砂肝とナマズの王様
「んで? 抱かれたの?」
「うん」
「ブッ……ゲホッ、ゲホッ……」
ズバッと聞く好美とサラッと答える美冬。唐突なそのやり取りにビールを吹き出しそうになった景子。
「あなた達って、なんか面白いのよねぇ」
景子はおしぼりで口を拭いながら言った。
彼氏の会社の後輩たちと飲んだ事、その後美冬の家に行った事、初めての手料理を喜んでくれた事、金曜と土曜の夜を一緒に過ごした事、日曜日にディズニーランドに行った事……
美冬は聞かれるままに全て話した。
「美冬、それは大丈夫だわ」
「だね。別れたい女の家には行かないし、ディズニーランドも彼氏から言ってきたんでしょ?」
好美と景子に言われ、美冬はにっこり微笑む。
「明日天気良いから、ディズニーランド行こうかって」
その時の事を思い出し、緩みっぱなしの美冬。
「いいなぁ、ディズニーランドかぁ。行きてぇなぁ」
「彼氏と行けばいいじゃん」
少し遠くを見ながら言う好美に、景子が言った。そして二人の間にいる美冬。
「ん? 何これ、美味しい!」
「ディズニーランドに行くような奴じゃないのよ。釣りばっか」
好美が投げ捨てるように言う。
「好美の彼氏って釣り好きなの?」
「そうよ。おかげで私もハマっちゃってるわ」
「ねぇ好美ちゃん、これ何?」
「砂肝」
「え? 好美も釣りやるの?」
「あいつの影響でね」
景子と美冬の質問に、好美が順番に答える。
「バス釣りに行って、ナマズの王様が釣れた時は、とても感動したわ」
「おじさん、砂肝焼いて。塩で三人分」
「ちょっと美冬! あんたこの話に興味無いでしょ?」
今、美冬の興味は初めて食べた砂肝に集中していた。
「そんな事ないよ。ちゃんと聞いてるよ。ナマズの王様が釣れたんでしょ?」
あっけらかんと言う美冬を見つめる。
「あんたのそういう所、たまらなく可愛いわ」
好美はそう言ってハイボールのジョッキを傾けた。
「釣具屋のオヤジに穴場だって言われて行ったら、めっちゃ水が濁ってるのよ。まるでコーヒー牛乳みたいによ。これ、バス釣れんの? ってなってさぁ」
好美はナマズの王様を釣った時のことを話し、景子は相づちを入れながらそれを聞いている。その間で美冬は焼きたての砂肝を食べていた。
「で、釣り上げてみたらあんた、百二十センチはあろうかというキングナマズよ!」
「ちょっと、いくらなんでも百二十センチは大袈裟でしょ」
「いや、本当にあったのよ、そのくらい……って美冬、聞いてる?」
おもむろにメニューを見だした美冬。
「次、何飲もうかなって思って」
好美を見て無邪気に笑う。好美は、はぁ……とため息をつき、
「可愛いは罪よね……」
残りのハイボールを飲み干した。
「おじさん、青リンゴサワー! 好美ちゃんは?」
「ハイボール」
「景子ちゃんは?」
「私はまだいいわ」
「おじさん、あとハイボール! それと砂肝焼いて! 塩で三人分」
「あいよー!」
程よく酒が回り、ご機嫌な三人。
「好美は彼氏と長いんだよね?」
「十一年よ。もう一周よ」
そういう好美に美冬は不思議そうな顔をした。
「何? 一周って?」
「干支よ」
「アハハ、干支かぁ」
好美のぶっきらぼうな言い方が面白かったらしく、美冬の笑いが止まらなくなった。
「結婚しないの?」
美冬が笑っている横から景子が聞く。
「そんな話もあったけどね。完全にタイミングを逃したわ」
好美はハイボールをひと口飲み、
「とはいえ、誕生日来ちゃったら三十三よ、私。どうしてくれんだっつうの」
投げるように言った後、またハイボールを飲む。
「今の時代、三十三で結婚しない人なんてたくさんいるでしょ?」
「そうだけどさぁ、これであいつと結婚しなかった事を考えると……恐ろしいわ。また一から彼氏作って……」
自分で言った事を想像し、身震いする好美。
「大丈夫、大丈夫。好美ちゃんならすぐに彼氏見つかるよ。はい砂肝ね」
カウンターの向こうから大将が会話に入ってきた。
「違うわよ、おじさん。新しい彼氏を作ろうって話じゃないのよ」
「確かにまた彼氏つくってとかは面倒ね。もうそんなエネルギーもないよね」
景子がしみじみ言うと、突然美冬が笑い出した。
「な、何?」
驚く景子。
「ごめん、ごめん。違うの。さっきの好美ちゃんの"干支よ"の言い方が面白くて」
美冬が笑いながら弁解をする。
「今この子は箸が転がってもおかしい時なのよ」
好美がボソッと言い、ハイボールに口をつけた。
「景子のところは長いんだっけ?」
「んー……夏で四年だから三年半くらいか」
好美の問いに景子が答える。
「あと一年ね」
「一年? 何が?」
美冬も興味があるようで、砂肝を口に入れたまま会話に加わる。
「いい? 五年を超えると、馴れ合い度が急加速するのよ」
「え? そうなの?」
「そう。そして馴れ合い度が増せば増すほど、結婚からは遠のいていくの。分かる?」
好美の持論なのだろうが、景子と美冬には説得力があった。
「景子今いくつだっけ?」
「二十九」
答えた後に梅酒に口をつける。
「ああ、もう結婚しちゃいな」
好美の言葉に梅酒を吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
「私も来月で二十九だよ」
美冬が言うと、
「え? あんた達同い年なの?」
「年でいうと美冬が一つ下ね。学年は一緒になるのか、美冬、早生まれだから」
景子が答える。
「幼いわね、美冬ちゃん」
「えへへ、ありがと」
「褒めたわけじゃないのよ。ま、あんたはそれでいいわ」
好美はハイボールを飲み干し、景子の梅酒と一緒におかわりを注文した。
「まだ結婚は考えてないなぁ……」
景子が言う。
「考えな。子供産むにもちょうどいい歳じゃない」
「子供かぁ……いつの間にか、そんな歳なのよね、私たち……」
会話が途切れ、少ししみじみとした空気になる。
「おじさん、砂肝焼いて。塩で三人分」
「ちょっと美冬! あんたどれだけ砂肝食べるのよ!」
対象の『あいよ!』の声を好美が打ち消した。
「え? 好美ちゃんの食べない?」
「食べるわよ」
「でもさ、どうせならプロポーズされたいよねぇ……」
景子が遠くを見つめるように言う。
「あんたそんな、ロマンティックなプロポーズなんてドラマの中だけよ」
「前さ、お店でごはん食べてたら、突然店員とお客さんが踊り出すやつあったよね?」
「ああ、あれでしょ? 踊り終わって"僕と結婚して下さい"っつって、パチパチパチパチ……みたいなやつ。あった、あった。なんつったっけ?」
「フラッシュモブじゃない?」
「それだ!」
「でも実際さ、あんな事する人いる?」
外は雨がパラついてきたが、そんなことは露知らず女子トークは止まらない。賑やかなまま、夜が更けていった。
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次回の更新予定は11月9日です。




