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1965 世界 1970

 1965年の世界は国際連盟創設後の活動により、一部地域を除き平和であった。

 一部地域は中華内戦とアフリカ中東部から南東部の細かい動乱だった。アフリカ中東部から南東部は植民地から独立させようにも、部族主義がはびこり、一部の人間だけが高度な教育を受け支配者を目指しているし、イスラム教の教えが変に入り込んで変な解釈を受け、部族主義対国家主義対新イスラム主義の三つ巴になっていた。



 日本が懸念する中華は呉と中華民国に分かれてにらみ合っている。新疆は中立を保っている。境界線は揚子江北部に設定されている。呉が揚子江周辺を支配下に置いたのだった。金鉱と銀鉱はなんとか中華民国が支配下に置いた。

 途切れることのない内戦に国際連盟が度々休戦を呼びかけても収まることがなく、国連軍の派遣をちらつかせても、なおも警告を聞かない両陣営に国際連盟は本気を出した。このままではせっかくの国際的な枠組みが有名無実になってしまう恐れもあり、示されたのが国連軍の示威行動である。日英米の海軍部隊を中国沿岸に派遣し、香港・上海・青島・天津・大連の各港外に展開。事実上の封鎖を行った。さらに呉も中華民国も持ち合わせていないジェット機による示威飛行を北京と重慶上空で行った。重慶は遠く増漕を特別に増設しての飛行だった。

 さすがに軍事力の差を実感したのか、休戦を行うことになった。その時点での支配範囲を調整して境界とした。

 現在はたまに警備隊同士の発砲事件が起こるが、民衆はそんなこと知ったことではないと境界線を無視して交流という名の商売を続けている。さすが「上に政策あり、下に対策あり」の国だ。

 1969年現在、呉が国として国際的な承認を受けるべく活動中だ。

 そんな中、重大な事案があった。台湾の帰属問題である。台湾は中華民国領土であり、内戦中も実効支配を続けていた。シンセン派が手を付けなかったので呉も手を付けていなかった。これは呉の失敗であった。

 1970年になり呉が国として各国から認証される際に台湾は中華民国領土とされた。呉は抗議するものの支配実績が無く主張は受け入れられなかった。



 国際連盟は創設されてから国家間の関係修復や水利権漁業権などの利害調整まで多岐にわたる業務をこなしていた。しかし細かい仕事までしていては本来の目的である争いの少ない世界を目指す邪魔になってしまう。国際連盟は細々とした業務を国際連盟が監督監修するという建前で、いろいろな団体を立ち上げ投げてしまう。

 国際連盟は争いのない世界など目指す気は無かった。そもそも争いのない世界など信じられないというのもあるが、それ以上に血で血を洗うような争いがなければ人類が弱体化してしまうのではという恐れもあった。争いのない世界。確かに結構だが、外敵が来た場合どうするのか。言いなりになり占領され奴隷化されてしまうのではないか。特にアメリカ合衆国でその不安は高かった。アメリカ合衆国国内でSF小説の人気が出てきて異星人侵略物や宇宙戦争物も有る。「事実は小説よりも奇なり」という言葉もある。現実になる可能性が無いとは言えなかった。

 

 国際連盟が創設した団体の中に宇宙関連の団体が幾つかあった。その一つに宇宙探査協会が有る。

 それまで国ごとにバラバラだった宇宙開発を一つに纏めようという目的があった。上手くいくかと思ったが上手くはいかなかった。それでも各国共同で各種衛星の打ち上げなどをやっている。

 上手くいかなかったのは、一番進んでいるドイツ(帝国を冠するのは止めた)と次のアメリカで調整が上手くいかなかった。それでも何故協調できたかといえば、ドイツの位置が衛星打ち上げに不利だったからだ。高緯度ほど打ち上げの条件が厳しくなる。だから低緯度でなおかつ墜ちた場合でも周囲に影響の少ない場所が選ばれる。

 ドイツは適当な打ち上げ場所が無く、はるばる旧植民地であるカメルーンまで運んで西側に打ち上げていた。東側がインド洋のタンザニアがいいのだが遠すぎた。

 ドイツとしては手頃な発射場が欲しいところである。

 そこにアメリカ合衆国が手を挙げた。フロリダの宇宙基地を増やし共同で運用しないかと。距離的には2000キロ近くなるだけなのだが、打ち上げ数が多くなれば日数的経費的にも魅力だった。

 ドイツは最新ロケット以外のロケットをフロリダで打ち上げる事にした。最新技術の塊は従来通りカメルーンで打ち上げることになる。

 打ち上げ場所に悩んでいたイギリスも参加して3カ国共同運用となる。日本と東ロシア帝国は遠すぎてロケット打ち上げはしないが技術協力は行うことにした。

 日本は内之浦が手狭になり沖縄の糸満に射場を設け、東ロシア帝国を誘致。東ロシア帝国は参加した。

 後年にまでわたる世界2大射場の登場だった。







1968年 日本 どこかの茶の間


「ついにか。長かった、待っていました。神様」


 ひとり感激しているのは山田一郎。

『鉄人アトム』がテレビアニメとして放映されるのだ。カラー19型でも給料1ヶ月分という高価なテレビを買ったのは当然である。しかし、カラーアニメは難しく白黒アニメであったが。

 放映予定時間にきちんと正座待機する山田。

 ワクワクドキドキである。『鋼人28号』『エイトメン』も既に制作に入っている。ワクワクドキドキが止まらない。

 丸谷さん達も映画業界繋がりで見つけて、話をするくらいの間柄にはなっている。幸せだ。勧修寺さんもしっかりいたよ。期待で胸がはじけそうだ。

『ガジラ』もしっかりと初回上映で見た。素晴らしい。

 問題は、全体的に甘いのだ。厳しさが足りない。やはり狂気の時代と日本が荒廃するような戦争が無かったせいであろうとは思う。しかし、狂気の時代も戦争も無い方が良い。それでも前世の作品を知っているだけにもどかしい。



次回更新 10月20日 05:00です。

次回も本文は可能なのか。


沖縄に射場なのは一番南で広い土地が確保できたからです。地域振興も兼ねています。


戦後になっているので題名や人名が苦しい。突っついてしまう可能性が有るので名前を変えなければ。

テレビの価格はトランジスタやFET、ダイオードなどの半導体が進化しており安価になっています。

山田はそこそこの給料を貰っています。さらに政府からお小遣いも貰っている。平均よりも収入は多いです。

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