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1-5章 プラスマイナスゼロ

 カーテンの隙間から差し込む日差しが、早く起きろと眠りを妨げる。

「うえぇ、めっちゃ気持ちわりー」

 昨日は飲みすぎた……完全に二日酔いだ。

 とりあえず視界の先には、ようやく見慣れ始めた教員寮の天井があったので、なんとか家には帰ってこれたみたいだが……。

 中富さんに送ってもらったのかな、いかんいかんまた酒で失敗を。

 酒は好きだが、飲み過ぎるとやらかすから良くない。後でお礼を言わないと。

 さて、気分は最悪だが学校に行く準備をしないと————————

「寒いぞ……担任殿……。もう少し眠りたいのじゃ」

 布団から起きあがろうとしたのだが、右腕を柔らかい何かが掴んで離さない。

 なんだこれは……と目を向けると、そこに猫又女がいた。

 しかも着物がはだけていて、蠱惑的な真っ白な肌が見え隠れしている。

「ど、ど、どういうことだ!? なんで猫又女が俺の部屋にいる!?」

「いけずじゃのぉ……昨日はあんなに激しかったのに覚えてないと申すか……。長いこと生きておるが、あんなの初めての経験だったんじゃがなぁ……全くひどい男よ……」

「え!? ま、ま、まさか!?」

 まじか、俺は担任を持って一日目で教え子に手を出しちゃったの!? 

 居酒屋で猫又女と話したのは覚えているけど、それ以降の記憶がほとんどない。いくら酒に酔っていても、そんなの言い訳にもならないし……完全に終わった俺の人生。

 酒は飲んでも飲まれるな、何度も親から注意を受けていたというのに。

「落ち着け落ち着け。わしは未成年でもないし、倫理的には知らぬが、別に犯罪にはならんじゃろ。だからほれ、毒を食らわば皿までとも言うしのう。いや、この場合は据え膳食わぬは男の恥か? さぁ、もう少しわしのことを温めてくれぬか……?」

「だ、だめだ! 俺は教師……こんな生徒の誘惑に負けてしまっては……」

「ほれほれ(チラっ)

 猫又女が着物をめくって下着を見せてきた。

 わお、意外と白なんだ。

「————いただきまーす!」

 気がついたら、パンツ一丁になってルパンダイブをしていた。

 俺は教師である前にまず男なんだ!

「お、先生! おはよう! すまんが、シャワーを借りたぞ!」

「ん? あれ!?」

 俺はルパンダイブを急遽中止し、全方倒立回転をして直立状態へと復帰した。

「お、いい運動神経だ! さすが先生」

「……てか、どうしてクイーンまでここにいるんだ!? 何、俺は乱行パーティーでも開催しちまった訳か!?」 

 タオル一枚で大事なところを隠している、大変目のやりどころに困る爆乳お姉さんがそこにはいました。

 なんで俺の部屋に二人も女生徒がいるんだよ!?

「ん、乱行パーティー? あれ、先生、もしかして昨日の記憶ない? 居酒屋で飲んだ後に先生の家で飲もうってなってさ、明け方まで飲んだだろ?」

「……あ、なんかちょっとずつ思い出してきたぞ。そっか、居酒屋の後もここで飲んで……って、じゃあ猫又女! なに勘違いするようなこと言ってるんだよ!?」

「ふん、わしはお主とそんな関係になったとは一言も言っておらんぞ。お主が勝手に勘違いして暴走しただけじゃろうが……チッ、もう少しじゃったのに」

 なぜか不機嫌な猫又女がツンと突き放すようなことを言う。

 いやいや、「昨日はあんなに激しかったのに」とか「初めての経験だった」なんて言われたら普通勘違いするだろ? 何これ、俺がただエロいだけなのか?

「あははは! 先生も猫又女にしてやられたってわけだ! んーただ、この部屋の惨状を誰かに見られたら、確かにそういうことがあったと思われても仕方ないけどな!」

「部屋の惨状……っておいおいおい!! なんじゃこれ!?」

 クイーンに指摘されて部屋を見渡すと、そこら中に空き瓶が転がっている。日本酒、ワイン、ウイスキーになんかテキーラもあるし……。

 でも、そんなのはどうでもよくて! 

