参謀本部 転生者の翌日
昨日強気に出てしまった。ちょっと拙かったと思うが、やってしまったものはどうしようもなく。
ドキドキしながら参謀総長室のソファに座っております。俺こと怪しいサトーには説得の田中さんのような度胸はありません。切った張ったをやってた時代の人だし実際にやってたからな。今の日本の軍人は陸海とも戦場を経験していない。
「さあ、昨日の続きをするぞ」
「はっ」
「貴公は戦闘研究室でいろいろな状況を設定して各部を悩ませているようだな」
「実際にあった戦場を元にしていますので悩みは尽きないでしょう。兵器の質も人員数も違いますから」
「では仮に今後、ヨーロッパが主戦場だとしたらどこを選ぶ」
「陸上ではドイツ周辺と地中海沿岸です。それ以外モスクワ大公国がどう出るかですが」
「ドイツ周辺とはどの範囲だ」
「フランス大西洋岸からモスクワです」
「広すぎないか」
「実際にドイツがやっております」
「地中海沿岸は」
「ドイツとイタリアが」
「ドイツは何を考えていた」
「自分には」
「詮無きことを聞いた。許せ」
「はっ」
「モスクワ大公国はどう出そうだ」
「自分の知る歴史には無かったことですので推測になりますが、フィンランドの完全占領とバルト三国でしょう。ウクライナは相手にするに大きすぎる。南部イスラム圏はそれが終わり次第圧力を掛けるというところかと」
「そこら辺は参謀本部でも同じ意見だ。貴公の思考が我々と変わらないのは安心だ」
「自分は今の時代に生きる日本人です」
「それは失礼。話を変えるが日本もやったのだろう。範囲は」
「西はビルマへ。東南アジアはマレー半島に仏印、南はインドネシアからニューギニアにソロモン諸島。大陸は中国奥地から中国東北部が範囲です」
「日本も相当であるな」
「全くです」
「昨日悲惨だと申したな」
「確かに」
「我が国がどう悲惨だったのか、教えてくれぬか」
「聞くと後悔するかもしれませんが、よろしいのですか」
「そんなにか」
「負け戦の立場だと、ヨーロッパよりも悲惨だと思います」
「まずヨーロッパの戦闘からで良い」
「あまり気乗りしませんが、少しだけ。まず、1会戦で最大の損害が出た戦いがあります。えーと、ソンモ?ソンミ・村?ソンポ?・・・ソンヌ、ソンヌです。ソンヌの戦いと言います。第1次世界大戦の時、ドイツ帝国と英仏軍双方で100万人以上の損害を出してなお、大して戦線が動いていないというとんでもない会戦でした。新兵器も多数登場しております」
「待て、双方で100万人以上だと」
「確か記憶ではそうだったと」
「ではその戦争ではどのくらいが」
「第1次世界大戦での損害は2000万人近かったと思います。行方不明者がとても多いのです。戦場で影も形も無くなったと思われますが」
「馬鹿げている」
「パリ条約で禁止になった化学兵器をご存じですか」
「当然知っている。どうかしたか」
「その時にヨーロッパの戦いで大々的に使用され双方におびただしい犠牲者と後遺障害をもたらしています。催涙ガスはそれまでも使用されていたようですが致死性の毒ガスを使い始めたのはドイツです」
「解毒剤とか無いのか」
「作用してしまえば解毒など出来ません」
「禁止されて良かった」
「本当ですが、ドイツですから製造して使わないとも限りません」
「信用できない国か?」
「ヒトラーが出てきましたから注意すべきです」
「ヒトラーとは?」
「最悪の指導者でベストテンに入るでしょう」
「しかし世界が違うぞ」
「民族主義を利用して政権を取っています。要注意かと」
「わかった。情報を共有させてもらうが、よろしいな」
「もちろんです」
「他に新兵器と言ったな」
「戦車と航空機です」
「いずれもそれまでの戦いの常識をひっくり返しました」
「あのふたつがか」
「はい」
「他に注意点は」
「あらゆる戦場で横隊突撃が死者の山を築きました」
「機関銃か。参謀本部でも悩んでいたぞ。貴公の出した演習用素材で大量の損害を出したとな」
「まあ頭の良い人達ですから、対応策は考えてあるでしょう。次第に損害が減っていますから」
「そうでなければ参謀本部に来れないからな。さて次だ。第2次世界大戦か」
「第2次世界大戦はもっと馬鹿げています。怪しい統計ですが民間人の犠牲者が兵士よりも多い」
「そんな戦争が許されていいのか」
「航空機による市街地への無差別爆撃」
「何?どこかやった」
「ドイツは小規模で、日本も小規模で。イギリスとアメリカはドイツと日本が焼け野原になるまで」
「焼け野原だと?比喩では無くてか」
「大都市や地方の中核都市はほとんど。特に東京は円環状に焼夷弾で火の壁を作り、内側に焼夷弾をばらまくという市民を殺すための地獄を作り出しております」
「狂っている」
「他には民族浄化」
「何だと。民族浄化などどこの馬鹿者だ」
「ドイツです。当時はナチス党という勢力が政権を握っていました」
「ドイツは危険なのか」
