第8話 試合開始
〈唯翔視点〉
首を、ごきごき回す。この、"どうしようもない苛立ち"をエスコートキッズに勘付かれてしまわないよう、唯翔は精一杯の笑顔を繰り出した。しょせん運ゲー、自分に言い聞かせるように。
すると、横からヨハンがしゃしゃり出てきた。
「過度な染髪は自信の無さの現れーー違うか?」
そんなふうに、低く囁いて。染め直した頭を掻きむしりたくなるのを、必死で抑える。
奴は続ける。
ミオはもう来ているだろうかーー
悪戯好きの猫みたいな視線が、唯翔を突き刺した。
「俺は待たないぞ、水色頭のシンデレラ」
(このっ…………!)
喉から出かかった言葉たちは、選手入場の合図に見事かき消された。
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ヨハンさんからもらった、VIP席のチケットに悲鳴を漏らしそうになりながら、周囲を改めて確認してみる。一番選手に近い席にいるせいで、首がちぎれるんじゃないかと思った。
思わず、私は息を呑む。
おそらく、サポーターたちが用意したのであろう、太鼓や鉢巻、天鬼 唯翔と雄々しく書かれた横断幕……
圧倒された。
「熱気、すごいな……」
私がひとりごちた途端に、会場内がざわめき出した。
どうやら、満を持して両チームのフォーメーションが発表されたようだった。
日本は3ー4ー2ー1、ドイツが4ー3ー3。
つまり唯翔のワントップか……思わず、キュッと唇を結んだ。
会場内は、言わずもがなドイツの完全アウェイ。
だけど。
私は一体、どちらを応援したいんだろう。
いつまで経っても優柔不断な私とは裏腹に、意気揚揚とした実況が聞こえ始めた。
「さぁ始まってまいりました! 日本対ドイツ! ……いや〜どんな試合を見せてくれるのか、期待が止まりませんね」
(あ……)
目を逸らしたくなってくる。見つけてしまった。不機嫌そうな唯翔と、冷静沈着を体現したようなヨハンさん。
「さてさて? 相手陣地のゴールキーパーには、さっそく有望株のヨハン・ローゼンシュタールが。なんと彼ですね、17歳でドイツリーグの名門ドルフィントに加入しています。セーブ率は脅威の78%。重要な大会、リーグ戦で数々の優秀な成績を修め、今となってはチームの大黒柱のような存在であります」
もはや名物と化した、国歌斉唱に感極まって涙ぐむ監督の姿も。全部はっきり見える。
「一方で日本陣地には、川越フロランタ所属・天鬼唯翔がスターティングメンバーに選ばれた模様。今日初めて、代表の舞台に立ちました。この、天鬼選手は弱冠19歳ながら公式戦36ゴール18アシスト……と、攻めのみならずサポートにも貢献できる超万能ストライカーです」
「どちらも規格外の選手ですね、亀山さん!
それではいよいよーーキックオフです!」
耳をつん裂くように、ホイッスルが鳴り響く。ファーストタッチは日本。半ば祈るような気持ちで、私はメガホンを握りしめた。