プロローグ
夕方から降り出した雨は雷を伴い、激しさを増している。厚い雲に隠されていた太陽は、誰にも気付かれることなく西の地平線へと沈み、暗闇が街を包み込む。
電気がついていない部屋。テレビがついており、画面が変わる度に部屋の色も変わる。
夏に開催を控えた、パリオリンピックの代表選手を紹介するナレーションが響く。
そしてリビングテーブルの上のオルゴールの優しい音色が、テレビの声と共存する。
オルゴールは小さな光をまとい、ゆっくりと回転している。
豪雨が地面を叩き、雷鳴が夜空に轟く。稲妻が放つ強烈な光が窓から飛び込んできて、ソファに座る美冬の横顔を照らした。
生気を失くした美冬の瞳はオルゴールに向けられ、美冬は人形のように動かない。音も、光も、美冬には届いていなかった。
切り裂くような雷鳴の一瞬後、テレビが消えた。リチウムバッテリーを動力源としているオルゴールは、尚も回り続けている。
薔薇のオルゴール。
ガラスドームの中で気高く咲く一輪の薔薇。深紅の花びらの下から金色の茎が伸び、黄金の葉を付けている。
LEDランプが薔薇を妖艶に浮かび上がらせ、ガラスドームがランプシェードとなって暗い部屋に光を拡散させる。
停電をもたらした稲妻の後、雷は次第に遠のき、雨足も弱まっていった。
薔薇のオルゴールの光が、美冬の顔を妖しく照らす。表情がなくなっていた美冬の瞳に、光が戻っていた。口元に薄い笑みを浮かべた美冬の、唇が小さく動く。
「次は、あなたが傷つくのよ……」




