昭和二十三年 大陸対策
伊東での会合が終わり、平仮名いちろーは航空本部での勤務に戻った。
大陸対策を考えよと言われても、技術畑の人間にどうしろと。そういうのこそ参謀本部の出番でしょ。
あ。あの後中村女史は参考にすると言われて勤務する学校を辞めさせられて、東京の女学校で教師を始めさせられた。多少は色を付けたそうだ。
新崎中佐と飯田二曹は共産主義恐ろしいとビビっていた。トップの意向一つで1億殺すとか聞けばビビりもするか。
この世界線では、近年戦争で一番人が死んだのが普仏戦争の後では現在絶賛開催中の中華内戦。中国の内情は意味不明であり死亡者が戦死なのか民間人のまき困れや病餓死なのかもわからない。一応100万人以上は確実に内戦で死んでいる。
他には跡継ぎ一郎である山田一郎が問題だな。「極一般人です」を三回以上言っていた。
あの会合の後で別の機会を設け山田一郎には一郎としての心構えと使える権利や利便性を教えた。
心構えは聞かれたときに答えればいい程度だと安心させておく。
権利や利便性は
1.面会権。
危急の際には総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣、参謀総長、軍令部総長に
面会できる権利がある。
初代はそちら側(政府要人)だったのでかなり使用していたという。
先代サトーは余り使っていなかったと。俺は使ったことがない。
初代一郎が自分に都合良く作ったんだろうなと思う。
2.人物照会。
自分が知っていた社会に重要な影響を及ぼす人物の現状を調査して貰う。
問題は調査対象の知っている人物がほぼ同じ行動や思想であった場合に
監視対象になる可能性もある。
先代サトーと俺は危険思想を持っていたと覚えている限りの名前を出し、
二十名くらいが監視対象となって、内五名が行方不明になっている。北一輝
とか大川周明とか。既に目を付けられていて、とどめとなったようだ。
軍部に居た満州や大陸や南方でやらかした奴らは概ね重要な地位には
就けないようにしている。
石原完爾とか辻政信とか牟田口廉也とか他数名。
3.政府機密費からの支給。
お小遣いがいただけるのですよ。ほぼ俸給と同額。
お抱えしている感覚なんだろう。
公には出来ないお金なので、おおっぴらに使えないという事情も。
誤魔化せる程度にコソコソ使っているがな。海外製腕時計とか。
ちょっとお高い靴とか。
4.転生者と思われる人物への接触権。
誘い込む際に休暇や出張をかなり自由に設定できる。
活動費は別途支給となるので、領収書が必要になる。
この四つだった。四つだけというよりも十分だと思う。
昭和二十三年八月 首相官邸
「共産主義はそんなに危険なのか」
首相の言葉に応える出席者達。主に平仮名いちろー。
御前会議はイギリス派兵を最後に制度そのものを停止とした。陛下の意向で停止されいずれは制度から消える運命にある。
この首相官邸での会議が事実上、国家意思決定の場でもある。この後議会に諮られ制定化されてく。
伊東の会合後、一月ほどだが十分に検討してきた。船頭が多すぎてどこの港に着いたのやら。情報不足でとにかく封じ込めるという結論にしかならなかった。山に登らなかっただけ良しとしよう。
平仮名いちろーが発言する。勿論対象は総理大臣であった。
「ご覧になりました資料は転生者である中村女史の証言を基にしております。彼女の時代ではかなり緩い表現になっていますが、根底にある部分は同じです。マルクス・レーニン主義と言います」
「読んだ。その上で聞くが、君らの時代に富の平等な分配などと言うことは可能だったのか」
「勿論不可能です。共産党による社会主義の導入は従来の支配層が入れ替わっただけです」
「これらの理論というか思想の根幹はマルクス主義というのかね。聞いたことはないが」
「不思議なことに今の時点では出ていません。先代一郎他の記憶によるとフランス市民革命時代のはずです」
「市民革命は失敗だったはずだが」
「体制の変革があり得るのはイギリスだけではないという意識を植え付けたという部分では成功ですが、成功した連中が代わりに社会構造を変えずに支配階級に収まったのが失敗でした」
「君らと同じ存在だとしたらどうか」
「出さないと思います。市民革命の結果を見てからでも遅くないですし」
「その結果を見て止めた可能性もあるな」
「ここでも転生者の陰ですか」
「とっくに墓の下だ。立証はしようもない」
「その転生者には感謝しか有りません」
「それほどなのかな」
「それほどにです。プラスとマイナスでしたらマイナスが大きいとしか」
「それでもプラスのみを言い張るのか」
「マイナスが大きい主張は受け入れられませんから」
「まあ、そうだな。ではプラスはどうなのだ」
「従来の最下層貧民や最下層農奴という層が一般市民まで格上げされました。生活が楽になったという情報はありました。ただ社会的格付けは搾取される階級のままです。富の再分配では率が少ないという立場には変わり有りません。中国という国家だけをみると国内が表面上安定しているという事実はありました」
「細かい国に分裂されると面倒ではあるな」
「紛争だらけの不安定地域になっているはずです」
「誰もが統一して天子様を目指すか」
「不思議な地域性です」
「して中華人民共和国という国は君らの世界ではどうだったのだ」
「自分が老衰で死亡する頃には世界に覇を唱えようとしていました。覇権主義と共に膨張主義に陥っています」
「危険だな」
「人口が圧倒的でしたし地下資源も豊富でした。経済力を上げてきたのと資源問題もあり他の国も強く行動できません」
「なだめすかしてか」
「そうです。しかし、行動は過激になるばかりでした」
「戦争なのか」
「いえ、公船への体当たりとか放水です」
「戦争案件だな」
「その頃は世界的に経済が絡み合っておりまして中国を外すと大変なことになってしまうのです」
「我慢か」
「そうです。しかし、首相閣下。この世界線では許してはいけません」
「当然である。しかしどうすればいいのか。大陸介入はしたくない」
「泥沼は見えております」
陸軍大臣が言った。
「当然だ。軍事介入は最終手段だ」
「あの~~~」
「なんだ。そうか君は一郎か。次の一郎だな」
「はい。素人がこんなこというのはおこがましいかと思いますが、代わりにやってくれる国があるのではないのですか」
「代わりの国か。参謀総長、知っているか」
「はっ。何やらアメリカ合衆国が最近中華民国政府に接近しているという報告はあります」
「そうか。詳細は」
「現在つかみきれておりません」
「至急調査を進めるように。こちらも外務省を当たろう」
次回更新 10月03日 05:00です。
中国対策をアメリカになすりつける。上手くいくのだろうか。
個人的な経験からですが、共産党員と選挙や政治の話をしてはいけません。絶対にです。持論を曲げない。持論というよりも刷り込まれた教えなのか、こっち達がうだろうと言うと向きになって否定に掛かる。とても疲れる。趣味の仲間だったんですが、みんなその人の居るところでは選挙と政治の話はしなくなりました。