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1-1章 プラスマイナスゼロ

 埼玉県所沢市は異世界と繋がりました。

 右を見ればエルフ。左を見ればサキュバス。それはもうファンタジーの世界のようで。

 各世界から多種多様な種族が、埼玉県所沢市に流入してきたというわけです。

 当然、日本政府はてんやわんやの状態。

 各々が責任を押し付け合いながら、言葉巧みに言い訳をし、全て秘書がやったり、記憶にございませんと、のらりくらりとしていたら、いつの間にか所沢という街はダイバーシティ・シティー(笑いどこ)に生まれ変わっていました。

 今や埼玉県所沢市は『特別行政区』と呼ばれています。

 異世界住民たちはこの特別行政区の中で生活をするという協定のもと、日本国における永住権を獲得しました。これがつい四年前のことです。

 ————————ただ、そんなことはどうでもいいんですよ!

 目下の課題は就活です、就活!

 そこそこいい大学に入ったし、就活なんて余裕だろうと高を括っていたのですが、異世界住民たちの流入でバブル化していた経済が今年に入って弾けやがりました。

 流石に四年も経つと、異世界住民も暮らしに慣れて消費が落ち着いたみたいです。

 あとは政権が変わったのも大きいですね。「メイク・ジャパン・グレート・アゲイン」を標語に民族主義が強めの極右政党がなんとまぁ政権をとっちゃったんです。

 その先行きの不安から株価が下落、企業は引き締めを余儀なくされ、その余波はこうして俺のような善良な大学生にまで波及しました。

 というわけで内定が無いんですよー。最近の趣味はSNSのオープンチャットで『会社落ちた日本滅べ』って投稿することですかね。清々しいほどの他責思考です。

 そんな日々にも嫌気が差していました。そして何を血迷ったのか、どう見ても常連さんしかいないような昭和感満載のバーに転がり込みました。

 当てもなくフラフラと徘徊していたらたまたま見つけたバーです。そんなバーの扉を躊躇なく開けたのは我ながら勇気があるなと思います。

 しかし、いざ飛び込んでみたら意外と歓迎ムードで、珍しい客だと持て囃されました。

 当然のように常連さん達から酒を勧められ、おかげで完全に出来上がり、カラオケで懐メロを一曲歌って、大騒ぎをして……そして、なぜか常連のおじさんに就活相談をしています。

 はい、今ここです。

「安西先生……就職がしたいです……」

「いや、私は安西じゃないから」

 失礼な話だが、見た目はス○ムダンクの安西先生のように丸々としている。

 恰幅がいいとも表現できるかもしれないですが。

「どうして企業は分かってくれないですか! 採用担当の目は節穴ですよ! 俺みたいな志高い学生を採用しないなんて!」

 考えても考えても分からない。どうして俺が就活で落ち続けるのか。

 顔もそんなに悪くない。学歴だってある。

 彼女だって過去にはいたこともあるんですよ……フラれたけど。

 強いて欠点を挙げるなら少し楽観的かもしれないです。あとは友達が少ない。

 しかしそんなものは、俺の溢れんばかりの魅力の前では欠点にすらなりませんよ。

「君……そういえば名前を聞いてなかったね、なんていうんだい?」

「言ってなかったですっけ、『こてさしまもる』です」

「こてさし? どういう字を書くのかな?」

「小さいの「小」、手の平の「手」、指切りの「指」で小手指です。まもるは普通に守護するとかの守です」

「なかなか珍しい苗字だね」

「ま、まさか! もしかしてこの名前で落ちたんですかね!?」

「いやそれは違うと思うよ!?」

「だとしたら原因が一つも分からないんです……!」

「その、なんだ。私も就活したのは二十年以上前だからうろ覚えなんだが、自己PRみたいなものがあるだろ? 小手指くんはどんな風に自分をアピールしたんだい?」

 自己PR……ね。これに関しても自信があった。

 多くの大学生はバイト、サークル、ゼミ……ありきたりな経験をもとに自己PRを考えるが、俺にはそんなの比にならないような唯一無二な経験がある。

 俺はそれを軸に自己PRをしてきた。そう、それは————————

「ギャンブルで培った勝負強さです!」

「ん?」

 安西先生……もといおじさんがフリーズする。

 この反応は仕方ないな。俺だってバカじゃない。「ギャンブル」という言葉に驚きを隠せないのだろう。その反応も含め、意図しての発言だ。

 どういうことだろう、と思わせることで相手の気を引く。そういう作戦だ。

「競馬、競輪、競艇、オートレース、あと法律的にはグレーというかブラックなギャンブルにもいくつか手を出しましたが……俺はどのギャンブルでも負けたことがないんです!」

