スティックケーキは恋の味?
月曜朝、とても冷え込む朝だった。ハチ公を横目にスクランブル交差点を渡ると、喫煙所でたくさんの人が北風に震えながらタバコを吸っている。
「美冬さん!」
呼ぶ声に振り返ると、点滅している信号を小走りに渡って来た萌がいた。
「萌ちゃん。今日は朝からこっちなんだ?」
美冬は立ち止まり、萌が追いつくのを待った。
「そうなんですよ。鳥飼専務が早く来て欲しいって」
「ひゃー! 萌ちゃん、専務とかと打ち合わせするんだ? 肩凝りそう……」
「意外と気さくな人ですよ、鳥飼専務」
二人は並んで歩き出した。
「今日ね、バレンタインの試作を作ってきたの。萌ちゃん、後で味見して」
「あ、おととい買ってたやつですね。いいなぁ、楽しみ」
小さな風がビルの合間に吹き溜まり、勢いを増して街を駆け回る。
「今日寒いね!」
「本当、耳がちぎれそうです」
凍えそうになりながらようやくリーヴァ本社にたどり着き、
「じゃあお昼にね」
と、エレベーターで別れた。
「おはよ、美冬」
社内メールをチェックしている美冬の席に、いつものように好美がやって来た。
「あ、好美ちゃんおはよ。今日さ、お昼お弁当にしよ」
「え? いいけど、なんで?」
「今日ね、萌ちゃん来てるよ」
「ああ、安西萌? で、それと弁当とどう関係するの?」
「ん?」
「え?」
「おはよう」
景子はいつも、好美より少し遅れて出社する。
「ああ、景子。いい所に来てくれたわ。美冬と話してて、また迷子になりそうなのよ」
それを聞いた景子は、何も答えずに笑っている。
「今日安西萌がウチに来てるんだって」
「ああ、萌ちゃん」
「だからね、美冬ちゃん、お昼お弁当にしたいんだって」
すると、
「あ、違う。私ね、今日デザート作ってきたの。それをみんなに味見して欲しいの」
美冬はハッとした顔をしてからそう言った。
「ああ、そういう事」
好美が納得すると、
「おい、そこの三人。始業時間だぞ、仕事しろ」
いつもの松田の言葉が飛んで来た。
「はーい」
好美と景子は間延びした返事をし、
「始業前に納得できてよかったわ。後でね」
各々の席に戻って行った。
リーヴァ本社から歩いてすぐのマンモスビルの敷地内に、弁当売りのキッチンカーがやってくる。通称『キッチンカー広場』と呼ばれるそこには、毎日三~四種類のキッチンカーが日替わりで来ている。何曜日にどの店が来るというのは決まっていないようで、どこの店が来ているかは行ってみないと分からない。
「あ! ロコモコ来てる!」
美冬は大好きなロコモコ屋を見付け、走り出した。
「行ってしまったわ……」
走り去る美冬の背中を見ながら好美が呟く。
「そういえば私、あそこのロコモコ食べたことないかも」
景子が言うと、
「私もだわ。ロコモコにしてみるか」
好美がそう言って萌を見た。
「安西萌はハンバーグ好き?」
「え? ええ。ハンバーグは好きです」
いきなり聞かれた萌が少し狼狽して答える。
「じゃあみんなロコモコでいいかな?」
「いいよ」
「私もロコモコがいいです」
景子と萌の答えを聞いた好美。
「美冬ーっ!ロコモコ、私たちの分もお願ーい!」
ロコモコの列に並ぶ美冬に叫んだが、周りの音にかき消されて美冬には届かない。
「聞こえないかぁ……」
そう言う好美の隣で、
「もしもし美冬? あのさ、ロコモコ私たちの分もお願い。…………うん、普通のでいい。…………はい、じゃあお願いねー」
何事もなかったかのように電話を切る景子だった。
リーヴァ本社ビル六階は休憩室になっている。社食ではないが、カップ麺などの軽食の自動販売機がある他、紙コップ式自動販売機はフリードリンクとなっていた。
「おお! 意外と美味いじゃん、ロコモコ」
ひと口食べた景子が言った。
「本当だ! 埼玉にはないお洒落な味!」
深井コンピュータは川口にあるため、萌が埼玉を出るのはリーヴァと他数社の取引先に行く時くらいだった。
「安西萌はさ、一番好きな食べ物って何なの?」
好美が萌をフルネームで呼ぶのは、"安西萌"が好美にとって気持ちのいい響らしい。
「一番て言われたら何だろう……」
萌は少し考えてから、
「パスタはいつ出されても嬉しいメニューかも……」
そう答えた。
「なんだ、じゃあ今度パスタ屋行こう。新しくできたのよ」
「行ってみたいです!」
「あそこ美味しかったけど、ちょっと高いよね」
景子が意見を挟む。
「うんうん、ハンバーグも美味しかったけど高かった」
「ハンバーグもあるんだ? 美冬さんはパスタ屋でもハンバーグなんですね」
萌が笑う。
