第10話 オレこそがエース
こぼれ球を拾ったのは、日本だった。
唯翔はパッと踵を返す。
速攻カウンター、ドリブルでラインを上げていき、一気に巻き返す。
と、二人がかりでマークされ始めた味方。
図体のでかいヤツばっかりだよな…………でも。唯翔はぺっと唾を吐く。フィジカルで劣るなら、そのぶん速く走ればいいだけだ。
出し惜しみなんてしてやらない。唯翔は夢中になって風を切る。幼馴染を、美桜を、ヨハンから奪い返すために。
頬を一筋の汗が伝ってゆく。見える。見える。見える。ゴールへのルートが。
今まで培ってきたもの、それら全てが今、ゴールという一点において爆発し出す。ヨハンの満足そうな笑い声が、脳内に響く。
「見直した……だが」
バチンーーッッ
ヨハンの長い手足が、唯翔の渾身の一撃を弾いた。激しい舌打ちが、宙に溶けて消える。
もはや反射の域で全力疾走して、スムーズに相手FWに渡らんとするボールへかじりつく。唯翔が目配せした途端、久米野はすみやかにプレスをかけにいった。ところがそれは、ガタイのいい欧米人相手には微力だったようで、軸をずらされた久米野はその場に膝をつく。ファウル判定にはならなかった。
かろうじて味方ディフェンスに渡ったボールを、相手MFがそつなくカットする……
「チクショウ……!」
ドイツによって決められた2点目が、前半終了の合図だった。
*
ボールスタートはドイツ。45分あるとはいえ、まだまだ己の失態が招いた失点の存在は大きかった。さっきだって、監督に「ポジション変更も選手交代もやめてくれ」と懇願したばかりだ。
きっとタイムラインは荒れ放題だろうな、みんな「もっとやる気出せ」とか「泥試合乙ww」とか呟いてるに違いない。
それでも、オレがすべきことはただ一つ、唯翔は小さく深呼吸した。
時間稼ぎなのか、二苔へわらわらディフェンスが集まり出す。おおかた、2点を死守して逃げ切るといったところなんだろう。
しかしーー
「僕らを舐めてもらっちゃ困る、かなっ」
そこに挟まる、完璧すぎる超絶技巧。トラップだ。二苔はディフェンス陣を軽い足技でいなしながら、流れるように高いラストパスを出してきた。
(やれる、のか?)
自問自答。ひたすら目を、瞬かせる。フィールドの位置はたしかにドンピシャ、でも後数cmというところで、唯翔のつま先をかすってしまう。
(いや……オレが…………)
天鬼唯翔こそが絶対的エースなのだと世界中に知らしめてやれ。そう、力強く自分に言い聞かせる。
だから、どろくさくたっていい。指さされて笑われることになってもいい。
やるんだ。
深く深く顎を引いて、バネみたいにジャンプする。唯翔は、味方のクロスに合わせてーーヘディングを決めた。
それはちょうど、ヨハンの届かないところに突き刺さる。
バスンッ‼︎ という、ネットにボールが吸い込まれる時の、爽快な響き。そして、鳴り止まない大喝采。
一瞬の静けさの中、1ー2。やっと、勝利への道が浮かび上がってきた。
「いいぞユイ、上がれ上がれーっ!」
「とりま引き分けまで追いつこう!」
後ろから、仲間が口々に叫ぶ。
決定機を逃すまい、唯翔は死にものぐるいでディフェンスを引き剥がし、みるみる死地へと突っ込んでいく。
本能のまま、唯翔がヨハンへ肉薄する。
「……ありがとう、ユイト」
ヨハンの口元にはアルカイックスマイル。この時を、ずっと待っていた。
指を丸め、おもむろにボールを押し出す。
ーー実に楽しませてもらったよ
捨て身の無回転シュートを受け止めていたのは……ヨハンの、膝当てだった。
ピ、ピッ、ピー……ッ!
試合終了のホイッスルが、無慈悲に鳴った。