昭和二十三年 大陸
1948年とも言います。
昭和二十一年四月
四月、遣英艦隊は幾ばくかの損害と貴い犠牲はあったものの帰投した。
損失は戦艦金剛と駆逐艦夕立・野分、海防艦疾風の4隻だった。金剛はスカパ・フローで雷撃を受けた後、生まれ故郷のヴィッカース社で修理見積もりを出したが水没したのが左舷前部兵員室と左舷機械室であり期間が長くなるうえに高額で、艦齢ともあわせ検討されたが現地で解体となる。実質損失だった。
夕立・野分・疾風は護衛中に雷撃を受け沈んだ。
疾風と野分は最新の対潜兵装を持っていただけに潜水艦がいかに脅威かを印象づけた。
航空隊にも損害が出ていた。しかし戦艦4隻撃沈破という大戦果に霞んでしまった。
そして事件もなく日々が過ぎると思われた。モスクワ大公国がドイツに勝てるとも思えない。
そして二十二年は平穏に過ぎた。
しかし再び巻き込まれる。今度の脅威は海ではない。大陸だった。
昭和二十三年三月 参謀本部
「鈴木中佐。君は大陸情勢をどう見るか」
「はっ、自分としては傍観こそ我が国を守る手段であると考えます」
傍観だと!何を考えておるか!!
同席している参謀から激しい言葉が掛かる。おかしい、こいつは誰だ?ここにいて良い人間なのか?
参謀総長に目で問うと
「実はな、君と同じだ。ただ世界が違うらしい」
「参謀総長殿。日本が覇を唱えた世界なのでしょうか。それとも大陸に入れ込みすぎて傾いた日本なのでしょうか」
「どれとも違う新しい世界だ。厄介だよ。他にも息を潜めているのだろうな」
「新しい世界でありますか」
「うむ、そうだ。新崎中佐。君の生きていた世界の説明をせよ」
「はっ。では説明します」
新崎中佐。名を仁政 (じんせい)と言った。惜しい、人生ではないのか。
彼の生きていた世界はどちらかと言えば自分の世界に近かった。違いは昭和十四年くらいからだ。ソ連が強くなりすぎた。ノモンハンではハルハ河まで境界線を下げられて負けらしい。
日本の軍備は陸軍七割になってしまい、海軍は日本海とオホーツク海の制海権維持が主任務になってしまったという。大和と武蔵は無さそうだな。
アメリカでさえ手を焼いていると。勿論日本は激しく戦火を交わす敵対国になっていた。ABCD包囲網どころではなく、逆に日本支援が始まったという。戦後どころではなくて戦前に共産への防波堤になってしまったか。
ソ連はモンゴルを手中に収めていた。そこから南下したという。驚くことにシベリア鉄道の分岐線をソ中国境近くまで強引に敷き、張家口まで400キロの所に基地を設営してしまったという。しかも単線ではなく複線だという。強引な工事でモンゴル人を中心に万の犠牲者が出たと情報があるらしい。
昭和十六年。攻められた張家口はあっという間に陥落。北京も危ういとなった。向こうでは国共合作が無く中国共産党と内戦を行っていた中国国民党に対処できるわけもなく、蹴散らされたらしい。ソ連と仲がいいと思われていた中国共産党は完全にソ連の支配下になっていると思われた。国民党政府は北京から脱出。南京まで逃げたという。
ユーラシア大陸の西でも激しく侵略戦争を行っているという。ポーランドはあっという間に飲み込まれドイツが最前線だとも。ベルギーは道路にされなくてすみそうだ。ヨーロッパ各国もドイツ支援に回り、ユダヤ問題は棚上げにされた。ソ連の脅威に較べればユダヤ問題など些細なものという捉え方だろう。
彼はノモンハン後の昭和十六年に再開されたソ連の満州侵攻で負傷し退役。その後も続く大陸での紛争を見届けることなく戦傷が元で世を去り今ここにいるのだと。兵站業務の参謀であった彼からすると、ソ連国内に大規模な全面戦争を続けるだけの戦略物資は無く、どこかが糸を引いているのだと。
だから彼は内戦中の大陸がおかしな勢力に飲み込まれる前になんとしても大陸平定をしたいらしい。困ったもんだ。
