昭和へ
大正十四年五月 浅間温泉
「久しぶり」
「歌でも歌うか。久○ぶりだね~って歌有っただろ」
「聞かれると拙いだろ。ちなみに俺は元気だ」
「しかしいい湯だ」
「全くな。参謀本部での疲れが解けていくようだ」
「元気じゃないじゃないか」
俺こと怪しいサトーは長野は松本の浅間温泉で佐々木修吾と会っていた。平日であり閑散としている。
震災後の復旧は始まっているが参謀本部が口出しをすることではない。東京も神奈川も千葉も被害の大きかった地域を特別指定地域として勝手に掘っ立て小屋を作らせないようにしている。作っているのだが、後から取り壊すぞと告示してある。一時避難所扱いだ。あの掘って小屋があると都市計画もままならないし防災上大問題だからな。
俺は震災の被害を抑える事が出来た事から昇進し砲兵中佐となった。少佐になったのも中佐になったのも軍歴的に少し早いがもっと早い奴もいる。そんなに目立たない。戦闘研究室も様々な戦闘状況の設定をして参謀本部1部と2部を悩ませている。知っている強みで作成する状況は変化に富んでいる。最近は南方やヨーロッパも作成しているので、あいつらいい頭の体操になっているだろう。
「佐々木さんよ」
「なんだ?怪しいサトー」
山菜中心の夕食を食べながら話し合っている。広間だと会話を聞かれて拙いので部屋食である。
「例の奴だが・・・」
「あいつか。接触はしたし、こちらに引き込みを掛けてはいる」
「結構時間がたっているが」
「あいつ、今年兵学校に入校しやがった」
「は・・海軍なのか」
「兵学校と言えば海軍しかないな」
「逃げられるといけないので慎重にやっていたのが裏目に出たか」
例の奴とは、最近発見できた奴だ。ヨーロッパが危なかった頃に接触できた奴は、民間で会社員をやっている。軍需関連企業だから、いずれ頭角を現すだろう。
あと何人かいるとは思うが、痕跡を残さないよう慎重に生きているようだ。日清・日露が無くWW1さえも無いとなれば慎重にもなるよな。俺も訳わからん時間線で歴史を知っていますよな生き方は出来ないだろうと思う。
「いや。嫌われていない。海軍でやりたいことがあるそうだ。もし戦争になっても悲惨な戦いをしなくて済むようにと」
「今年入学だとアレの時は大尉か少佐くらいか。中央に食い込むには少し足りないと思うが」
「電波関係が弱いからレーダーをなんとしてもと言っていた」
「レーダーか。そろそろマルコーニが売り込みに来るのでは」
「もう有るのか?」
「まだ無いかな?」
「俺は知らん」
「おまえの方が詳しそうだが」
「俺たちの記憶は正確ではないし、歴史が変わっている時点で通用しないだろ」
「そうだ、八木アンテナだ。東北大学だろ。知っているよな」
「そう言えばなんかやってなた。あれ八木アンテナか。特許が海外に流れたんだっけ?」
「よく知らんが、日本では認められなかったのでは?」
「俺は八木と宇田川の本人じゃないし」
「それもそうか。だが、イタリアにマルコーニ社は有るし電波関係に強い」
「こっそり伺っておくよ」
「頼む。あれは重要だ。その後のスーパーマグネトロン管もな」
「重要すぎるな。了解だ。マグネトロン管の開発には俺も関わっている。マグネトロン関係はまかしとけ」
「よし。それは置いといて、昭和が近いな」
「来年お隠れになるか」
「昭和と言えば、金融だが」
「取り付け騒ぎから始まった昭和金融恐慌か。だが参謀本部様には情報が集まるのだよ。知っている歴史と付き合わせればどうなるかはな」
「ほう。どうなりそうだ」
「うむ。その前に酒がないな。頼むから少し待ってくれ。その間たわいもない話をしよう」
「俺は酒弱いからいらないぞ」
「むう。いいではないか」
「お銚子1本くらいにしておけよ」
「ダメ?」
「ダメだ」
「じゃあ1本にするか」
「これこれ。うん。美味い」
「はー。まあいい。話せよ」
「そうだな。金融恐慌は起こりそうにない。またWW1が無かったことでアメリカに富が集中することも無い。アメリカ発の大恐慌も起こりそうに無い。日本も日清戦争と日露戦争が無かったことで、国庫が圧迫されていない。国債もたいした発行量ではない。陸軍は健全な数に抑えられているし海軍は建艦競争も無いから予算上の問題も少ない」
「陸軍は俺たちの歴史でも今頃は健全な数ではなかったか」
「いや。台湾と朝鮮がないから、俺たちの歴史よりも数は少ないぞ。30万人位だったはずだが今は20万人だ」
「少ないな。予算には余裕か」
「海軍の建艦競争が無いことが大きい」
「国庫をかなり圧迫したようだしな」
「八八艦隊とかやっていたな」
「今は四四艦隊*か」
「金剛級2隻と改金剛級とも言える扶桑級*2隻に伊勢級*2隻と長門級2隻だ」
「扶桑の違法建築が見られないのは寂しいような気がする。扶桑の設計を変えたのは転生者ではないのかな」
「俺もそう思うが、接触できない。と言うか接触させてもらえない。政府やお上は接触しているようだ」
「何故だろう。ひょっとして俺たちとは別の平行世界からの転生者なのか」
「平行世界?なにそれ」
「知らないのか。微妙にずれた世界が多数存在するという考証だ。なんの裏付けもない」
「俺もおまえもその分いるのか」
「そういうことになるな」
「ではこの世界は俺たちの生きていた世界とは違うと?」
「そういう考え方も出来る。考察だけだよ。この世界に生きていて他の世界を観測できないのだから他の世界を知るよしもない」
「考えるだけ無駄か」
「まあな。今を生きるだけだ」
翌日、俺は帝都へ。奴は京都へ。まとまった休みが取れたので京都で上さんと待ち合わせて新緑の京都と奈良を回るのだと。うらやましいね。
日清戦争も日露戦争も無いので台湾も朝鮮半島も日本になっていません。大陸に租借地も租界も無いです。
WW1も無いのでドイツの南洋諸島もドイツのままです。
WW1が無いので、アメリカに富が集中しません。アメリカはイギリスに対抗できるかどうかの国力です。生産力はアメリカですが、金融力でイギリスです。
フランス?この世界でも普仏戦争で疲れてしまいプライドだけですね。
*改金剛級とも言える扶桑級2隻
金剛の3番砲塔を4番砲塔に接近させ前後背負い式とした。見た目は小さい長門。この世界線での長門級原型。主砲は三六センチ砲連装4基。
最初から高速戦艦として設計されており装甲は厚い。
*伊勢級
前部と後部に山形配置で三六センチ砲連装6基。計12門の三六センチ砲。打撃力は一流だが、艦内が狭
く機関容積も小さく馬力が無いためとても評判が悪い。速力21ノット。
*四四艦隊
巡洋戦艦4隻と戦艦4隻で構成される帝国海軍主力となる予定だったが。
金剛級 金剛・比叡
扶桑級 扶桑・山城
伊勢級 伊勢・日向
長門級 長門・陸奥
長門級は四十センチ砲艦。現在工事中。念のために起工を大正十三年とした。
海軍予算の都合で旧式艦はかなりの数が廃艦となっています。
次回更新 7月28日 05:00です。