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第11話 シリウスみたいなライバルなんて


 終わったんだーーそう思った時にはもう、力なくその場に崩れ落ちる唯翔。



 あの日の記憶が、走馬灯のように頭の中を駆け巡っていった。


 小年サッカー時代の鼻垂れ小僧たちが、何度か、試合に負けて泣きじゃくる唯翔に絡んできたことがあった。


「やーいやーい、ちびっこユイトのべそっかきー!」


「あそこでしゃしゃってなけりゃ、今頃決勝だったのになあ」


 高学年の選手も一緒になって、唯翔を睨め付ける。


 おれの失点のせいで、と唯翔はまた一つしゃくりあげた。唯翔だって、こんな醜態、晒したくてやってるわけじゃない。


 認めたく、なかった。くやしい、くやしい、くやしい……ちっぽけで、みじめで、みんなの足引っ張ってばっかで、何がエースだ。


「……ユイちゃん、がんばったよ。わたしちゃんと見てたよ。もう、大丈夫だからね」


 さっきから心配そうにチラチラ唯翔たちを見守っていた美桜に、ハンカチを差し出された。


(あ、みおっ……!)


 瞬発力を持ってしても、美桜の背後に忍び寄る影には手を出せなかった。


 え、と目を見開いた美桜が、そいつらにいきなりドンと突き飛ばされる。


「お前、こんな弱虫が好きなのかよーっ!」


 一瞬の間の後、


「うん!」あっけらかんと、美桜が答えた。そのまま悪ガキどもにあっかんべーをしながら、涙目の唯翔の手は引っ張られる。


ーーだって。美桜はもったいぶって告げる。


 「わたし、ユイちゃんのこと……」


 100点満点の笑顔で、美桜がこっちを振り返る。幼心にも、ふるふる揺れる桜みたいでーーたぶん、生まれてはじめて。この女の子のことを、綺麗だと思った。



 試合が終わるなり、美桜に愛を囁きに行くヨハン。あちこちから上がった黄色い悲鳴のおかげで、後はなんとなく察した。


 なすすべなく、フィールドに膝をついた。


 ひとりで舞い上がって、調子乗って、期待して。


「"大好き"って言ったの、嘘だったのかよ……」


 相変わらず、だっせーな自分と嘲笑う。


 それでも、うざいくらいにとめどなく溢れてくる涙。インタビューすら、ままならなかった。


___________________________________


「……ひと目見た時からきっと、俺は君に惚れていたんだ」


 たくましい腕の中では、彼の穏やかな声音と、私の激しい鼓動が混じり合っていた。


「ミオにはたしかに歌の才能があるーーが、それ以上に」


 唇と唇が触れ合う、ぎりぎりの距離で。耳元をくすぐるように、ヨハンさんが低く囁く。


「どうにも、ミオ自身に魅せられたみたいでね」


 俺の前に現れてくれてありがとう……力強く、ヨハンさんは言った。今にも涙が溢れ落ちそうになるのを、上を向いて必死で堪えた。感謝しなくちゃいけないのは、むしろ私のほうなのに。


 彼から、数えきれないほどたくさんのものを受け取ってしまった。


「っ私もお慕い、しています……ヨハンさん」


 私はきゅうっと、拳を握り締める。ずっとずっと、過去のトラウマを引き摺って生きてきた。失敗を恐れていたのは唯翔ではない、他でもない、私だった。


(ヨハンさんがいたから、私は前へ進めた。大好きな歌も、力まないで歌えるようになった)


そう、あの夜、ヨハンさんに出会えたからーー


 私はもう一度、()()()()()


「覚悟は決まったみたいだな。すぐにでもドイツの大手レーベルを紹介させてもらうよ」


 さっそくフライトの段取りを……事を進めようとする手を、バッ、と、勢いよく離した。きょとんとするヨハンさんに、私は快活に告げる。


「ヨハンさん、私。唯翔に言ってやりたいことができました」


 私の目から何かを感じ取ったのか、ヨハンさんはやれやれと諦めたように微笑んだ。


「少し妬けるが……まあいいさ。幼馴染の特権というやつなんだろ? しばらくは、遠距離恋愛を楽しむとするかな」


 態度が急変したかのように、ぽんぽん頭を叩かれて、なんだかすごく、くすぐったかった。


とはいえ。


(私ばっかり都合が良くて、ヨハンさんはそれでいいのかな……)


「ああ、安心するといい。俺はこう見えて、わりと気は長いほうなんでね。その代わり、といってはなんだがーー次に戻ってきた時は、大いに俺を楽しませてくれ。期待してるぞ、俺の可愛いミオ」


 気づけば、おでこにキスをされていた。あまりのことに、私は声すら出せなくなってしまう。とにかく、夢中でこくこく頷く。


 悔しさにうちひしがれる唯翔のもとへ、私はゆっくりと近づいた。


 お疲れ様、カッコよかったよ、ありきたりな言葉たちが、頭に浮かんでは消えてゆく。


 私はスーッと、深呼吸。


「……その。いつかぜったい、幼馴染ライバルとして唯翔と肩を並べてみせるから」


 ふたつの視線が絡み合う。それは、すがるようでいて、どこかあどけなさの残る瞳だった。


「だから、それまでバイバイ。唯翔……いや、泣き虫ユイちゃん」


 まずは日本で、覆面歌手としてネットに動画を上げてみよう。自分の力で頑張って、徐々にファンを増やして。0からだろうが、1からだろうが、そんなの関係ない。 想像してみる。軽やかなスキップに合わせて、私は堂々とオリジナル曲を歌うのだ。


活動名はやっぱり…………ローレライがいい。


 人生なんて、これからどうにでもなる。ちょっとキツイけど、毎日つま先立ちしたら、あのシリウスにもいつか届きそうだ。後ろは一切、振り返ってやらなかった。






ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。さて、すでにお気づきの方も多いかと思いますが、この短編はあえて11話構成です。(なにげに頑張って散りばめたサッカー要素……笑)

サッカーを題材にした小説には初めて挑戦したので、執筆までドキドキいっぱいだったのですが、学ぶことばかりで、ものすごく貴重な体験になったと強く思います! とりあえずやってみるって大事ですね!


これからも、サッカー界が盛り上がり続けることを祈って^_^

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