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薔薇のオルゴール 〜次はあなたが傷つけばいい〜  作者: Ryo-No-Suke


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11/13

砂肝とナマズの王様


「んで? 抱かれたの?」

「うん」

「ブッ……ゲホッ、ゲホッ……」

 ズバッと聞く好美とサラッと答える美冬。唐突なそのやり取りにビールを吹き出しそうになった景子。

「あなた達って、なんか面白いのよねぇ」

 景子はおしぼりで口を拭いながら言った。

 彼氏の会社の後輩たちと飲んだ事、その後美冬の家に行った事、初めての手料理を喜んでくれた事、金曜と土曜の夜を一緒に過ごした事、日曜日にディズニーランドに行った事……

 美冬は聞かれるままに全て話した。

「美冬、それは大丈夫だわ」

「だね。別れたい女の家には行かないし、ディズニーランドも彼氏から言ってきたんでしょ?」

 好美と景子に言われ、美冬はにっこり微笑む。

「明日天気良いから、ディズニーランド行こうかって」

 その時の事を思い出し、緩みっぱなしの美冬。

「いいなぁ、ディズニーランドかぁ。行きてぇなぁ」

「彼氏と行けばいいじゃん」

 少し遠くを見ながら言う好美に、景子が言った。そして二人の間にいる美冬。

「ん? 何これ、美味しい!」

「ディズニーランドに行くような奴じゃないのよ。釣りばっか」

 好美が投げ捨てるように言う。

「好美の彼氏って釣り好きなの?」

「そうよ。おかげで私もハマっちゃってるわ」

「ねぇ好美ちゃん、これ何?」

「砂肝」

「え? 好美も釣りやるの?」

「あいつの影響でね」

 景子と美冬の質問に、好美が順番に答える。

「バス釣りに行って、ナマズの王様が釣れた時は、とても感動したわ」

「おじさん、砂肝焼いて。塩で三人分」

「ちょっと美冬! あんたこの話に興味無いでしょ?」

 今、美冬の興味は初めて食べた砂肝に集中していた。

「そんな事ないよ。ちゃんと聞いてるよ。ナマズの王様が釣れたんでしょ?」

 あっけらかんと言う美冬を見つめる。

「あんたのそういう所、たまらなく可愛いわ」

 好美はそう言ってハイボールのジョッキを傾けた。


「釣具屋のオヤジに穴場だって言われて行ったら、めっちゃ水が濁ってるのよ。まるでコーヒー牛乳みたいによ。これ、バス釣れんの? ってなってさぁ」

 好美はナマズの王様を釣った時のことを話し、景子は相づちを入れながらそれを聞いている。その間で美冬は焼きたての砂肝を食べていた。

「で、釣り上げてみたらあんた、百二十センチはあろうかというキングナマズよ!」

「ちょっと、いくらなんでも百二十センチは大袈裟でしょ」

「いや、本当にあったのよ、そのくらい……って美冬、聞いてる?」

 おもむろにメニューを見だした美冬。

「次、何飲もうかなって思って」

 好美を見て無邪気に笑う。好美は、はぁ……とため息をつき、

「可愛いは罪よね……」

 残りのハイボールを飲み干した。

 

「おじさん、青リンゴサワー! 好美ちゃんは?」

「ハイボール」

「景子ちゃんは?」

「私はまだいいわ」

「おじさん、あとハイボール! それと砂肝焼いて! 塩で三人分」

「あいよー!」

 程よく酒が回り、ご機嫌な三人。

「好美は彼氏と長いんだよね?」

「十一年よ。もう一周よ」

 そういう好美に美冬は不思議そうな顔をした。

「何? 一周って?」

「干支よ」

「アハハ、干支かぁ」

 好美のぶっきらぼうな言い方が面白かったらしく、美冬の笑いが止まらなくなった。

「結婚しないの?」

 美冬が笑っている横から景子が聞く。

「そんな話もあったけどね。完全にタイミングを逃したわ」

 好美はハイボールをひと口飲み、

「とはいえ、誕生日来ちゃったら三十三よ、私。どうしてくれんだっつうの」

 投げるように言った後、またハイボールを飲む。

「今の時代、三十三で結婚しない人なんてたくさんいるでしょ?」

「そうだけどさぁ、これであいつと結婚しなかった事を考えると……恐ろしいわ。また一から彼氏作って……」

 自分で言った事を想像し、身震いする好美。

「大丈夫、大丈夫。好美ちゃんならすぐに彼氏見つかるよ。はい砂肝ね」

 カウンターの向こうから大将が会話に入ってきた。

「違うわよ、おじさん。新しい彼氏を作ろうって話じゃないのよ」

「確かにまた彼氏つくってとかは面倒ね。もうそんなエネルギーもないよね」

 景子がしみじみ言うと、突然美冬が笑い出した。

「な、何?」

 驚く景子。

「ごめん、ごめん。違うの。さっきの好美ちゃんの"干支よ"の言い方が面白くて」

 美冬が笑いながら弁解をする。

「今この子は箸が転がってもおかしい時なのよ」

 好美がボソッと言い、ハイボールに口をつけた。


「景子のところは長いんだっけ?」

「んー……夏で四年だから三年半くらいか」

 好美の問いに景子が答える。

「あと一年ね」

「一年? 何が?」

 美冬も興味があるようで、砂肝を口に入れたまま会話に加わる。

「いい? 五年を超えると、馴れ合い度が急加速するのよ」

「え? そうなの?」

「そう。そして馴れ合い度が増せば増すほど、結婚からは遠のいていくの。分かる?」

 好美の持論なのだろうが、景子と美冬には説得力があった。

「景子今いくつだっけ?」

「二十九」

 答えた後に梅酒に口をつける。

「ああ、もう結婚しちゃいな」

 好美の言葉に梅酒を吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。

「私も来月で二十九だよ」

 美冬が言うと、

「え? あんた達同い年なの?」

「年でいうと美冬が一つ下ね。学年は一緒になるのか、美冬、早生まれだから」

 景子が答える。

「幼いわね、美冬ちゃん」

「えへへ、ありがと」

「褒めたわけじゃないのよ。ま、あんたはそれでいいわ」

 好美はハイボールを飲み干し、景子の梅酒と一緒におかわりを注文した。

「まだ結婚は考えてないなぁ……」

 景子が言う。

「考えな。子供産むにもちょうどいい歳じゃない」

「子供かぁ……いつの間にか、そんな歳なのよね、私たち……」

 会話が途切れ、少ししみじみとした空気になる。

「おじさん、砂肝焼いて。塩で三人分」

「ちょっと美冬! あんたどれだけ砂肝食べるのよ!」

 対象の『あいよ!』の声を好美が打ち消した。

「え? 好美ちゃんの食べない?」

「食べるわよ」

「でもさ、どうせならプロポーズされたいよねぇ……」

 景子が遠くを見つめるように言う。

「あんたそんな、ロマンティックなプロポーズなんてドラマの中だけよ」

「前さ、お店でごはん食べてたら、突然店員とお客さんが踊り出すやつあったよね?」

「ああ、あれでしょ? 踊り終わって"僕と結婚して下さい"っつって、パチパチパチパチ……みたいなやつ。あった、あった。なんつったっけ?」

「フラッシュモブじゃない?」

「それだ!」

「でも実際さ、あんな事する人いる?」

 外は雨がパラついてきたが、そんなことは露知らず女子トークは止まらない。賑やかなまま、夜が更けていった。

読んでいただき、ありがとうございます。

次回の更新予定は11月9日です。

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