一〇〇式戦闘機 成功の陸軍 その陰で
陸軍は一〇〇式戦闘機を世界一流に仕上げた。
しかし、対比され困った機体もある。海軍九九式艦上戦闘機だ。
これは発動機選定時にハ26が存在していなかったこともある。あるが、悲しいまでに陳腐化してしまった。たった1年で。
登場時は艦上機というハンデを持ちながらその運動性は素晴らしいものが有った。速度も出現時は世界一流だった。全金属製単葉機は艦上機で初めてだったし、他国の戦闘機にけして劣るものではなかった。おそらくハ26と引込脚を採用しなければキ27も似たような戦闘機になっていただろう。
しかし、一〇〇式戦闘機の登場で全て失ってしまったといっても良い。
一〇〇式戦闘機と同じ年にホーカーハリケーンとBf109にとどめでP-36が登場したのも痛かった。
昭和一五年末 軍令部総長室
「荒巻中佐、君戦闘機について知っているだろ。キリキリ吐きませい」
「は?いえ、その。総長閣下。落ち着いてください。隣の中将はいいのですか」
「む。興奮してしまったな。許せ。隣にいるのは海軍航空本部長井上成美中将だ」
ホエ~。初めて見たわ。どっかで見た顔だと思った。
「しかし、よろしいのですか。私が知っている事を知られても」
「うむ。念書も取ったし人格的にも問題ない」
「そう言われるならば」
「総長閣下、お聞かせ願いたいのですが知っているとは?」
「そうだな。井上航空本部長、これからこの場で聞いたことは口外無用であるし、記録に残してもいけない。いいかな」
「はっ。それほどのことですか」
「うむ。それほどのことだ」
「釈然としませんが、念書のこともあります。口外無用と記憶にだけ残せ。畏まりました」
「ではいこうか。荒巻中佐、一〇〇式だが何故成功したかな」
「少しお待ちださい、総長閣下。一〇〇式とは陸軍一〇〇式戦闘機のことですか」
「いかにも」
「私も興味があります。海軍は九九式を出したばかりで旧式になってしまったので」
「軍令部としても痛い問題ではある。どうか。荒巻中佐」
「はっ。まず、タイミングが悪かったかと。発動機選定時に九九式は瑞星を選びようも無かったということです。寿しか選べなかった。この差が大きいです。全てと言ってもいいくらいです」
「確かに200馬力以上違うな」
「その200馬力で大きく重くなった機体を自由に動かせますし、速度も出ます」
「井上航空本部長。航空本部は今どういう動きをしている」
「今は、動いておりません。動けないのです。九九式が制式化されたばかりなので後継機の開発は十五試艦戦が始まったばかりです」
「遅くないか」
「通常のスケジュールです」
「そうか。荒巻中佐。助言というか何かないか。次期艦上戦闘機に」
「そうですね。まず瑞星と栄は使用しないことです。小型であり将来性がありません。今だけのエンジンです。馬力で縛ってしまうと将来、発展性の無い機体になります」
「見てきたような口ぶりだな中佐」
「航空本部長。総長閣下、よろしいですか」
「よろしいぞ」
「ありがとうございます。準備はよろしいでしょうか。井上航空本部長」
「む、準備だと?なんだわからんが恐ろしいことを聞かされるのかな」
「ある意味荒唐無稽です。実は、私荒巻は転生者で、別世界の記憶を持っています」
「・・・・?・・・・・・少し待て」
「は」
「転生者ね、転生者。少し待て。・・・別の世界で生きて生まれ変わってここにいると?」
「はい」
「総長閣下!なんて奴を私の前に連れてくるんですか」
「井上君、落ち着きたまへ。だからしっかりと驚くなと言ったし口外無用で念書も取っただろう」
「しかし、総長閣下。これは無い。これでは未来がわかってしまうのではないのですか」
「落ち着けと言っている。それにだ、未来はどうだ荒巻中佐」
「未来は不確定です。井上航空本部長。この世界の歴史は私のいた世界の歴史とは大幅に違います」
「・・・違うのか」
「違います。同じでしたら、私はどこかの中立国に逃げています」
「逃げ出すだと。まさか、そんな酷いのか」
「10年くらい狂気の時代が続きました。戦争で犠牲者も300万人くらい出ております」
「300万人だと。犠牲者と言ったな。では被害を受けた者はもっと多いと?」
「はい。倍以上は」
「なんてことだ、国民の1割が。国が立ち行かなくなるではないか」
「実際、かなり困窮いたしました」
「した、ということは続きがあるのだな」
「困難でしたが援助もあり復旧を遂げ平和を享受した国となりました」
