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2-3章 初任給の使い道

 館内エリアおよび屋外エリアそれぞれでの鑑賞を終えて、俺たちは屋外エリアのカフェで休憩をすることにした。

 俺はブラックコーヒー、ウルゥはカフェオレを啜っている。

「ペンギンってなんであんなに可愛いんでしょうか……」

 ウルゥはうっとりした目で語る。完全に目がハートマークになっていた。

「泳いでいるペンギンを下から見るってのも斬新だな」

「ですよね! あのボテッとしたフォルムを隈なく見れるのは最高です!」

 屋外エリアは館内エリアと打って変わり、ペリカン、カワウソ、アシカ、ペンギンといった魚というよりは、どちらかというと動物がメインとなっている。

 これは獣人的にどうなのかと、さりげなくウルゥに聞いてみたが、しれっとした顔で「別に問題ないと思いますけど。遠い遠い親戚みたいなものなんで」なんて言っていた。

 言われてみれば、動物園では猿とかゴリラ、チンパンジーなどを普通に飼育してるもんな。これもまぁ同じ霊長類という意味では、人間からすれば遠縁みたいなものだし。

 俺たちが動物園の霊長類に対して持つ感情と近いということだろう。

「さて、これからどうするか————」

「ぐうううううううううううううううううう〜」

 無視できないレベルで腹が鳴る音が聞こえてきた。

 音の発生源は目の前に座る美少女。その彼女は顔を真っ赤にして俯いている。

「…………飯でも行くか?」

「ち、違うんです!! ちょっと今日は朝ご飯をあんまり食べられてなくて……、そ、それにいっぱい歩きましたし!! あ、あと、わたしって消化スピードが早くて!! うーんと、だからえーと、つまりです!! 小手指先生が考えていることは違うんです!!」