「確かに、ランチセットで二千円近かったもんね」
好美がそう言った後に、
「しかしバルボアって名前もウケるよね」
店の名前を覚えていた景子が言う。
「何、バルボアって?」
「え? ロッキーでしょ」
「ロッキー?」
「え? 知らない? ボクシングの映画よ」
問いかける景子に、
「ああ、昔の映画でしょ? 聞いたことあるわ」
好美は答え、美冬と萌は置いていかれていた。
「お父さんが好きでさ、子供の頃に何回も見せられたのよ、車の中で」
「親が好きな音楽を車で聴いて覚えたってのはよくあるけど、映画は珍しいわね」
「ロッキーってイタリアの映画なの?」
「いや、アメリカよ」
「パスタってイタリアじゃないの?」
美冬の素朴な疑問に、好美も確かにと思った。
「主人公のロッキーがイタリア系アメリカ人なのよ。劇中のあだ名もイタリアの種馬だし」
美冬の疑問に的確に答える景子、好美はそれに感心した。そしてキョトンとしている萌だった。
「いや、美味しかったし、なかなかのボリュームだったわ」
「思ったより量あったね」
満足げな好美と景子に、
「デザート食べれるでしょ?」
空の容器をビニール袋にまとめながら美冬が言った。
「甘い物は別腹よ。早く出しなさい」
そう言ってイスにふんぞり返る好美。美冬はカバンから半透明のタッパを取り出し、
「ジャジャーン!」
と言って蓋を開けた。中には長さ十センチメートル弱の立方体のアルミホイル。それが四本並んでいた。
「ジャーンってあんた、タッパにアルミホイル見てもなんの感動もないんだけど……」
「一個取って」
好美、景子、萌の順にタッパを差し出す美冬。一番最初に取った好美がアルミホイルを剥がした。そして何も言わずにそれを見つめる。
一番下にビスケットを砕いたタルト台、そしてメインとなるレアチーズクリームにイチゴの生チョコを練って固めた薄ピンクの層。更にこのスティックケーキの顔となる極薄イチゴスライスたち。均等に重なり合い、綺麗に整列して、透明ピンクのゼリーの中でキラキラと輝いている。
好美は目だけを美冬に向け、
「これ、あんたが作った?」
と聞く。
「私が作った」
答える美冬。好美はスティックケーキと美冬の顔に何度か視線を往復させた後、
「食べるよ?」
その聞き方には緊張感が漂っていた。
「食べて」
美冬にもその緊張が伝染る。その様子を黙って見つめる景子と萌。
好美はスティックケーキを口に運び、ゆっくりと噛み締めた。そしてひとつため息をつく。
「美冬、あんたさぁ……」
「え? なに?」
好美の深刻な口ぶりに顔を引きつらせる美冬。
「あんた達も食べてごらん」
好美は美冬には答えずに、景子と萌に言った。
「まず見た目がめっちゃ可愛いね」
「本当。普通に売ってるやつみたいです」
好美に続いてアルミホイルを剥がした景子と萌が言う。そして、慎重に口に運んだ。
「え? 美味しい!」
「はい! めちゃくちゃ美味しいです!」
驚く二人。好美は美冬を見て言う。
「あんたさぁ、顔が可愛い上に女子力まで高いのはやり過ぎよ。少し自重しなさい」
緊張が解けてホッとした表情になる美冬。
「よかったぁ、不味いって言われるかと思っちゃった」
「いやぁ、凄いわ、美冬。これはプロの作品よ」
口をモゴモゴしながら景子が言う。
「本当凄い……。こんなの作れちゃうんだぁ……」
手に持った食べかけのスティックケーキを見ながら、萌がしみじみと言う。
「でも今はネットに色んなレシピが出てるから、意外と出来ちゃうもんだよ」
美冬がそう言うと、
「私も、作ってみようかな……」
少し控えめに萌が言った。
「お、安西萌もバレンタインか?」
すると好美がすぐに反応した。
「あ、いや、彼氏とかじゃないんだけど……」
萌は恥ずかしそうに視線を落とす。
「ちょっと、気になる人がいて……」
そこで美冬は、一昨日ショッピングモール『リブズ』で虹ラボに誘われていた事を思い出した。
「お、もしかしてだけど一昨日の電話で会わせたい人がいるって言われてたやつ?」
「あ、でも全然そんなんじゃないんです。昨日も仕事に絡んだ話ばっかりだったし……」
萌は急にあたふたした感じで弁解をする。
「いいなぁ、若いって。お姉さん、応援するわ」
好美が言い、盛り上がる中、美冬はスティックケーキに手応えを感じていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回の更新は12月5日の予定です(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




