4-1章 似た者同士
「なー、守」
「何ですかー、中富さん」
昼休み。
今日は奢ってやると誘われたので、久しぶりに中富さんと昼食を食べることにした。まさか牛丼チェーンに連れて来られるとは思わなかったけど。
ちなみに今日の弁当当番はカイム。カイムの弁当は家に帰ってから食べる予定だ。
「どうなん、最近クラスの調子は」
「そうっすねー。わりかしいい感じだと思いますよ」
対立関係にあったマキャ……ユノーとの関係も良好。
未だに俺を避けている生徒がいたり、始業式から全く顔を出さない生徒もいるが、特に大きな問題もなく日々を過ごせている。
「そうか、それならよかった。けど、経験談としてそういう上手くいってる時にトラブルが起きたりするんだよな……。来月は球技大会があったりするしな」
「……ちょっと待ってください! 球技大会なんて聞いてませんけど!?」
中富さんから聞き捨てならない発言があった。
「あー職員会議で議題に上がってないもんな。たぶん他の先生にとっては恒例行事だから、直前に何となくで決めるつもりなんじゃないか」
「いや、待ってくださいよ! 新卒の俺がいるっていうのに不親切でしょ!」
「そりゃ、ほら……守って嫌われてるんじゃん?」
「うわ、この間は『馴染めてない』だったのに、今じゃ『嫌われている』にランクダウンしてるんですね」
なんかもうこの扱いにも慣れてきてしまっている自分がいた。
「ちなみにあだ名はゴリラマンだぞ」
「あいつらぜってー許さねー!」
同僚の教師を見ていると、大人も子供もそんなに大差ないんだなと思う。
やだやだ、俺はあいつらみたいに無駄に歳だけは取りたくないね。……しかし、来月は球技大会か。なんか中富さんの発言が壮大なフリのように感じるぞ……。
「守、大変!」
「どうしたどうした」
帰りのSHRが終わり、残っている事務仕事に取り掛かろうとした矢先、慌てた様子のユノーから声を掛けられた。
おいおい、さっきの今で早速これかよ。絶対に悪い予感しかしないぞ。
「お、お父様が学校を見学したいって!」
「……う、うん? え、すればいいんじゃないの、普通に」
拍子抜けだ。勢いのわりに内容は大したことがなかった。
娘が通っている学校を見学したい……保護者としておかしくはないと思うが。
「なんでそんな呑気なの!? あのお父様よ!? 現魔王その人よ!?」
「いや、別に大量虐殺をするとか、そんな訳じゃないんだろ?」
「……その可能性も大いにあるわ」
「は!? お前のとーちゃん、めっちゃヤバいやつじゃん!?」
モンスターペアレントの最終進化系ですか。
「お父様は自身の権威を脅かすものを絶対に許さないから……。もし、娘のあたしが情けない姿を晒したら……その時何をするか想像がつかないわ……」
「よし、お前のとーちゃんの学校見学は丁重にお断りしよう」
面倒なことになる予感しかしないので、ここでは『逃げる』のコマンドを選択したい。飛んで火にいる夏の虫になるわけにもいかないからな。
「————いやいや、小手指くん。そういうわけにもいかないよ」
「うわっ!? 久さん、どうしたんですか!?」
驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。
いつの間にか理事長の久さんが隣に立っていた。
「いやね、廊下を歩いていたら、君たちの会話がたまたま聞こえてね。ちょっと報告も兼ねて声をかけさせてもらったよ」
「報告ですか……?」
「マキャヴァリアスくんのお父上からの連絡はすでに貰っているよ。学校としてもぜひ保護者の方にご子息・ご淑女の様子を見てほしいと思っていたからちょうどよかった。詳細は追って伝えるけど……近々、授業参観を実施したいと思う」
「マジすか……」
いきなり退路を断たれてしまった。
これでユノーの父である魔王の学校見学はほぼ確定事項となる。
「邪魔をしてすまなかったね。そういうことで授業参観の件、よろしく頼むよ」
久さんはそれだけ言って教室を後にした。
「どうしよ、守……」
マキャヴァリアスは不安そうな顔をして、上目遣いでこちらを見つめてくる。
庇護欲をくすぐるようなその表情を凝視しているわけにもいかず、俺は気まずくなって顔を逸らしてしまう。
「いや、まぁ……こうなったらやるしかないよな。別にユノーが授業参観で無理して目立つ必要もないんだろ? とにかくミスしないことだけ意識すれば……」
授業参観なんていつもの授業と変わらない。自信がある回答は堂々と答えればいいし、分からない問題は手を挙げずに静観していればいいのだ。
