失われた時を見送って~ゆいこのトライアングルレッスンU2~
気がつくと白衣を着たタクミがベッドの側に立っていた。
「……タクミ?」
「ヒロシ!目が覚めたのか!」
良かった、と目に涙を浮かべながら枕元のボタンを押すと、ポケットから取り出した聴診器やライトでオレの体を確認する。
よく見ると、タクミは青色のスクラブの上にドクターコートを着ていた。なんだか医者みたいだなとぼんやり思っていたら、ドアが開き、ものすごい勢いでユイコが部屋に駆け込んできた。
「ヒロシッ!!」
「……ユイコ?」
「良かった…良かったよ〜!!」
そう言うとボロボロ泣き出した。
ユイコは白色のジャケットに紺色のパンツのナースウェアを着用していて、まるで看護師だ。
「2人とも…そんな格好してどうしたんだ?」
ゆっくり首を動かして周囲を見渡す。
「ここは…どこだ?……オレはなんでこんな所で寝ているんだ?」
顔を見合わせる2人。タクミがベッドの横の椅子に座ると、こう告げた。
「……ヒロシ。お前は事故に遭って、8年間眠っていたんだ」
「ヒロシ、寒くない?大丈夫?」
「平気だよ、今日は暖かいから。ほら、桜も満開だ」
意識が戻ってから1ヶ月が経った。後遺症はなく経過も順調で、来週には退院する予定だ。
あの事故の後、ユイコは看護学校へ進み、オレの眠るこの病院で働き始めてからもう3年になるらしい。
「それにしても、ユイコが看護師だなんてまだ不思議な感じがするな」
「それを言ったらタクミなんかお医者さんだよ?」
「確かに。意外すぎてまだ信じられない」
「『ヒロシはオレが助けるんだ!』って、ものすごく勉強して医師になったんだよ。研修先にここの病院を選んで、どんなに忙しくても毎日ヒロシの様子を見に行ってたんだから」
「そっか…」
2人には感謝してもしきれない。
(だからこそ、オレから言わないといけないな)
『ヒ…ヒロシ、明日塾が終わった後に1人で公園に来てくれる?……渡したいものがあるの』
事故に遭う前日の2月13日。頬を赤らめながらそう言ったユイコの姿が頭をよぎり、胸が痛んだ。
「…なあ、ユイコ」
「なあに?」
「婚約、おめでとう」
「!」
「タクミと婚約したんだろ?他の看護師さんから聞いた。オレの目が覚めるまでは、って式を延期していることも」
「……」
「オレ、もうすぐ元の生活に戻れそうだからさ。結婚式には呼んでくれよ」
「ヒロシ……」
遠くからユイコを探す看護師さんの声がした。オレの付き添いを交代してもらい、彼女は病棟へと走り出す。
「ありがとう、ヒロシ!絶対、ぜーったいに来てね!!」
桜の花びらが舞う中、オレは軽く手を振り、ユイコを見送ったのだった。
「ゆいこのトライアングルレッスンU2」に投稿した作品です。
研修医なタクミ、看護婦のユイコ、患者のヒロシなお話です。
競争率が高かったシチュらしいですね。。。
残念ながら不採用でしたので、ここで供養します。
楽しんでいただけたら幸いです。