第11話 シリウスみたいなライバルなんて
終わったんだーーそう思った時にはもう、力なくその場に崩れ落ちる唯翔。
*
あの日の記憶が、走馬灯のように頭の中を駆け巡っていった。
小年サッカー時代の鼻垂れ小僧たちが、何度か、試合に負けて泣きじゃくる唯翔に絡んできたことがあった。
「やーいやーい、ちびっこユイトのべそっかきー!」
「あそこでしゃしゃってなけりゃ、今頃決勝だったのになあ」
高学年の選手も一緒になって、唯翔を睨め付ける。
おれの失点のせいで、と唯翔はまた一つしゃくりあげた。唯翔だって、こんな醜態、晒したくてやってるわけじゃない。
認めたく、なかった。くやしい、くやしい、くやしい……ちっぽけで、みじめで、みんなの足引っ張ってばっかで、何がエースだ。
「……ユイちゃん、がんばったよ。わたしちゃんと見てたよ。もう、大丈夫だからね」
さっきから心配そうにチラチラ唯翔たちを見守っていた美桜に、ハンカチを差し出された。
(あ、みおっ……!)
瞬発力を持ってしても、美桜の背後に忍び寄る影には手を出せなかった。
え、と目を見開いた美桜が、そいつらにいきなりドンと突き飛ばされる。
「お前、こんな弱虫が好きなのかよーっ!」
一瞬の間の後、
「うん!」あっけらかんと、美桜が答えた。そのまま悪ガキどもにあっかんべーをしながら、涙目の唯翔の手は引っ張られる。
ーーだって。美桜はもったいぶって告げる。
「わたし、ユイちゃんのこと……」
100点満点の笑顔で、美桜がこっちを振り返る。幼心にも、ふるふる揺れる桜みたいでーーたぶん、生まれてはじめて。この女の子のことを、綺麗だと思った。
*
試合が終わるなり、美桜に愛を囁きに行くヨハン。あちこちから上がった黄色い悲鳴のおかげで、後はなんとなく察した。
なすすべなく、フィールドに膝をついた。
ひとりで舞い上がって、調子乗って、期待して。
「"大好き"って言ったの、嘘だったのかよ……」
相変わらず、だっせーな自分と嘲笑う。
それでも、うざいくらいにとめどなく溢れてくる涙。インタビューすら、ままならなかった。
___________________________________
「……ひと目見た時からきっと、俺は君に惚れていたんだ」
たくましい腕の中では、彼の穏やかな声音と、私の激しい鼓動が混じり合っていた。
「ミオにはたしかに歌の才能があるーーが、それ以上に」
唇と唇が触れ合う、ぎりぎりの距離で。耳元をくすぐるように、ヨハンさんが低く囁く。
「どうにも、ミオ自身に魅せられたみたいでね」
俺の前に現れてくれてありがとう……力強く、ヨハンさんは言った。今にも涙が溢れ落ちそうになるのを、上を向いて必死で堪えた。感謝しなくちゃいけないのは、むしろ私のほうなのに。
彼から、数えきれないほどたくさんのものを受け取ってしまった。
「っ私もお慕い、しています……ヨハンさん」
私はきゅうっと、拳を握り締める。ずっとずっと、過去のトラウマを引き摺って生きてきた。失敗を恐れていたのは唯翔ではない、他でもない、私だった。
(ヨハンさんがいたから、私は前へ進めた。大好きな歌も、力まないで歌えるようになった)
そう、あの夜、ヨハンさんに出会えたからーー
私はもう一度、向き合える。
「覚悟は決まったみたいだな。すぐにでもドイツの大手レーベルを紹介させてもらうよ」
さっそくフライトの段取りを……事を進めようとする手を、バッ、と、勢いよく離した。きょとんとするヨハンさんに、私は快活に告げる。
「ヨハンさん、私。唯翔に言ってやりたいことができました」
私の目から何かを感じ取ったのか、ヨハンさんはやれやれと諦めたように微笑んだ。
「少し妬けるが……まあいいさ。幼馴染の特権というやつなんだろ? しばらくは、遠距離恋愛を楽しむとするかな」
態度が急変したかのように、ぽんぽん頭を叩かれて、なんだかすごく、くすぐったかった。
とはいえ。
(私ばっかり都合が良くて、ヨハンさんはそれでいいのかな……)
「ああ、安心するといい。俺はこう見えて、わりと気は長いほうなんでね。その代わり、といってはなんだがーー次に戻ってきた時は、大いに俺を楽しませてくれ。期待してるぞ、俺の可愛いミオ」
気づけば、おでこにキスをされていた。あまりのことに、私は声すら出せなくなってしまう。とにかく、夢中でこくこく頷く。
悔しさにうちひしがれる唯翔のもとへ、私はゆっくりと近づいた。
お疲れ様、カッコよかったよ、ありきたりな言葉たちが、頭に浮かんでは消えてゆく。
私はスーッと、深呼吸。
「……その。いつかぜったい、幼馴染として唯翔と肩を並べてみせるから」
ふたつの視線が絡み合う。それは、すがるようでいて、どこかあどけなさの残る瞳だった。
「だから、それまでバイバイ。唯翔……いや、泣き虫ユイちゃん」
まずは日本で、覆面歌手としてネットに動画を上げてみよう。自分の力で頑張って、徐々にファンを増やして。0からだろうが、1からだろうが、そんなの関係ない。 想像してみる。軽やかなスキップに合わせて、私は堂々とオリジナル曲を歌うのだ。
活動名はやっぱり…………ローレライがいい。
人生なんて、これからどうにでもなる。ちょっとキツイけど、毎日つま先立ちしたら、あのシリウスにもいつか届きそうだ。後ろは一切、振り返ってやらなかった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。さて、すでにお気づきの方も多いかと思いますが、この短編はあえて11話構成です。(なにげに頑張って散りばめたサッカー要素……笑)
サッカーを題材にした小説には初めて挑戦したので、執筆までドキドキいっぱいだったのですが、学ぶことばかりで、ものすごく貴重な体験になったと強く思います! とりあえずやってみるって大事ですね!
これからも、サッカー界が盛り上がり続けることを祈って^_^