「そんな国を援助してくれた国があるのか」
「まあ、そこは後ほどで、よろしいですか。総長閣下」
「うむ。長くなるのだろう、後で良い。今は新型機についてだ」
「興奮して申し訳ありません」
「驚くのは当然だ。私も驚いた」
「では、新型艦上戦闘機ですが金星で開発しましょう。機銃はブローニングAN/M2を4丁で」
「7.7ミリではいかんのか」
「打撃力不足です。これからの機体は墜ちないでしょう」
「そうか。金星はどのくらいまで出る」
「素の状態で1300馬力。付加装置を付けて1500馬力です」
「瑞星と栄は」
「瑞星で1100馬力、栄で1200馬力。いずれも付加装置を付けても100馬力向上が」
「もっと出すには気筒数を増やすか何かの手立てが必要なのだな」
「そうです。火星がいいのですが、大きすぎると言われると思います」
「アレを許容できる戦闘機乗りはいないな」
昭和十六年 二月 海軍航空本部本部長室
「荒巻中佐待っていたよ。こちらは暖かいだろ」
「航空本部長。大湊に比べれば大変暖かいです」
「実はな、十五試艦戦だが金星を押し込んだ」
「設計陣や搭乗員から言われませんでしたか」
「一〇〇式以上を目指すなら、馬力だと言って押し切った」
「中島はいいのですか」
「機体設計はいいのでな。艦攻は任せてある。エンジンは金星だ。三菱には艦攻から手を引いてもらった」
「艦爆はどうなりました」
「艦爆も愛知に任せた。金星だ。考えてみれば母艦で運用だ。発動機の種類を増やしたくない」
「中島は泣きますね」
「ちょっといろいろ問題も起こしてくれたしな。制裁だ」
「問題ですか。ひょっとしてカーチスですか」
「そうだ。君の時代にも有ったのか」
「有りました。コピーと言われました」
「今回のもそうでな。結局陸軍から中島に警告が行ってライセンス契約を結んだよ」
「ケチらなければいいのにと考えます」
「ケチりたい場面もあるのだ」
「そうですね」
「そこでだ、海軍としては中島のエンジンはしばらく使わない。三菱に任せたいのだが、良い手はないか」
「そうですね。はっきり言ってガソリンレシプロエンジンは最終世代です。今のエンジンを十八気筒にするなどの進化熟成をさせる方が良いでしょう」
「最終世代なのか」
「出力的には機体との兼ね合いで限界が見えています。次代はジェットです」
「ほう、そうなのか。馬力はどのくらいまで出るのだ」
「3000馬力くらいです。プロペラが馬力を吸収できません」
「プロペラの問題まであるのか」
「プロペラの外周部で音速を超えないようにしないといけないので、馬力を吸収するには枚数を増やすか直径を大きくしてゆっくり回すか一枚の面積を増やすかです。大馬力によるプロペラ後流のカウンタートルクもあり二重反転プロペラにしないと拙い場合も有ります。大きく重くなるのでやむを得ない場合しか採用されていません。特殊な形状もありますが今の素材や技術では不可能です」
「そうか。ではどうする」
「各エンジンの18気筒化でしょう。出しても2500馬力です。火星の18気筒版なら可能です」
「瑞星は小さいが18気筒にするのか」
「付加装置無しで1700馬力くらいは可能と考えますので、従来のエンジンで馬力不足になったときに載せ替え候補になります」
「一〇〇式とかが旧式化したときに載せ替えるか」
「次の機体が成功するとも限りませんし、備えることは必要と考えます。重量バランス的にも無理が出ないと考えます。金星や火星の18気筒版を載せるのは重量的にバランスが取れなくなります」
「では三菱に指示をしようと思うが、注意点はないか」
「注意点ですか。少しお待ち下さい。えーと、ああアレか」
「思い出したかね」
「はい。小型化を図らないように。十分余裕を持った排気量とクランクケースにするようにと」
「小型化すると拙いのか」
「整備とか製造で問題が出ます。運用上重要です。試験機ではなく実用エンジンを作れと」
「うむ。理解した。実用は大事だ。他には」
「他ですか。ああ、そうです。複列の後列はカムを最後部に配置し前後で二枚のカムを使うようにと。整備は面倒になりますが高速回転で必要な配置です。量産性もこちらの方が高いはずです」
「む、そうなのか。よくわからんがそう指示しよう」
「お願いします」
次回更新 8月18日 05:00です。
金星を押し込まれた時期艦戦はどうなるんでしょう。九九式の後なので二式か三式にすると思うんですよ。