 問題は下着姿で寝っ転がっている俗物天使エンジェと、全裸でカエル倒立をしながら眠っている異常神ファーストの存在だ。

 エンジェに関しては、本当に純朴な天使なのかと疑問に思うような、きわどい下着につい目がいってしまう。あのヒモみたいなパンツに下着としての役割はあるのか。

 ファーストに関しては寝方もさることながら、巨大な男根の存在感がすごい。これにモザイクをかけようと思ったら、部屋の半分は埋め尽くされてしまうのではないか。

 もうなんか、デカすぎて逆に笑えてくるからな。

「だから言ったじゃろ。そりゃもう昨日は激しくてな。わしもあんなに全力で野球拳をしたのは生まれて初めてじゃったぞ。ちなみに動画が残っているんじゃが、見るか?」

「あれ動画に残ってるのか。最終的にはみんな全裸だったよなー。先生が全裸で踊り出した時はもう最高に笑わせてもらったよ。後で送っておいてくれ!」

「やめてくれえええ! そんなもん拡散するな! 俺の人生が終わる!」

 何その話を聞いているだけで分かる地獄絵図。

 記憶がなくなったのは幸か不幸か。

「冗談じゃ。さすがに女性陣の裸も映ってるしな。この動画はお蔵入りじゃな。ただ、担任殿。人生が終わるという意味では、お主は今片足を突っ込んでると思うぞ。何せ、三○分後には始業開始。教師が生徒と飲酒した上に一緒に遅刻となれば、結構な問題になりそうじゃが」

 おそるおそる時計を見る。時刻は八時ちょうど。

 猫又女の言う通り、三○分後には教室でSHRが開始する。

 なんなら、教師は七時半には到着して朝礼やら授業準備をしないといけないので、既に遅刻が確定している。

「お前ら起きろ!! 早く着替えて学校に行くぞ! 急げー!!」

 風呂に入りたいやら、化粧がしたいと騒ぐ女性陣を無理やり引き連れ、なんとかSHRには間に合うことができた。

 しかし、コンディションは最悪だ。

 二日酔いで気持ち悪いし、酒臭いし、髪もボサボサでおまけに無精髭も生えている。

 しかも、職員室を通さずに猫又女たちと同じタイミングで教室に飛び込んだのは、そりゃもう直前まで一緒にいましたよね、と言っているようなものだった。

 そんな二日酔いによる吐き気を堪えながら、なんとかSHRを終えた俺を待っていたのは、隣のクラスの担任をしている中富さんだった。

 開口一番にお前またやらかしたな、と。そして、一番聞きたくなかった言葉を発した。

「学園長が呼んでるぞ」

 それからのことは言うまでもない。大の男がガチ泣きするほど怒られました。


 グロッキーな状態ながらも、なんとか午前のHRを完遂した。

 三年生といえど実質新入生みたいなものなので、まだ本格的な授業は始まっていない。それが功を奏したと言える。この状態で授業なんてとてもじゃないが無理だ。

 午前中は学級委員のウルゥとスレイヤーに仕切ってもらって、書類の回収、委員会や係決め、教科書の配布など事務的なことをしていた。

 その間、俺が床で寝ていたことは絶対に学園長にバレてはいけない。

 それにしても、同じくらい飲んだはずの猫又女とクイーンはピンピンしていて驚いた。さすがは人外といったところなのか。

 まぁ、その一方でエンジェとファーストは机に突っ伏していたけど。なんだかんだ天使も神も二日酔いにはなるみたいですよ。

 そんなこんなで今は昼休みの真っ最中。

 午後からの実力テストに向けて、ウルゥとスレイヤーにテスト用紙の持ち運びを依頼し、教師一人と生徒二人で備品室にいた。

「やべ、また気持ち悪くなってきた……」

「ほんともー、小手指先生っておバカさんなんですか?」

「先生大丈夫ですか? 背中でもさすりましょうか?」

 男女それぞれの学級委員の反応は真逆だった。色んな意味で。

 ウルゥは午前中からずっとゴミを見るような目で俺を蔑み、スレイヤーは我が子を慈しむ母のように俺のことを心配し常に気を配ってくれた。

「ウルゥ、そこは『大丈夫ですか、先生』って優しく膝枕するところだろー。んで、スレイヤーは『全くだらしない男だ。こんなのが担任なんて反吐が出る』くらい言ってくれないと」

