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1944 ヨーロッパ戦線

歴史部門で連載中当日ランキングで5位になりました。ありがとうございます。

 1944年 3月12日


 世界に激震が走った。ドイツがイギリスとフランスに宣戦布告したのである。

 イギリスとフランスに対する最後通牒から2週間後のことだった。

 開戦理由はイギリスとフランスによる度重なる内政干渉と海上での不必要な臨検にアルザスロレーヌ問題を主原因としていた。

 ドイツはフランスに配慮してアルザスロレーヌには戦力を置いていなかったのである。国境整備も強化警察程度で国境警備隊、ましてや軍とは言えなかった。それでもフランスは強力な陸軍を駐留させていると批難を続けた。

 国際運河ではないキール運河の利用料を下げろとも言われて、多少下げた。それでも高いと文句を言ってくる。

 他にもあり、ドイツ世論はイギリスとフランスを許せない雰囲気になり国民感情は悪化して後戻りできないまでになっていた。




 ドイツ陸軍は宣戦布告後にフランクフルトとシュツットガルトを発進した。フランクフルトからはアルザスロレーヌのメッスを抜け、ベルタンまで進む予定だ。シュツットガルトからはストラスブールを抜けナンシーを目指す。



 進撃するドイツ陸軍は機甲部隊を中心とした高速打撃部隊である。主力戦車はようやくⅢ号とⅣ号が姿を増やしつつある。台数的にはⅡ号が主力だが。

 この時、戦車各種400両が空軍の傘の下空からの攻撃を気にすることなく地上目標のみを潰していった。

 フランス陸軍はなすすべもなく押しつぶされていく。フランス戦車は開発時に定見がなく対戦車戦で活躍できたのは僅かにソミュアS38のみである。それも30両程度しか配備されておらず、あっという間に残骸に成り果ててしまった。

 歩兵戦術も普仏戦争から進歩したと思えず、同じ相手に同じようにやられてしまった。

 空も同じであり、数少ない機体をMe109が奪い合うという事態になっていた。


 冗談みたいであるが、2週間後の4月01日にはドイツ軍がブローニュの森でキャンプを張った。

 まさかその時点で降伏するとは思わなかったドイツ軍とヒトラーである。初めはエイプリルフールかと疑ったくらいだった。





 1944年4月02日 ベルリン首相公邸


「首相閣下。まずはフランス制圧おめでとうございます」

「ヘス君。めでたいかな」

「2週間ですよ」

「フランスがフランスしただけだろう」

「何ですか。それは」

「口だけと言うことだよ」

「確かに、偉そうでしたが正体がばれたというところですか」

「我々はナポレオンに怯えていたのかもしれない」

「それはありますな」

「マンシュタイン元帥。現地で軍の統制は取れているな。民間人への暴行など絶対ないように」

「言い聞かせてありますが、多少は出ますな」

「それは仕方がない。やってしまった者は現地治安機関へ引き渡しているな」

「15名ほど引き渡しました」

「それで済んだのか」

「実は酷い者だけです。現地軍がかばったようです」

「酷くない者も含めて引き渡すように。我々はきれいな軍隊だと教えてやれ」

「よろしいのですか」

「かまわんよ。こんな余裕があるのは今のうちだけだが、戦後のことを考えると今はきれいでいたい」

「戦後・ですか」

「いつまでも戦争などやっていられないだろう。そういうことだ」

「着地点はどのように」

「イギリス戦勝利だ」

「イギリス上陸はされるのですか。参謀本部は張り切っておりますが」

「しない。我がドイツにイギリスへ上陸してイギリスを制圧する能力は無い」

「そうお考えですか」

「私は出来ないと考えるが海軍はどうかな。レーダー提督」

「海軍としても不可能であると考えております。歩兵だけなら上陸させることも可能でしょう。しかし、砲や戦車などの重装備を陸揚げする能力が絶望的に有りません」

「海の向こうですからな。ならどうやって屈服させるのですか」

「そのためのウンターゼーボートだ。イギリスの物流を締め上げる」




 1944年5月


 ドイツ帝国とフランスの間で講和条約が結ばれた。フランスは普仏戦争の屈辱と恥を上塗りしただけだった。

 重要な内容が3件有った。


1.ドイツ=フランス国境は1944年3月時点の国境を恒久的に定める。

2.カレーとダンケルクの郊外にそれぞれ4キロ✕6キロの土地を4カ所確保。20年間租借する。

   付帯事項として、鉄道の引き込み線敷設と鉄道の自由通行権を認める。

3.租借地防衛のために近隣軍事基地及び飛行場をドイツ軍が優先利用する。


 後は普通でも無いがフランスが十分恥をかかされたと考えるだろう、賠償などはフランス側に不利ではない内容だった。ドイツに容赦されたのである。


 この講和条約成立と共にフランス国内からドイツ軍主力が引き揚げていった。





 1944年6月 カレー郊外


「隊長。なんでこんなとこに飛行場作るんですか」

「イギリス爆撃しかないだろ」

「普通イギリスの妨害が有りますよね」

「そこら辺は防空がしっかりしている。ほら、1日1回しか待避していないだろ」




 1944年6月


『レノー首相、2週間で降伏とは酷い』

「私はもう首相ではないのですよ。チャーチルさん」

『あんたの後任のヴィシーがドイツに弱腰で話にならん』

「負けた国の首相です。弱気なのは仕方がないでしょうな」

『それでいいのか』

「ドイツに隙が無いのですよ」

『隙が無い?』

「戦場で行われた民間人への犯罪もフランス側に犯人を引き渡してくれた。戦時賠償も高額ではない。占領もせずに引き揚げていった。租借と言っても20年でたいした広さではない。世間は収まりますな」

『アルザスロレーヌはどうした』

「諦めるしかないですな」

『またあっさりと』

「実力が違いすぎました。普仏戦争のごとくです。我々は何もわかっていなかった。民衆はこんな負け方をした責任追及をドイツ相手ではなく、フランス軍部と政治家に対して行っていますよ」

『もういい。フランスはあてにしない』

「期待させて申し訳なかったですな」

『あんたは元気だな』

「肩が軽いのですよ」

『そうかい』


 電話は切れた。



フランスがフランスしたと。アルザスロレーヌがなければ国力は脆弱でしょう。


次回更新 8月28日 05:00です。


この文章書いた時点でパリオリンピックは始まっていません。しかし見事にフランスがフランスしたとしか。

5話予約してありますが、そこから先がさっぱり進んでいないです。更新が追いつかれないといいな。

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