恋愛と営業……そして焼肉
バレンタインデー直前の週末は建国記念日が絡み、土・日・月曜日と三連休だった。美冬はこの連休に貴之にバレンタインのプレゼントを渡そうと思っていた。
連休前日の金曜日、いつものようにアラームの音で目を覚ます美冬。今週は貴之の仕事が忙しいようで、夜の電話はなく、"おやすみ"のLINEは美冬が夢の中の時間だった。
そして毎朝七時頃に電話が掛かってくる。
「おはよう。ねぇ、連休どんな感じ?」
「おはよ、美冬。それがさぁ、まず明日と明後日は仕事確定。月曜も多分出なきゃならなくなると思う」
「がーん、そっかぁ……」
がっかり声の美冬。
「あ、あのさ、十四日は仕事早く終わらせるからさ、その後会おう」
「本当?」
今度は嬉しそうな声で聞き返す。
「ああ」
その後はどこに食べに行くとか美冬が奢るとかそんな話で盛り上がり、少し会話が止まる。二人は出かける準備をしながら、電話だけ繋いでいた。
「ふぁ〜あ……」
貴之の大きなあくび。
「ねぇ、ちゃんと寝てる? 心配になる……」
「ああ、大丈夫。今はちょっと、頑張らなきゃならない時だからさ」
「分かるけど……」
心配そうな美冬に、
「ここを乗り切ったら明るい未来が待ってるからな。美冬がいるから頑張れる」
美冬の不安を振り払うように、力強く言った。
「明るい未来って、一緒の未来?」
「もちろんだよ」
優し声で即答した。
「じゃあ行くわ。美冬ももう行くだろ? 早く終わったら夜電話するから」
「分かった。頑張ってね」
電話を切った後、美冬はカレンダーを見つめる。
「今週も会えないのかぁ……」
そう呟き、そのまましばらくカレンダーを眺めていた。
「あ、行かなきゃ」
ふと我に返り、上着を手に取った。
人工の光が煌めく夜の渋谷。それに負けずに星たちは、地上へ光を降らせていた。
シリウス、ベテルギウス、プロキオンが夜空に見事な三角形を作るその下で、美冬、好美、景子が小さな三角形を作って話をしている。
「二人が大丈夫ならちょっと飲んでくか? 金曜日だし」
三人はいつも一緒に帰るわけではない。終わる時間を意図的に合わせた日以外は別々な事が多かった。今日は珍しく、合わせたわけではないのに終わりの時間が一緒だった。
「私は大丈夫だよ」
景子が言う。
「美冬は?」
次は私が聞かれるなと思っていた美冬。
「私、砂肝食べたい!」
少し食い気味に、勢いよく答えた。好美は、まるで小さい子を見るような目で美冬を見つめ、景子は笑いをこらえている。
「よし! 鳥っ子行こ」
好美がそう言うと、景子はブハハッと笑いだした。
「え? なんで笑うの?」
歩き始めた好美と景子の後ろを、美冬は不思議そうな顔で追いかけた。
貴之と圭介はいつも、同じ時間に仕事が終わる。同じ仕事をペアを組んでやっているので、そうなるのも当然だろう。
「貴さん、たまには飲みましょうよ、明日から三連休だし。相談したい事があるんすよ」
仕事を終えてデスクでリラックスしている二人。
「相談? 金ならないぞ」
貴之はスマホをいじり、画面を見たまま答える。
「持ってるくせに。でも金の相談じゃないっす」
「ああ、ちょっと待ってな……」
貴之はスマホに集中し、ちゃんと聞いてはいないようだ。少しの沈黙の後、よしっと言って圭介に顔を向けた。
「んで、どうしたって? ギャンブルか?」
「だから金の相談じゃないんですって」
貴之は机の上の資料を鍵の付いた引き出しに入れ、鍵を閉める。するとまた、貴之のスマホが鳴った。LINEの着信のようだ。
「あ、美冬からだ。ちょっと待ってな、返事打っちゃう」
「え? 今、美冬さんとLINEしてたんじゃないんすか?」
「いや。美冬も会社の人と飲むんだってさ」
圭介の質問にちぐはぐに答える貴之。
「うし! じゃあ、ちっと行くか?」
そう言ってスマホをスーツのポケットに入れた。
圭介が腹ペコだと言うので、居酒屋ではなく焼肉店に入った。チェーン展開している店で、料金は安いが肉もそれなりの店だ。
二人はビールジョッキを合わせ、一気に喉に流し込んだ。貴之はジョッキの半分ほどを飲み、あーっと息をついた。
「て、なんだ? 相談てのは?」
圭介のジョッキは空になっていた。
「貴さん、恋愛って難しいっす」
「なんだ? 絵美ちゃんか? ……あ、すみませんお姉さん」
貴之は店員を呼び止めた。
「ビールってこれよりデカいのないの?」
「大ジョッキがあります」
「じゃ。こいつにそれと、俺には中ジョッキを持ってきて」
店員が空いたジョッキを持っていき、貴之は自分のジョッキに口をつけた。
「なに、上手くいってねぇの?」
圭介は少し考えて、
「いや、上手くいってると思います……多分」
自信なさげに答えた。その時、最初に注文をした大量の肉が運ばれて来た。
