思いやりの定義〜貴之論〜
「営業で大切な事、それは思いやりだ」
「お、思いやり……」
「このお客さんの悩みを解決してやりたい、そのためには悩みを把握しなくてはならない、悩みを把握出来たら最善の解決策を提案し、実行する。そういう事だよな?」
「はい」
「お客さんの主張を聞いて解決策を変えてやる、これは営業じゃない。思いやりがないただの優しさ、ただの売り子がやる事だ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。思いやりと優しさは別物なんすか?」
「話の中身によって同じ意味で使う場合もある。だが根本は別物だ」
口の中が乾いた圭介は、ゴクゴクとビールを飲み干した。貴之はまた圭介の皿に肉を入れる。
「貴さん全然食ってなくないですか?」
「いいんだよ。いいか圭介、自分の意見を曲げて相手の言いなりになって言う事を聞いてやる、これは優しいかもしれんが相手のためにならん。たとえぶつかってでも一番いい状況に導いてやる、これが思いやりだ」
貴之はそう言った後、ビールとワイン、そして数種類の肉を注文した。
「人として大切な事はなんだ?」
肉を圭介の皿に入れながら言う。
「それも、思いやり……すか?」
「俺はよく責任って言う言葉を使うがな、責任の根っこにあるのも思いやりだ。俺がその責任から逃げたら困る奴がいる。責任感ってやつは思いやりから出来ているんだ」
圭介は口の中の肉をモグモグと噛みながら聞いている。
「よく、曲がった事が嫌いだの、間違った事が許せないだの、偉そうに言う奴がいるだろ?」
「はい、よくいるっすね」
「間違った生き方ってなんだ?」
店員が現れ、貴之の前にグラスワイン、圭介の前に大ジョッキビールが置かれた。
「思いやりがない……生き方っすか?」
また質問風に答える圭介。
「人間、正しく生きてる奴なんていないんだよ。正しさっていうのは立場や価値観、その状況などでいくらでも解釈が変わっちまうような、曖昧なもんなんだ」
「立場で変わる……」
「極端な例えを言えば、ライオンの縄張りに入った人間は噛み殺されちまう。ライオンにとっちゃ正しい事さ。人間の縄張りに入った虫や動物は駆除される。じゃあ強い者が決めた事が正しさなのかってなっちまうだろ?」
饒舌に話す貴之。ワインで口を濡らした。
「これはちょっと極端だけどな。ただ、自分は真っ直ぐ生きてる、間違った事が大嫌いだなんて軽々しく言う奴のほとんどは、ただのエゴイストって事だ」
「なんとなく、わかります」
貴之は圭介の答えを聞きながら、少し焼き過ぎた肉を自分で食べた。
「まだ食えるだろ?」
「余裕っす」
貴之は店員を呼び、肉とビールを追加した。
「でも、思いやりって何なんすかね……」
圭介が言う。
「ダメな奴に説教をする。相手はダメな奴だから、いくらでも正論で責める事が出来る」
唐突に貴之が話し始める。
「ダメを指摘するのは簡単なんだよ。だけどそこに思いやりがなければ、ただダメな奴を責めてるだけ。優位な立場から綺麗な言葉を並べて、自己満足に浸ってるだけさ」
話の行き先が見えず、怪訝な表情の圭介。
「ダメな奴を救ってやるのに、聞こえがいい言葉なんか必要ねぇんだよ。思いやりっていうのは、何とかしてやりたい気持ちだ。言ったからにはダメがダメじゃなくなるまで体を張ってやる、思いやりは言葉じゃない。吐いた言葉に責任を持つ事だ」
「吐いた言葉に責任を持つ……」
貴之の言葉をなぞる。
「熱血先生の話があるだろ? 親でさえバンザイするような悪ガキに真正面からぶつかって、自分がボロボロになりながらもその子を更生させた、みたいな。あれは教師だからやるんじゃない、その子を更生させたいからぶつかるんだ。その更生させたい、何とかしたい、その気持ちが思いやりだよ」
圭介は無言で何度もうなずく。
「営業で大切な事はお客さんの立場に立つって、さっきお前が言ったろ? なんで他人の立場に立てる? お客さんと話して、事情を知って、何とかしたいって思ったからだろ? そのお客さんに対して、思いやりと責任を持つわけだ」
圭介の表情は真剣だ。
「じゃあ圭介、最後の質問だ。恋愛で大切な事はなんだ?」
圭介はゴクゴクとビールを飲んでから、
「思いやりっす!」
今度はハッキリとそう答えた。
外の風は冷たかったが、酒で火照った体には心地よかった。
焼肉店のレジで、
「貴さん、今日は俺に払わせてください」
「ばぁか、俺に奢ろうなんて十年早ぇんだよ」
そんなやり取りがありながら、最後はいつも通り貴之がカードで支払った。
「貴さん、めっちゃ充実した二時間でしたっ! ありがとざした!」
駅の入口で立ち止まり、思い切り体育会系のノリで貴之に頭を下げた圭介。
「やめろ、声でけぇし」
さすがの圭介も、あれだけハイペースで飲めばちゃんと酔っ払うようだ。金曜夜の新宿駅周辺では酔っている人も多く、圭介だけが目立っているというわけでもなかった。
「明日早起きなのに付き合ってくれて、ありがとざした!」
「そうだよ、お前。四時から運転するのに、酒抜けるかな……」
「土曜の早朝ドライブ。いいなぁ。どこ行くんすか?」
「ああ、ちょっとな」
「美冬さんとドライブかぁ。羨ましいなぁ……ってか、俺も絵美と頑張ろ!」
「おう、電車乗れるよな? 気をつけて帰れよ」
そう言って改札口とは反対方向に歩き出す貴之。
「あれ? 貴さん?」
「ああ、俺はタクシーで帰る。電車かったるい」
そう言って後ろ向きに手を振り、貴之は駅から出ていった。
「熱いなぁ、あの人……」
貴之の背中が見えなくなると、圭介は改札口からホームに向かった。
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次の更新予定は12月9日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