だがソ連は存在しないし、今の日本に大陸介入などという気は全くないのだぞ。
大陸の内戦には手を出さないと言うのが暗黙の了解だよ。中佐。
が。ここで打っ込んできた。
アメリカ合衆国の関与と、大陸に出来つつある新勢力。
まずアメリカ合衆国の関与だが、国民党の重要人物がアメリカ生まれの中国人でアメリカ国籍を持ちアメリカ合衆国に伝が多いという。一番重要なのが金持ちであること。それで武器を買うようだ。国家間戦争ではなく内戦なので武器輸出も問題ないようだ。そこら中の国が輸出してるし、なんだったら日本も輸出している。
それで最近国民党が有利に進めているのか。
まあこれはいい。問題は新勢力だった。俺の所まで情報が回ってくる段階ではないのか、それともシカトされたか。シカトされたんだろうな。今までも機材方面の情報はまんべんなく回ってくるが、市井の情報はあまり回ってこない。今回もそれだろう。それで文句を言わなかったから今回も回ってこなかったんだろう。俺の姿勢も改める必要はあるのだろうか。あまり情報・軍政方面へ深入りしたくない。
うん。今までと同じで行こう。情報・軍政は専門家がいる。今回のように参謀総長殿が判断してくれるだろう。
新勢力は今までとは違うスローガンを掲げ大衆にわかりやすいのだという。
それは、一部に富が集中することなく平等な富の分配や労働者の平等な権利と行きすぎた資本主義を修正し国家が管理する資本主義を目指すと。
国民党政権の人気がないのと、農民は今よりも豊かになるかもと、低賃金労働にあえぐ民衆は貧乏な自分にも今より金が回ってくるのではと、大陸では一気に人気が出ているようだと。
労働者の平等な権利と資本主義を修正し国家が管理する資本主義とな。
ブルジョワジー独占をぶち壊してプロレタリアートに分配するか。
平等な富の分配と管理する資本主義とか抜かしているが、結局は社会主義とか共産主義だな。
労働者の平等な権利とか言うが、こいつらは自分が管理して天子様や豪族になりたいだけだろう。
革命を起こして全く新しい統治機構にするのは無理がある。今までの統治機構を踏襲するのが社会の混乱も早く収まるし、何しろ自分たちが楽でいい。ソ連なんて皇帝が書記長に貴族が共産党幹部に入れ替わったよぅなものだ。不満を抑えるためと国力増強のために農奴を無くし一般大衆も少し教育など待遇を良くしただけだ。
とても危険である。なるほど、大陸平定を主張するわけだ。中華人民共和国が出来上がっても困るしな。
それにしても新勢力の中に転生者の匂いがプンプンするな。大陸でいきなりこんな思想が出てくるわけがない。
しかし、これはデリケートな問題だぞ。この思想が輸出されたら。封じ込めは出来ないだろう。ならこの思想は失敗作であるという印象を植え付けねばなるまい。俺は専門家ではない。問題を提起すればやってくれるだろう。問題は既に国内へどれだけ浸透しているかだ。
「参謀総長殿。意見具申よろしいでしょうか」
「いい案でもあるのか」
「案と言うほどではありません。しかし、これは拙いです。拙いというのは思想が拙いです」
「思想が拙いとは?」
「自分だけでは上手く説明できないかもしれません。海軍や一般人で同じ世界から来た転生者を交えて話したいのです」
「それほどなのか」
「一部世界では暴力革命が起きその後も混乱が続くでしょう」
「なんだと」
「フランスの市民革命並みの暴力と社会の混乱です。自分の世界ではそうでした」
「そうか。それはいかんな。至急調整しよう。新崎中佐も良いな」
「はっ、自分としては共産主義の脅威を認識してくれるだけでありがたいです」
「では、調整が済み次第呼び出すので出張などせず近場にいるよう」
「「はっ」」
次回更新 9月25日 05:00です。
大陸に風雲巻き起こるか。