。心配かけてごめん。俺は頑丈だから大丈夫。これは俺たちの未来のために必要な時間なんだと思う。俺も愛してるよ♡』
美冬はスマホを抱きしめ、ニッコリと笑う。
「起きよっと」
カーテンを開けると、東の空がしらじらと明るくなってきていた。
穏やかな一日の始まり。
美冬は何となく窓を開けてみた。外から冷気が入ってきて、エアコンで温まった部屋の空気があっという間に冷えていく。
「寒い!」
美冬は慌て気味に窓を閉めて、んんーっと伸びをした。
建国記念日の振替休日となった月曜日。まだ陽が沈みきる前の時間から、貴之は赤羽のバーにいた。
いつも土井と会う店だが、新宿にあるオフィスから適度に離れているという理由の他に、土井がこの街に住んでいるからという事もあった。
「んで? この三連休で小娘との距離を縮めるって言ってたけど……」
「土曜の朝っぱらからスノボに行ったよ。前の夜に圭介に捕まって、寝不足で雪道を運転したよ」
「ふん、わざわざスノーボードに行くなんて手の込んだこったな」
「あのな土井ちゃん、ちょっと知り合った男のために会社のデータを持ち出す奴がいると思うか?」
土井はふんっと笑い、マティーニに口をつける。
「で、どうだった?」
「いや、意外な事にさ、あんな鈍臭そうな顔して、スノボは上手いんだよ」
「確か母親の実家が長野で、スキー場には小さい頃から行ってたって、そう言ってたな」
「へぇ、意外だな。土井ちゃんでもそんな話をするんだ?」
貴之が冷やかすように言った。
「前の職場で他の奴と話してたのが聞こえただけだ」
今度は貴之がフッと笑ってバーボンに口をつけた。
「で?」
土井はまた短く聞く。
「ああ、顔はマズイけど体は綺麗だったよ」
「そんな事は聞いていない!」
イライラした口調の土井にまたフッと笑い、
「男慣れしてない女は楽勝さ」
バーボンの氷をカラカラと鳴らしながら言った。土井は少し黙り込んでから口を開く。
「そこまでする必要があったのか?」
貴之は少し呆れた顔で土井を見た。
「何言ってんだ、土井ちゃん? あの女を利用しようって言い出したのは土井ちゃんだぞ? 今更情でも湧いたのか?」
土井は何も言い返せず、イライラした様子でマティーニを一気に飲み干した。
「で、約束は取れたのか?」
「営業としてシステムの知識を身に付けたいんだけど、土井ちゃんがちゃんと教えてくれないだって言ったら、でしょうねって笑ってたわ」
「フンッ」
土井が愉快そうに鼻で笑う。
「家で仕事するっつってパソコン持ち出せるから、手とり足とり教えてくれるってさ」
「そうか」
土井の声と貴之のスマホの着信音が重なった。
「さっそく来たよ」
土井に怪しい笑みを向けて、貴之は電話に出た。
「もしもし、萌ちゃん。………………いやいや、萌ちゃんスノボ上手いからびっくりしたよ。………………おお、例の件ね。明後日? ちょっと待って」
貴之は手帳を開いた。
「明後日、明後日っと……っ!」
一瞬、動きが止まる。
「バレンタイン、か……」
呟いた後、
「あ、いやいや、違うよ。彼女じゃない」
慌てて弁解するように電話の向こうの萌に言った。その様子を見た土井が貴之の手帳を覗き込み、十四日の欄に『美冬』と書かれているのを見付ける。
「どっちが大事だ?」
小声で圧力をかける土井。貴之は諦めた表情を作る。
「分かった、明後日ね。………………え? そりゃ楽しみだ。じゃあ場所は用意しておくよ。………………うん、じゃあ連絡する。はーい」
貴之は天を仰ぎながら電話を切った。
「明後日ね。空けておくよ」
貴之は上を向いたまま横目で土井を見た。そして、
「なんか、初めてスイーツ作ったから、俺に食べてもらいたいんだってさ」
ため息混じりに言った。
「フンッ」
土井はまた愉快そうに鼻で笑い、マティーニを口に含んだ。
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次の更新予定は12月11日の予定です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