「負けたことがない!? すごい才能じゃないか。若者にそんな生き方を勧めるのはどうかと思うが、プロギャンブラーという道もあるんじゃないかな?」

 面接官からも同じことを言われた。

 しかし、負けたことがない……には裏があって……。

「実は俺、ギャンブルで勝ったこともないんです」

「ん?」

 おじさん二回目のフリーズ。

 ちなみに今までの面接官も全く同じ反応でした。ここまで完全一致。

「絶対に負けることはないんですが、同じように勝つこともないんです。大体の場合はプラスマイナスがゼロになるんですよ」

「そ、そんなことが確率的にあり得るのかね?」

「自分でも半信半疑だったので、競馬で一番人気のない馬に単勝三○万円賭けたことがあったんですよ」

「さ、三○万円!? そんなお金どこから!?」

「もちろん、消費者金融です」

「イかれてるね、君!?」

「そして負けました」

「どうするの、それ!? 絶対にまずい展開だよね!?」

「はい、券売機の前で膝をついて号泣していたのが記憶に新しいです。本当に人生終わったと思っていたので」

「凄まじい光景だね……」

 おじさんは明らかに引いていた。いや、うん。面接官も同じ反応でしたね。

 でも違うんです。この話の面白いところはここからなんです。

「そうして泣いていたら、知らない人が見かねて声をかけてくれたんです。そして財布から千円札を取り出して言ってくれたんです。最後にこれでひとギャンブルしたらどうだって」

「なんだろう。感動的なようでまたギャンブルを勧めてくるあたり、そういう場所に集まっている人って感じがするよね」

「それでも三○万円の借金を背負った自分には救いの手でした。一目散に券売機に向かって、ほんともう適当な数字で三連単の馬券を一点買いしたんです」

「そんなの当たるわけない、って言いたいところだけど……まさか……」

「そのまさかです。千円が三○○倍の高配当馬券に様変わりです。ものの見事に三〇万円を取り戻しました……!」

 あの時は冗談なく射精しそうでした。脳汁がドバドバ出たのが忘れられないです。

 ……話をしていたら、また競馬がやりたくなってきました。

「嘘みたいな話だね……。確かにそれは勝負強いというか狂気じみているというか……」

「それからも、どんなに大負けしても絶対にマイナスになることはなかったです。消費者金融の借金と貯金を合わせて一〇〇万円を賭けて負けたことがあったんですが、それもなんやかんやでプラスマイナスゼロになりましたし」

 そんなことをしていたから元カノに愛想を尽かされてしまったわけですが。

「もうなんか怖いよ、小手指くん……。えーとその話を面接の時に話したのかな?」

「もちろんです! 唯一無二な経験なので!」

「君が内定もらえないのは間違いなくそのエピソードが原因だよ……」

「バカな!? こんな痺れるような経験をした大学生がどこにいます!? 並の大学生とは背負ってきたものが違いますよ! そんな俺が御社に入社すれば、御社の益々な発展は間違いなしですよ! ちくしょう、日本の採用担当の目というのは本当に節穴ですよね!?」

「節穴どころか、めちゃくちゃ優秀だと思うよ……」

 おじさんは気まずそうな顔をしながら手元のグラスに口をつけた。琥珀色に輝く液体がするりするりと吸い込まれていく。

 グラスを置いてからもおじさんはしばし無言だった。

「ということで、もう八月なのに内定はゼロなんです。それでもうヤケになって、こうして縁もゆかりもないバーで酒を飲んでるって感じです」

 なんとなく気まずいし、酔った勢いもあるし、構わず喋り続ける。

 誰かに喋るだけでも幾分か気が晴れるのだ。一方的に話をして相手に悪いと思うけど。

「私から言えるのはもうギャンブルエピソードを封印しなさい、ってことくらいだね」

「そうですよね……。あーこれだったら素直に教員採用試験を受けるべきでした。こんなに民間でボロボロなら、素直に公務員になっておく方が安泰だったというか」

 親から半強制的に教職課程をとるように言われ、一応単位は取得時み。

 このまま無事卒業すれば教員免許も手に入ります。

 何かと親世代は公務員信仰がありますよね。ただまぁ、せっかく免許があっても教員にならない限りは宝の持ち腐れなんですが。

 まぁ、少なくとも今年の教員採用試験はもう募集が終わっているので、教員になるとしても再来年以降ですね。

 といっても、そもそも試験に受かるかどうか怪しいですけど。

「それって本当に!? 教科とかは!?」

「え、へ? いやえーと……一応、中学の社会と高校の地歴公民ですかね?」

 突然、おじさんのテンションがMAXになったのでたじろいでしまう。

 そんな盛り上がる要素があったのだろうか。

「地歴公民! 西新井先生がちょうど産休に入られてしまうし……うん、これも何かの縁ってやつなのか……。ちょっとクセはありそうだが……」

「あのーどうかしましたか?」

 おじさんはなにかブツブツと呟いている。

 こちらの声は聞こえていない様子で完全に置いてけぼり状態だ。

「小手指くん」

「は、はい?」

「君は本当に勝負強いかもしれない……。最後の最後でプラスマイナスゼロにするってのもあながち間違ってないのかもね」

「え、えーと、つまり?」

 おじさんが何を言いたいのかいまいち分からない。

 もしかして酔っ払っているのだろうか……その割に顔は赤くないけど。

「申し遅れた。私は松郷と言うんだが、実は私立の一貫校で理事長をしているんだ。小手指くん、もしよければうちで教員をやらないかい? 私学だから君が羨望していた公務員ではないけれど……」

「やります」

 なんたる僥倖。これぞまさしく渡りに船。もちろん即答だ。

 おじさん……松郷さんの言う通り、やっぱり俺は勝負強いんですよ。就活というギャンブル(?)に見事勝利したのだからな。

 しかし、このときは完全に失念していた。

 俺はギャンブルに負けないが勝ちもしないということを。

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