転生者、軍令部にて。
昭和十二年十一月 軍令部総長室
「荒巻大尉。君は転生者だな」
「転生者?何のことでしょうか」
「否定しなくても良い。私も知る立場になった。海軍には君を含め三人いる。陸軍に二人。君と親しい佐々木修吾教授もだ」
「転生者だと認めます」
「素直でよろしい。君と他の二人は生きていた世界が違うようだ。だから会わせないような配置にしている」
「他の世界が在るのですか」
「君の生きていた歴史では日本共和国が在ったのかな」
「いえ、在りません。立憲君主制でした。共和国はろくでもない国でしょうね」
「地域の覇権国家だったようだ。戦争だらけだよ」
「そうなのですか」
「うむ。オーストラリアは南陵と呼ばれ日本領だそうだ」
「は?」
「驚くのはわかる。私も驚いた。日本共和国は家康公が鎖国を選ばなかった世界となるな」
「鎖国をしなかったのですか。キリスト教も解禁でしたか」
「さすがにフィリピン辺りの情勢を知っていたし、九州での行状も有りキリスト教は禁教としたようだ。ヨーロッパとは貿易だけの関係だな」
「よく出来たと考えます」
「キリスト教を禁教にして貿易だけの関係は難しかっただろうね。国内にしても戦国の世が終わり太平になっていく時代だ。そこで不要とされたのが、解るかね」
「侍ですか。それも戦国でないと生きていけないような」
「まさしくそれだ。時代は武から治に移り変わっていく。そこで二代将軍が不安要素でしかない彼らを解き放った。国外へ。もちろん監視は付けたがな」
「国外ですか。南と北でしょうか。間違えても大陸は無いと思うのですが」
「大陸と朝鮮は禁止したと聞く。北は蝦夷地を越え樺太だな。南は行けるだけ行ってしまったわけだ」
「わー酷い」
「ん?」
「何でもありません。独り言失礼しました」
「うん。そこでマリアナ諸島を武力制圧して日本領に組み込み、イギリスよりも先にオーストラリアとニュージーランドにビスマルク諸島やソロモン諸島を日本領に組み込んだ。トラックもな。とんでもない歴史だ」
「はーほーへー」
「何か」
「独り言失礼しました」
「気をつけるように」
「ハッ!」
「日本共和国の奴らは中尉と海軍兵曹でな、技術的なことには疎い。運用経験はなるほどと思わせるがそこまでだ。そこで君に聞く。今、君がやっていることは何か」
「無線方向探知機の開発です」
「知っている。上手くいっているようだな。でも何か隠してやっていないか」
「バレるのはもう少し先だと思っていましたが、電波の反射で物体を探知する技術です」
「水中探針儀の電波版か?」
「そうです」
「電波は出し続けるのか。闇夜の提灯だな」
「ご存じのように無線に使う低い周波数であっても周波数が解らないと探知出来ません。電波の反射に使う周波数は通信に使う周波数よりも波長が短く探知されにくいです。周波数が解らない限り探知は困難です」
「探知は可能なのだな」
「可能です。使う周波数帯さえ解ればですが」
「そうか。では開発を指示する。反射させる方が電波探針儀として探知する方はどうするかな」
「電波探針儀はイギリスもアメリカもドイツ帝国も開発中と思われますが、電探波の逆探知機は防諜上無線方向探知機の改良版としておくことと愚考します」
「そうか。では両方で③方向探知機とでもしておく。パリ軍縮会議の結果、艦艇数を増やすことの出来る我が海軍は③計画が立ち上がったところだ。少し混ぜても目立たんだろう。予算は付けておく」
「ありがとうございます」
昼食後、荒巻大尉はしばれる大湊へ鉄道で向かう。予算はどのくらい付けてくれるのだろうかと思いながら。
大湊要港部に帰った荒巻大尉が勤務を続けていると1隻の船が入港してきた。ようやく根雪も融けて梅の芽が膨らみ始めた頃だった。