「プロシア以前から軍事国家とも言えますので危険です」
「では第2次世界大戦での犠牲者の多くが民間人だというのは」
「民間人の犠牲者が一番多いのがソ連を含む東欧です。東欧は左右から攻められ奴隷状態にされた人々もいます。生与奪権をドイツとソ連が握り、好き勝手に振る舞いました。ソ連は以前のロシア帝国の後継です。ソ連の民間人の死者は包囲されたソ連の都市でソ連政府が降伏を許さず市民まで武装させ徹底抗戦をさせたために餓死と凍死がかなり多いです。大陸での犠牲者数は戦死傷者となっていてはっきりしません。それに大陸の内戦の犠牲者は日中戦の死傷者と区別が付かないのです。しかも奴らの得意とするのは便衣兵です。民間人と区別が付きません」
「それはわかるが、そんな適当な統計をやった国があるのか」
「大陸です。とにかく大陸の統計は何一つ信用できません。良い数字や都合の良い数字は大きく、自らに拙い数字は小さくしています。また大陸は戦死傷者を内戦を含めて我が国のせいにしております」
「大陸は、今内戦中だ。大陸進出とか言う馬鹿者が居るが絶対手を出してはいかんな」
「全面的に支持いたします。あの国は春秋戦国時代や三国史時代で大抵のことをやっています。馬鹿には出来ません」
「日本も戦国時代と幕末はいろいろ有ったがな」
「戦訓と戦術の蓄積は負けていないと考えますが、規模が違いすぎます。とにかく人が多く土地が広い。今も内戦で戦闘技術は高いと思われます。損害多く飲み込まれるだけです」
「心しよう」
「ありがとうございます」
「休憩をする。10分後でいいな。また聞かせてくれ」
「覚えている範囲ですが」
「それでも良い」
10分後また来てしまった。今日で終わるといいな。あっ、新しい任務って何だ?
その後話した。
日清戦争から後の列強との関係。自分だけ良い目を見ようとする政治家による政治的混乱。思想活動家の過激化と政治的混乱から巻き起こる軍部の混乱と狂気。後に制限されたが各国海軍の建艦競争。陸軍の暴走による満州傀儡政権樹立。ドイツや共産党の暗躍。日中開戦。軍の突出した予算による国庫圧迫。欧米からの政治・経済両面の圧力。ついにどうにもならなくなり開戦。
各地での残虐行為。
対米戦での余裕はお互いに始めの頃だけ。
ガダルカナルやニューギニアでの悲惨な戦闘と生き残るための苦闘。ビルマ戦線でも同じように悲惨だった。各地の島々でも生き残ることだけが目的になった。
サイパンと沖縄で民間人への自決強要。
戦況不利にても後退・撤退・降伏を許さず最後の一兵まで戦えという参謀本部と軍令部。
最後に、特攻と焼かれる日本の都市。そして特殊爆弾による1個の爆弾で都市壊滅という惨劇。
無条件降伏。
民間人を見捨てて自分達だけ逃げ出した関東軍。そしてシベリア抑留。
その後のアメリカによる支配。自分が最後を迎えた時代でも目に見えない形でアメリカから完全に独立できていないこと。国際連合に残る旧敵国条項。国際連合という組織の安全保障理事会による機能不全。
などなど。1時間程度では終わらず、残業になってしまった。
そして最後に。
「貴公の新しい任務だが、勤務場所を参謀本部から教育総監部に移す。将官への昇進は悪いが当分無しだ。目立つからな」
ホッとした。千島とか樺太とか小笠原とかでなくて。勤務してる人ゴメンナサイ。昇進はいらない。中佐くらいの方が動きやすいのも事実だ。
「教育総監部でありますか」
「うむ。参謀本部は随分と鍛えられた。これからは陸士と陸大にも広げる」
「意見具申よろしいでしょうか」
「良いぞ」
「自分が設定した戦場は陸士や陸大の学生には随分奇妙に見えるでしょう。よろしいのですか。まるでここで戦争をするといっているようなものです」
「うむ。そのことであるが、ヨーロッパで発火しそうなのだ」
「え?自分も情報を聞いてはいますがまだ早いかと思っていました」
「日本に着くまでにフィルターが幾つも掛かることもある。一般に知られるのはその情報だ」
「生か生に近ければ違います。そこは理解できます。やはり・・・」
「ドイツとイギリス・フランスが軍拡に走った。主に航空戦力だ。海上戦力は貴公も知るようにドイツが多少頑張っても出口を押さえられるから勝負にならん」
「そのことでありますが。ドイツは潜水艦戦力を増強していないのですか」
「潜水艦だと」
「はっ。イギリスに対抗手段が無ければかなりの損害を負うでしょう」
「そうか。陸としては船はわからんからな。盲点だった。知れて良かった。では明日、配置換えの辞令が貴公のところに届く手配になっている」
「ありがとうございます」
ようやく終わりました。疲れたよ。
書いてて嫌になってきた犠牲者の数と亡くなり方。すんと言う表情でキーボードを叩いております。
>目に見えない形でアメリカから完全独立できていない
横田空域とか各地の米軍基地とか。米軍人の犯罪が治外法権に近いとか。日米地位協定とか。
次回更新 8月13日 05:00です。