そうすれば、親御さんが恥をかくような大失敗も起こり得ないはず。
おそらく授業参観の授業は担任の担当するものになるはずだし、俺だって無理にユノーを当てるようなことはしない。
「それが、その一つ問題があって……」
「問題?」
「お父様はあたしがクラスの中心人物になっていると認識してるから……それと齟齬があるような状況だと不味くて……」
「なんでお前のとーちゃんの中ではそういう認識になってるんだ!?」
「実は……」
ユノーは気まずそうに事情を話し出す。
どうやらユノーはこの間、近況について父親である魔王に手紙で報告したらしい。
そこまでは問題ないが……その手紙はかなり脚色されているようで、自分にはすでに何人もの友人がおり、クラスの中心人物になり始めている……そんなことを書いたとか。
いや、実際のとこまだ友達が二人出来ただけだろうに。
「じゃあ、授業参観までにその手紙の通りになっていなきゃいけないってことだよな……。いや、さすがに今のペースだと授業参観に間に合わせるのは……」
「そ、そうよね……」
今のマキャヴァリアスはレイン、ウルゥとメインで話せるようになり、たまに猫又女やエンジェと絡むことがあるくらい……といった状態だ。
とてもじゃないがクラスの中心人物とは程遠い。しかし、元々友達がいなかったボッチだと考えればこの結果は上々である。今のペースでもかなりハイペースなのだ。
「だいたいなんで見栄なんか張ったんだよ」
「だって、少しでもお父様を喜ばしたいと思って……」
ユノーは目を潤ませて消え入りそうな声で答えた。
……やめろ、俺はユノーのそんな表情が見たかったんじゃない。
「————この、かまってちゃんめ」
「いたっ! な、何するのよっ!」
軽くユノーの頭を小突く。
それに対してユノーはプンスカと怒りながら苦情を口にする。
「やってしまったことを後悔しても仕方ない。今何をするか、だ。————自分で蒔いた種だし、ある程度の無理は覚悟の上だよな?」
「……う、うん」
俺は昼休みにした中富さんとの会話を思い出していた。
「ユノー、お前には球技大会の実行委員をやってもらいたい」
翌日。SHR開始前、屋上にMKNプロジェクトのメンバーが集結した。
俺、ミッシェル、レイン、ユノーの四人だ。
「……ということで、ユノーには球技大会の実行委員をやってもらおうと思っている」
あたらためて昨日の出来事について、ミッシェルとレインにも共有する。
「なるほどですねー。ちなみにまもるん一ついいかなー?」
「なんだ、ミッシェル」
当然疑問も出てくるだろう。なぜ、わざわざユノーを実行委員にするのか。
それを今から伝えようと思っていた。
「……いつの間にまもるんはユノーを名前で呼ぶようになったんですか!? もしかしてこの間の休みにまもるんの家でヤっちゃいました!?」
『ヤってないわ!』
名前で呼ぶようになっただけで、どうしてそんなふうに思うのか。
俺とユノーは間髪入れずに否定をさせてもらう。
「ほら、息ぴったり!」
なおも茶化してくるミッシェル。
「そういうんじゃないからっ! なんか苗字で呼ばれるのは余所余所しくて嫌だったから、あたしから名前で呼ぶように頼んだだけだからっ!」
「いや、多分それであってるんだろうけど……その説明の方が恥ずかしくないか?」
もっとほら、何となく……とかの方が当たり障りのないような。
「………………ちがちがちが! こここれはちちちちちちががががががくて!!! ちががががががががががががが!!!」
「————よし、説明を続けるぞ」
「いいんですか、守さん!? マキャヴァリアスさんがすごい事になってますが!?」
「あー大丈夫大丈夫。こうなると長いから」
初見のレインは驚いているが、俺はユノーのこれを見るのが二回目だ。これの対処は放置しておくのが一番だということを心得ている。
「それで、まもるん。どうしてユノーを球技大会の実行委員に?」
ミッシェルもユノーの扱いを把握しているので、俺と同じようにユニーを放置する。
よし、ようやく本題に入ることができそうだ。
「理事長に確認をとったら、授業参観はGW明けになるらしい。そうなるともう俺たちに残されている時間はほとんどない状態だ。残り時間でユノーをクラスの中心人物にするのは現実的でない。なら、どうするか……ユノーがクラスをまとめている風に演出すればいい」
「なるほど。それでマキャヴァリアスさんを実行委員に任命して、その仕切りをやってもらうということになったというわけですか」