 ウルゥは必死に手をパタパタさせ、身振り手振りで自身の潔白を証明しようとしていた。そして、言い訳にもならない言い訳を積み重ねていく。

「だから、腹減ったんだろ?」

「……うっ、そうなんですけど! はい、そうですお腹が減りましたよ! けど、小手指先生はちょっとデリカシーがなさすぎると思います!!」

「ほら、なにが食べたい? 今日は好きなだけ食べていいぞ」

「ほんとですかー! やったー!」

 やっぱりウルゥは単純だった。余程食べることが好きなんだろう。

 この間、ウルゥがとんでもない大食いであることが判明したからな。前回もちょっと不完全燃焼な感じだったし。

 だけど今日は大丈夫。初任給で懐が暖かいからな。

「わたし、お魚が食べたい気分です!」

「ちょ、おま、水族館の後に魚が食べたくなるのか!?」

「えー逆に食べたくなりません? あんな美味しそうに泳いでたら」

「そ、そっか。……まぁ、感性は人ぞれぞれだからな」

 とんだサイコ野郎の担任になってしまった。

「小手指先生イチオシのお魚料理を食べに行きましょう!」

「まぁ、この日本で魚料理といえば一つしかないよな」

 俺は例の店にウルゥを連れて行くことにする。

「うわー! 小手指先生すごいです! レーンからいっぱい食べ物が流れてきますよ!?」

「喜んでもらえて何よりだ」

 俺とウルゥは回転寿司チェーンにやってきた。

 日本で魚料理といえば寿司しかないだろう。そして回転寿司はとってもリーズナブル(さすがに回らない寿司屋は無理)。一皿一○○円台で食えるんだぜ。素晴らしい。

 これなら大食いのウルゥも満足できるはずだ。

「なんて言う料理なんですかこれ?」

「寿司だな。日本人のソウルフードだ。シャリ……お米の上に魚の切り身を乗せたシンプルながらも奥深い料理だ。飯炊き三年握り八年って言葉もあるくらいだしな」

「うわー! ケーキも流れてくるんですね! すごい、美味しそう!」

「って、聞いてないし……まぁいいか。レーンから流れてくるやつで気になるのがあれば、好きに取っていいぞ。あとこのタッチパネルでも注文できるから食いたいのがあれば」

「これって食べ放題なんですか!?」

「いや……もちろん食った分は金がかかるが、まぁ一皿一○○円台だからな。ウルゥが満足いくまで食べてくれ。とりあえず俺はビールを頼む」

 回転寿司に来たら即座に生ビールを注文する。

 それを一気に呷り、間髪入れずに二杯目を注文。それ以降は体を気遣ってハイボールを飲む。それが小手指守の回転寿司ルーティンだ。

 回転寿司って酒飲むところだから(※個人の見解です)。

「えー小手指先生、お昼からお酒飲むんですかぁ!? まぁ、色々とご馳走になったりしているので止めませんけど……酔って変なこととかしないでくださいよー」

「大丈夫、大丈夫。俺は酒で失敗したことがないからさ」

「ダウトですよ、小手指先生! 絶対に嘘でしょ! というか、ついこの間、学園長に怒られてたじゃないですかー!」

「ウルゥ、そういった嫌な思い出を忘れるために酒があるんだぞ?」

「ダメな大人だ……」

 間違いない。大学生の時は楽しく酒を飲んでいたのに、最近じゃ酒を飲まないとやっていけないにシフトしているからな。

 自分でも情けないという自覚はある。直す気はないが。

「はっはっは。そんな俺を反面教師にしてくれ。教師だけに」

「…………」

 ウルゥからゴミを見るような目で見られた。居心地が悪いので話を逸らそう。

「ほ、ほら、ビールのついでに何か頼むぞ。食べたいものとかあるか?」

「タイにイワシ、タコも……えーと、あそうだ! オオグソクムシ!」

「それ全部、水族館にいたやつだろ! ってか、オオグソクムシは置いてないから! あんなのレーンから流れてきたら店中がパニックになるわ!」

 考えただけでも寒気がする。なんか夢に出てきそうだ。

 オオグソクムシの寿司が、無限にレーンから流れてくるという悪夢。怖すぎる。

「残念……。じゃあ、あとは先生のおまかせで! わたしは山間部出身なのであんまりお魚に詳しくないんですよ」

「了解。じゃあ適当に頼んどくから、あとはレーンから流れたので気になったのを——————もうすでに一○皿近く取っているだと!?」

 いつの間にか、ウルゥの前には机いっぱいに寿司皿が並べられていた。

「すごいですね、回転寿司って! 美味しそうなものが無限に流れてくるので、気がついたら手に取ってしまってます!」

 最近は回転寿司に来ても、タッチパネルでしか注文をしなくなっていた。回転寿司というのは流れてくるネタから好きなものを選ぶ、というのが楽しみの一つだ。

 こうして異世界人と食事をしていると、初心を思い出すことができる……な。

「そうだな。俺も子供の頃、親に連れられてきた時はそうだった。大好きだったサーモンばっか取ってさ…………、というか先食べてていいぞ」

 いかんいかん、ついつい自分語りをしそうになったので慌てて止める。

 このままウルゥをお預け状態にするのは申し訳ない。

「ダメです! 小手指先生のが来るまで手はつけません! 獣人ってそういう目上の人へのマナーが結構厳しいんですよ!」

「んなの、気にしないけどなー。というか、その割には殴られたりするような……」

「それは小手指先生が変なことばっかするからです!」

 ウルゥが頑なだったので、とりあえずビールが運ばれてくるのを待つ。

 いやはや、どこの世界でもマナーとかいう面倒なものが存在してるんだな……。

「はい、じゃあお待たせ。かんぱーい」

「乾杯です!」

 生ビールが届いたのでジョッキを掲げて乾杯をする。もちろんウルゥは未成年なので、備え付けの粉末茶で作ったお茶でだけど。未成年飲酒はダメ絶対。

 眼前には黄金色に輝く液体。

 ジョッキは冷凍庫に入っていたのだろう、表面に霜がつくほどキンキンに冷えている。

 ————————ごくりと喉が鳴る。気がついた時にはジョッキを傾けていた。

 勢いよくキンキンに冷えたビールを流し込む。

「くぅー、うまい! この一杯のために生きてるぜ」

 ぶっちゃっけ、ビールの味が美味しいと思ったことはない。

 味だけで言えばコーラの方が百倍うまい。だが、なぜか知らないがビールは美味いんだよ。なんでだろうな。

「小手指先生を見てると、実家の父を思い出します……。お昼から酒を飲んで……」

「それは……きっといいお父さんなんだろうな」

「違いますよ! 悪い意味で言ってますからね!? わたし!」

「まぁまぁ、落ち着け。ほら早よ、寿司食べな」

「また話を逸らして……まぁ、いいですけど! わたしもお腹が空いたので! それじゃあ、いただきます!」

 これ以上、ウルゥの正論は耳に痛いので、目の前の寿司へと興味を移してもらった。

 ウルゥもそれが分かっていたようだが、どうやら食欲には敵わなかったみたいだ。

「〜〜〜!! めっちゃ美味しいです! 魚の脂とさっぱりしたご飯が見事に調和してます! しかもこの黒い汁(?)をつけることで、味がより引き締まりますね!?」

「あぁ、それは醤油って言うんだよ。日本人には欠かせない調味料だな」

「しょーゆ……! いいですね、めっちゃ気に入りました! 寿司最高です!」

「そりゃ、よかった。俺も久しぶりに寿司が食えてよかったよ」

 ウルゥが美味しそうに寿司を頬張るのを肴にビールを仰ぐ。気がついたらジョッキは空になっている。さて、ルーティン通り二杯目のビールを注文しよう。

「もぐもぐ……小手指先生は……もぐもぐ……あんまり回転寿司に来ないんですか?」

「食い終わってから喋れよ……。んーまぁ、そうね。一緒に行く人がなかなかいなくてな」

「サラッと悲しいこと言わないでくださいよ……」

 こういう性格なんで、昔から友達が少ないんですよ。ぴえん。

「ウルゥこそどうなんだ? 家族で外食みたいなのは元の世界であったのか?」

「あるにはあったんですが……父が絵に描いたような家父長主義の獣人で……一緒にいても言い争いになることが多かったですね……」

 ウルゥが少し暗い表情を浮かべる。

 おっと、あんまり好ましくない話題だったみたいだ。

「なるほどな。さっきのマナーの件とかはそういうとこからきてるのなー」

 微妙に話の主軸をズラす。

「そうかもしれないです。マナーに関しては昔からうるさく言われましたね」

「マナーなぁ。そこはウルゥ、本当にすごいと思うよ。俺はそういうのが守れなくて職員室で浮いてるからな……。なぁ、ウルゥ。俺はどうすればいいと思う?」

「生徒にそんな深刻な相談しないでくれますか!?」

 異世界人たちは、色々な理由や背景を持ってでこちらの世界に来たのだろう。いつか彼らがその理由や背景で困ることがあれば全力で力になる。

 けど、今はそうじゃない。食事は楽しく。ふざけて笑い合っている方がいい。

 俺は久しぶりの回転寿司をウルゥと一緒に楽しんだ。

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