「よし、分かった! 今日はハイペースにいこう。俺もとことん付き合ってやる。十時まで」
圭介はまた少し考えた。
「今、十時までって言いました?」
冷たいトーンで言った。
「明日四時起きなんだよ」
「マジっすか。このクソ寒いのにそんな早起きしてどこ行くんすか?」
不満タラタラに言う圭介。
「いや、さっきお前が飲みに行こうって言う直前に、明日の時間が決まったんだよ」
会社を出る前に貴之がLINEをしていたのを思い出し、
「いいっすね、貴さんは美冬さんとラブラブじゃないっすか」
羨ましそうにそう言った。
「ん? うん、まぁな……」
貴之は曖昧に答え、一杯目のビールを飲み干した。
「多分仲は良いんすよ。電話も毎日してるし」
「何が不満なんだよ?」
「いや、不満って訳じゃないんすけど……例えば先週は映画を観に行ったんすけど、映画見て、ちょっとお茶飲んで、四時に帰ったっす」
「四時? なんか用事あったんじゃねぇの?」
貴之はビールを二杯飲んだ後はワインに変えていた。圭介は『焼肉にはビールっす!』と言って、大ジョッキのビールをとんでもないペースで飲んでいた。
「いつもそんな感じなんす。お泊まりはお互いの誕生日とクリスマスぐらいで……」
貴之はいい塩梅に焼けたカルビ二枚を、トングで圭介の皿に入れた。
「お前、本気出したら牛一頭ぐらい食うだろ? この店ならいくら食ってもいいからな」
「何言ってんすか! 今日は俺が誘ったんだから、貴さんには払わせませんよ」
「いいから食え」
貴之は新しい肉をロースターに乗せた。
「絵美ちゃんと付き合ってどんくらいだ?」
「大学出てすぐなんで、四年くらいっす」
「なんだ、結構長ぇな」
カルビの脂がしたたり、網目から小さな炎が上がる。
「お前さ、ちゃんと絵美ちゃんを引っ張ってるか?」
「えっ……?」
肉を引っくり返し、そのトングを圭介に向ける。
「いいか圭介。女っつーのはな、優しくされたい気持ちと、強引にされたい気持ちの両方を持ってるんだよ」
圭介は真剣な顔で貴之を見つめる。
「絵美ちゃんみたいなタイプはな、活発で自分からグイグイ行くところもあるけどな、あれは男に引っ張ってもらいたいタイプだ」
「そ、そうなんすか?」
「そうだよ。早い時間に帰ろうって言うのは、裏返せばお前に引き止めて欲しいって事なんだよ」
貴之の顔を見つめる圭介。半開きになったその口からは言葉が出て来なかった。
「いいか圭介、営業で契約を取るのと、女を口説き落とすのは同じ事なんだ」
「は? なんすか?」
貴之が言う事が理解出来ずに、聞き返す圭介。
「まぁ、そうだな。口説き落とすはちょっと聞こえが悪いな。女心をつかむに言い換えるか」
「ああ……」
今度は少し納得出来た様だ。貴之は肉の焼き色を見ながら、ひっくり返すタイミングを計っている。
「営業で大切な事はなんだ?」
視線は肉のまま、貴之が言う。ひっくり返された肉がジューっといい音をさせる。
「え、あ、えと……」
急に聞かれてたじろぐ圭介。その圭介の皿に肉を入れた。
「お客さんの立場に立って話を聞いて、ニーズを探ること……?」
答えなのか質問なのか分からないような言い方になってしまった。
「お前が"このお客さんにはこれが必要だ"って確信して勧めたけど、お客さんにそれは違うと言われたらどうする?」
「え……?」
圭介は必死に考える。
「えと……どこがニーズに合ってないのか聞いて……」
「それじゃダメだ!」
圭介の言葉を遮る貴之。
「お前が"このお客さんには絶対これが必要だ"と思ったら、それは絶対必要なんだよ。それをちゃんと分からせないと……分かってもらわないとダメなんだよ」
貴之の口調が強くなる。
「いいか、プロのお前が"このお客さんには絶対これが必要だ"って確信したのに、知識が浅いお客さんの言う事を聞いて別の商品を売った。お客さんはとても喜んだ。でもそれは、本当はお客さんにとって一番いい提案じゃなかった。それじゃダメなんだよ」
恋愛相談のはずが全然違う内容になっているが、圭介は真剣に聞いている。
「ちょっと話が逸れたな。営業目線で考えると、絵美ちゃんが早く帰るのは、絵美ちゃんの本当の気持ちなのか? お前のヒヤリングが足りないんじゃないのか? もし絵美ちゃんの早く帰るが本当のニーズじゃなかったら、お前は絵美ちゃんにとって頼りない営業マンだぞ?」
「あ……」
圭介は図星を突かれた表情になった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回の更新予定は12月7日です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