「そういうことだ、レイン。授業参観当日はHRの授業で、A組生徒がそれぞれどの競技に参加するのか割り振りをしてもらおうと思っている」
中富さん曰く、球技大会は各学年のA組とB組(この学園は各学年二クラスしかない)が三種目で勝敗を決めるのが通例になっており、種目は例年だと野球、サッカー、バスケットボールとのことだ。
なお、この球技大会は魔法や身体能力をフルに活用することを認められており、文字通り魔球やスーパーシュートが飛び交い、何なら空を飛ぶやつもいるらしい。
そのため、誰をどの競技に参加させるのか、体力面を考慮し誰を重複して参加させるのか、なども結構重要だったりするとのことだ。
実行委員の采配が勝敗を分けるといっても過言ではない。
「そう、二人にはそのために協力をしてくれると嬉しい」
いつの間にか復活していたユノーが会話に混ざった。
ユノーはすでに自身が何をすればいいのか把握している。あの後、具体的に球技大会で何をするのか中富さんに話を聞きに行ったからな、一緒に。
「うん、もちろんだよ! ……って言いたいところだけど、こればかりは当日のユノーの動きにかかっているような気がするけどな……」
「そうですね。僕もクラスの全員と話せるわけではありませんし、当日できるサポートには限度があると思います」
二人の言う通りではあった。ミッシェルとレインはクラスでも顔が広い方だが、かといってクラス全体の空気や世論を誘導できるほどの力はない。
「まぁ、そうなんだよな。実際のところ。だから何かいい方法はないかと頭を悩ませようと思っていたところなんだが—————」
「あー! 守先生、こんなところにいたー! もうそろそろ予鈴が鳴るのに何をしてるんですか、全くもぉー!!」
『ウルゥ!?』
予期せぬ人物の登場に俺とユノーは驚きを隠せない。
「って、またこのメンバーですか? もしかして何か悪巧みでも……」
「いやこれは違くて、だな……」
決して悪巧みではないのだが、どう説明したらいいのか。
MKNプロジェクトのことを話してしまうと、ユノーが打算的にウルゥと関わるようになった、という印象をウルゥに与えかねない。
だから、そもそもウルゥにはMKNプロジェクトについては秘密にしていた。
そこを隠して話をしようとすると、しどろもどろになってしまう。
「————————大丈夫、守。ちゃんと自分で話すから」
「……いいんだな?」
「うん、嘘はつきたくないから」
ユノーは真っ直ぐと俺の目を見て答えた。
なら、俺の出る幕ではない。あとは見守るだけだ。
「聞いて、ウルゥ」
「ユノちゃん……?」
ユノーはこれまでの経緯を滔々と語り出した。
「————————ということなの。黙っていて本当にごめんなさい。でもこれだけ分かってほしい。あたしはウルゥと本当に友達になりたかった。これは嘘じゃないの。……こんなこと言うのは虫が良いと思うけど、これからも仲良くしてもらえると嬉しいわ」
ウルゥは神妙な面持ちで黙って話を聞いていた。
ユノーの話し方は理路整然としていて、誤解を生むような箇所はなかったと思う。あとはウルゥがどう感じるのか、だが……。
「……わたし怒ってるよ、ユノちゃん!」
「ご、ごめんなさい! 友達同士で隠し事なんて良くないよね……」
話を咀嚼した上でウルゥは怒りの感情を露わにした。
まずい、さすがに俺の方からもフォローを入れないと————————
「違くて! こんなことくらいで、わたしがユノちゃんと友達をやめるって思われているのが不服なの! わたしのことを見くびりすぎだよ!」
『え……?』
俺とユノーはポカンとしてしまう。
「なんですか、守先生までー! わたしをそんな冷たい人間だと思ってたんですか!? むしろユノちゃんが正直に話してくれて嬉しかったんですから! ユノちゃんの素直そうなところに惹かれて、友達になりたいと思った自分が間違ってなかったんだって!」
ウルゥは捲し立てるような口調で文句を言う。
彼女が怒りを覚えたのは、隠し事をされたことではなくて、自分のユノーに対する想いがきちんと伝わっていなかった、という点だったみたいだ。
「よ、よかった……」
ユノーは力無くその場に座り込んでしまう。
「うわー、だいじょーぶ!? ユノちゃん!」
「平気……安心したら力が出なくなって」
「もぉーもうちょっとわたしを信用してよね、ユノちゃん! ……てか、球技大会の件どうしよっか!? お父さんにいいところを見せたいんだよね!?」
「……うん、ウルゥにも協力してもらえると嬉しい」
「まかせて!」
こうしてMKNプロジェクトに心強いメンバーが一人増えたのだった。