「小手指先生ってやっぱバカですよね?」

「先生!? どうして俺のイメージがそんなに邪悪なんですか!?」

「美少女は慈愛に満ちて、イケメンはイケすかないのが世の常だろ!」

 そうであってほしい、と思っている自分がいました。

「び、美少女って……! べ、別に褒めても何も出ませんからね!」

 やっぱりウルゥはチョロかった。

「イケメンなんてそんな! 先生の方がよっぽどカッコイイですよ!」

 ……なんかスレイヤーのことが好きになってきた(俺もチョロかった)。

「意外と見る目あるな、スレイヤー!」

「スレイヤー君はちゃんと眼科で診てもらった方がいいよ……」

「どういう意味だ、それ!?」

「少なくともわたしは酔っ払いをカッコイイとは思いませーん! なんかおじさんみたいというか、実家の父を思い出すので!」

「お、おじさん……」

 女子高生からすれば、二十二歳の俺はおじさんに見えるのか……。

 その言葉は思った以上にショックだった。頭の中でずっと反芻している。

「あと、生徒と一緒に酒を飲んで大騒ぎしてるのは大人としてどうかなと思います。社会人としての責任を全うしてほしいです。まずは『カッコイイ大人』になってください」

「ぐはっ! や、やめてくれ……学園長からも同じようなことを……」

 ウルゥの指摘は、それはもう正論すぎて異論反論弁解を全く許されない。

 何も言えずその場で膝をついて項垂れるしかなかった。

 しかも言うだけ言って、ウルゥは備品室から出て行ってしまう。

「先生。俺は先生みたいな人好きですよ。いい意味で大人じゃないというか。なんというか距離が近い存在というか……」

「スレイヤー……いや、カイム! ありがどなぁあああ!」

「ちょ! 名前呼んでもらえるのは嬉しいですが、大人のガチ泣きはあんまり見たくないですよ!? うわ、ちょっと抱きつかないでください! 鼻水が!」

 傷心状態でイケメンから優しい言葉を掛けられたら、それはもう心の中の乙女が目を覚ましちゃうよね。気がついたら恥も外聞もなくカイムに抱きついていた。

 さすが勇者だ。思った以上に筋肉がある…………なんかこれ、いいな。

「少し目を離した隙にどういう状況ですか!?」

「ウルゥさん助けて! 先生が離してくれなくて!」

「もう! 小手指先生はどれだけ世話を焼かせれば気が済むんですかー!」

 備品室に戻ってきたウルゥに無理やり引き剥がされてしまう。

 あぁ、カイムの筋肉が……。あの硬さがたまらなく心地よかったのに……。

「……にしてもウルゥ、どうして戻ってきたんだ? てっきり呆れて教室に戻ったのかと」

「わたしは学級委員ですから! 仕事を放棄したりしません! ……それにこんなのでも小手指先生はわたし達の担任なんで、しっかりしてもらわないと困るんです! はい、だからこれ! まずは水分補給して体調を整えてください!」

 そう言って、ウルゥは紙パックに入ったオレンジジュースを差し出してくれた。

「ウ、ウルゥ……!」

「オレンジジュースはビタミンも入っていて、よく二日酔いの父も愛飲していて……って、ちょっと待ってください!? なんで一歩ずつこっちに近づいてるんですか!? もし抱きついてきたらセクハラで訴えますよ!?」

「ウルゥ! この気持ちを体で表現させてくれー!!」

 なんだよこのやろー! 一回怒ってから優しくするとかDV彼氏かよ! 

 でももう効果抜群だよね。心の底からウルゥへの感謝の気持ちとか、諸々想いが溢れ出ちゃってるよ!

 とにかく、この喜びをなんとしてでもウルゥに伝えなくては……!

「そういうのは体じゃなくて言葉で表現してください!」

「グキュボラ!?」

 思い切りグーで殴られました。

 ……けど、なんかこういうの悪くないよな。うまく言葉にできないけど、ただ殴られただけなんだけど、久しぶりに血の通ったやり取りをしたというか。

 異世界人とか関係なく、結局は人と人なんだと思うことができたというか。

 もうちょっとだけ教師として頑張ってみようかな、そんな風に思った。

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