峯風級駆逐艦らしいが、どうも見た目が違う。手空き(暇ともいう)の基地要員が集まってきた。もちろん荒巻大尉も手空きになり見学(野次馬)しに行く。
係留された駆逐艦から艦長と思われる少佐が下船。出迎えの士官と共に車で基地司令部に向かう。ぞろぞろ歩いて付いていく暇人達。近いのだ、歩きで十分。
荒巻大尉が司令部から呼ばれたのは野次馬もいなくなってからであった。もちろん荒巻大尉も勤務に戻っている。
基地司令と二人で回航してきた艦長から話を聞く。
「これが主な改装内容です。ボイラー半減と主砲も前後の二門に。発射管は撤去。爆雷は残っています。艦橋前の1番連管跡は最上甲板と段差がないように整形。兵員室となっております。寒冷地での作戦行動力を上げるべく艦橋は閉鎖型に、艦内にはボイラーから暖房用に蒸気配管を巡らせてあります。主砲も装甲板ではありませんが砲塔形式にしました。荒天時の浸水対策として水線部に近い舷窓は目倉蓋にして開閉不能となっております。艦内の環境維持のため通風機能の強化と電灯の増設を行っています。艦種は海防艦となっておりますが実際は実験艦に近い性質を持っています。これは軍令部からです」
荒巻大尉は【 秘密 】と赤判の押された書類入れを受け取る。怖いじゃないか。総長の言っておられたのはこれか。予算どころか船まで付いてきたよ。怖い怖い。
え~と。何々?自室で開封後読んでおりますよ。さすがにあそこで開封などしません。
要約
荒巻大尉は十六号海防艦をもって、新型電波兵器の開発に勤しむべし。
・・艦長は回航した少佐とは別に大尉を充てるので荒巻大尉が艦長職を執る必要はない。ただし、操艦できるようにしておくこと。大尉を充てるのは、佐官が枯渇した場合に大尉でも艦長を務められるかどうかの試行実験も兼ねる。
大湊や樺太・千島方面なら目立たないが、気をつけて作業を行うこと。
十六号海防艦は名目上実際に海防艦任務にも就けるので専用実験船ではないこと。年間40日程度は海防艦任務に就けること。
実際に北方寒冷地での運用試験も兼ねている。
などなどを書いてあった。
要するに目だ立たないようにオホーツク海でやれということですね。
十六号海防艦
排水量 1480トン 満載1760トン
全長 102メートル
全幅 11メートル
缶 2基
主機 2基
出力 18000馬力
速力 最大22ノット
経済巡航速力13ノット
航続距離 6000海里(夏季)
4000海里(冬季)
主砲 12センチ単装砲2門
機銃 毘式機関銃4基
爆雷 Y型投射器1基
投下軌条2基
乗員 80名
夏季と冬季で航続距離が違うのは、荒天時の安定性を上げるためにバルジを装着して内部にバラストタンクと重油タンクを設けたと。その重油タンクに流動性を確保するためヒーターを取り付けてあるが、数を間違えて少ない。冬季の流動性が確保できない恐れがあるため、冬季はバルジ内重油タンクを使わないこと。代わりにバラストタンクに注水のこと。
え~。造船所のミスじゃん。どこだよ改造したの。・・舞鶴海軍工廠・・か。試験艦なら問題ないとされた訳か。民間なら直させるんだろうな。しかし、真に航続距離が必要なのは冬季だと思いますよ。救難が多いだろうし。暖房に蒸気を使うよね。
Y型投射器は試験搭載か。Y型よりもK砲の砲が使いやすい気がするよ。甲板の真ん中で邪魔だろ。あー、でもK砲のある場所にはオスタップがあるのか。洗濯がしにくくなるな。爆雷もドラム缶型は安くて良いのだが沈降速度が遅いよな。涙滴型を量産させるには、ここで試験して結果を出した方が良いな。
軍令部総長に上手いこと使われている気がしないでもないが、海軍軍人として本分を尽くすか。
爆雷と言えばヘッジホッグだが、どうしようか。アレはソナーありきだからな。音波探針儀の性能が良くないと使えないぞ。そういえば真空管や回路の物が良いのでかなり使えるのだっけ。
佐々木教授もかなり影響を与えてるよな。
後日、日本最初の空母鳳翔が失敗したんじゃないかと思われるような問題点多数を持つ艦であった事から再び軍令部総長との面談という名の強要を受け、次回作の空母龍襄が成功するようにあれこれ思い出してないことまで思い出させられて参った。
-------------------------------------
昭和十二年四月時点での日本海軍艦艇 駆逐艦以上 概要
戦艦 8隻
金剛 比叡 26,000トン 36センチ砲連装4基
速力27ノット
扶桑 山城 28,500トン 36センチ砲連装4基
速力26ノット
伊勢 日向 30,000トン 36センチ砲連装6基
速力21ノット
長門 陸奥 33,000トン 40センチ砲連装4基
速力26ノット
巡洋艦 16隻
天竜 竜田 3,300トン 14センチ砲単装4門
速力34ノット 53センチ魚雷発射管連装4基
五十鈴 北上 6,000トン 14センチ砲単装7門
大井 木曾 速力35ノット 53センチ魚雷発射管連装4基
長良 多摩
青葉 加古 7,800トン 20センチ砲単装5門
古鷹 衣笠 速力35ノット 53センチ魚雷発射管連装4基
妙高 足柄 10,800トン 20センチ砲連装5基
羽黒 那智 速力35ノット 魚雷搭載せず
駆逐艦 54隻 水雷戦隊所属は4個水雷戦隊32隻 1個水雷戦隊8隻
峯風級10隻 1,200トン 12センチ単装砲4門
38ノット 53センチ魚雷発射管連装3基
神風級10隻 1,300トン 12センチ単装砲4門
36ノット 53センチ魚雷発射管連装3基
睦月級10隻 1,350トン 12センチ単装砲4門
35ノット 53センチ魚雷発射管3連装2基
吹雪級20隻 1,700トン 12.7センチ連装砲3基
37ノット 53センチ魚雷発射管3連装3基
白露級4隻 1,700トン 12.7センチ連装砲3基
計画10隻 37ノット 53センチ魚雷発射管4連装2基
白露級10隻中4隻が艦隊編入済み6隻工事中。
峯風級は白露級10隻配備後、ボイラー半減工事と発射管と砲塔2基を撤去。駆逐艦籍を外れ海防艦へ。
白露級は改吹雪級で発射管を3連装3基から4連装2基とした艦。
潜水艦 8隻
ロ号 4隻 水上排水量900トン 53センチ魚雷発射管4門
水上14ノット 水中7ノット
イ号 4隻 水上排水量1,500トン 53センチ魚雷発射管6門
水上18ノット 水中7ノット
空母 1隻
鳳翔 12,000トン 12センチ高角砲単装4門
25ノット 24機搭載
艦載機 九五式艦上戦闘機 (史実九〇式艦上戦闘機)
九三式艦上攻撃機 (史実八九式艦上攻撃機)
艦上爆撃機 研究中
航空機各種、練習機を含め 200機前後
艦艇の名前は史実と同じでも相当物が違います。
技術は世界的に概ね5年から10年ほど遅くなっています。
>共和国はろくでもない国
作者の偏見です。第1次フランス共和国?を連想。記憶が定かでは無くwikiしたら第一共和制でござった。
フランスの近代化には良かったんだろうけれど、それ以外はどうだろうか。パリオリンピックでもまたもや有名になったアントワネット様首ちょんぱとか。
吹雪級は魚雷が53センチですから、あの装備位置の高さで魚雷18本と装備品の合計で20トン近く軽いはず。酷いトップヘビーを免れているかと。
酸素魚雷はどうかな?出そうか出すまいか。決戦思考ではないので61センチは出ないと思います。
船舶用重油は小型漁船に使うようなA重油と違い、低温で粘性が高いので温めないと流動性が足りずポンプで吸い上げが困難になります。
次回更新 8月11日 05:00です。
12日、13日、14日と連投。その後は週2回へ。
16話までは投稿予約済み。