- 約 束 - 愛しい人の為に私はその女に復讐する。
愛しい方と約束した。
必ず君と幸せになりたい。
だから、信じて待っていて欲しいと。
だけどその約束は破られた。
愛しい人は死んでしまった。
だから私はその女に復讐する。
ミレーヌは7歳の時に、両親を夜盗に殺された。
そんなミレーヌを神殿が引き取ってくれた事にはとても感謝をしている。
一人の少女が孤児になって行きつく先なんて知れている。
引き取り手がいなければ、身体を売って暮らすか、物乞いをするか。
だから、神殿から迎えが来てミレーヌを引き取ってくれると言った時には幼心にも嬉しかったものだ。
ミレーヌは神殿に引き取られて、神殿にいらっしゃる聖女様のお世話係の一人となった。
聖女様は朝昼晩と一時間ずつ祈りを捧げる。神殿で一番偉い教皇様の教えによれば、このカレント王国の平和を願って祈っているそうだ。
聖女様はとても優しい。歳は自分の亡くなった母親位の歳だ。
銀の髪を長く伸ばして、とても美しい容姿をしていた。
「ミレーヌ。美味しいお菓子を頂いたの。一緒に食べましょう」
「有難うございます。聖女様」
他の聖女様をお世話する人は、ミレーヌより年上ばかりだ。
だからだろうか。聖女様はミレーヌを特に可愛がってくれた。
聖女様は一緒にお菓子を食べながら、
「私に子がいれば貴方位の歳でしょうけどねぇ。本当に貴方は可愛いわ」
「私なんて。有難うございます」
聖女様は穏やかに微笑んでくれて、聖女様と一緒にいられる時間がとても幸せだった。
聖女様の祈りにも付き添わせて下さって。
聖女様が祈ると美しい光が祈りの間から空へ向かって放たれる。
その美しい光を見ることがとても幸せに感じた。
そんなミレーヌも10年経って、17歳になった頃、恋をした。
神殿の聖騎士リレイドである。
リレイドは金の髪のとても美しい青年で、24歳。白銀の鎧を着て、神殿を警護する姿は他の聖騎士と比べて、とても目立って美しかった。
地方の神殿からこちらへ来たというリレイド。
その美しいリレイドに恋をしたミレーヌ。
彼の警護姿を見るだけでとても幸せな気分になる毎日。
聖女様も応援するように、
「リレイドは貴方に気があるみたいよ」
「えっ?私なんてそんな」
平凡な容姿で茶の長い髪のミレーヌ。決して美人の部類でないことは解っている。
何より身寄りのない平民だ。
リレイドは伯爵家の次男である。とてもではないが身分違いて。
孤児の自分なんて不釣り合い。警護する姿を見るだけで幸せで。
聖女様は微笑んで、
「私から貴方の気持ちを話してあげましょうか?」
「え?何故、とんでもないっ。そんなリレイド様の事を好きだなんて私っ恐れ多いっ」
何故、ばれたのだろう。赤面するミレーヌ。
「話してあげるわね。若いっていいわね」
聖女様が話をしてくれたのか、翌日、リレイドから話しかけてきた。
「ミレーヌ。君が私の事を好きだなんて、私も実は君の事、気になっていたんだ。よかったら今度非番の時に一緒に街を歩かないか?」
「えええっ?私なんて身分違いでっ」
「身分なんて関係ない。私は今や、神殿に仕える身。貴族のしがらみなんて関係ない。一生、聖騎士として神殿に仕える気だ。幸い、結婚は禁止されていない職業だ。君さえよければ、結婚を前提に付き合わないか?」
嬉しかった。本当にとても嬉しかった。
真っ赤になって。
「ええ、私でよければ」
それからの日々は、お互いに休みを合わせて、街へ行き、デートを楽しんだ。
手を繋ぎ、色々なお店を見て。
リレイドは綺麗な腕輪や首飾りを買ってくれた。
「あまり高い物でなくてすまない。聖騎士はそれ程、給金も高い訳ではないし、私は家から出ている身だから」
「いいのです。こうして私の為にプレゼントしてくれただけで」
綺麗な赤い石が複数はまった腕輪。キラキラした同じく大きな赤い石が一つついた首飾り。
透き通っていてとても綺麗て。
木の影にミレーヌは連れ込まれて、リレイドに口づけされた。
恥ずかしい。でも、初めての口づけ。
とろけるような口づけにミレーヌの心は幸せではちきれそうだった。
こんなに幸せでいいの?
本当にいいの?
しかし、その幸せは三か月と続かなかった。
リレイドの態度がだんだん冷たくなった。
デートにも誘ってくれなくなった。
聖女様に悩みを打ち明けると、聖女様は暗い顔をして、
「リレイドは男爵家の令嬢とお付き合いしているそうよ。ごめんなさいね。あんな男だとは思わなくて」
「男爵家の令嬢?」
「ルリリア・マリンという男爵令嬢よ」
いつの間にその令嬢と知り合ったのだろう。
本当に自分の事が嫌いになったの?
聖女様の部屋を出て、外の廊下で警護をしているリレイドに向かって、ミレーヌは話しかけた。
「男爵令嬢様とお付き合いしているって本当なの?」
「すまない。ちょっと話をしていいか?」
もう一人警護をしている聖騎士に聞かれたくないだろう。
柱の陰に場所を移して、リレイドは頭を下げた。
「男爵令嬢に借金があるんだ。聖騎士だけの給料だけじゃ足りなくて、変な儲け話に手を出して借金をしてしまった。その利子代わりに、男爵令嬢が自分と付き合って欲しいと、私は君を幸せにする資格がない。本当に申し訳ない」
「そんな……わ、私、男爵令嬢様にお願いしてみます。どうか、リレイド様を自由にしてほしいと」
「無理だ。男爵令嬢は私の事を気に入っている」
「そんな……」
「私は君の事を愛している。だから、君と離れるしかないんだ」
「離れたくはありません。一緒に借金を返して行きましょう。そのためにも男爵令嬢様にお願いしにいきましょう」
リレイドは首を振って、
「君を巻き込みたくないんだ。いいね? ああ、でも私は君の事を諦めきれない。父上に頼んでみようか。お金を融通してくれるかもしれない」
「リレイド様」
「それが上手くいったら、君と結婚出来る。信じて待っていて欲しい。家を出て聖騎士になった私にお金を貸してくれないかもしれない。それでも父上に頼むつもりだ。男爵令嬢から離れるのに時間がかかるかもしれないけれども。」
悲しかった。でも、リレイドを愛していたから、ミレーヌは頷いた。
「約束致しますわ。私、貴方様の事を待っております。愛しております。リレイド様」
リレイドに抱きしめられて、互いにむさぼるように口づけをした。
リレイドは熱く耳元に囁いて来た。
「君と幸せになりたい。だから信じて待っていてほしい」
「待っております。リレイド様っ」
それから、更に二週間経ったとある日の夜だった。
ミレーヌは神殿の5階にある屋上に呼び出された。
リレイドにである。
「リレイド様。どうだったのです?」
「すまない。父上がどうしても許さないって。お金を貸して貰えなかった。私はあの男爵令嬢が嫌いだ。私の事を顎で使って、更に借金を増やそうとする。あああ、約束を守れなかった。申し訳ない」
そう言うと、屋上の柵に手をかけて、
「だから、私は死ぬことにした。ミレーヌ。愛していたよ」
「死ぬだなんてっ。リレイド様っーーー」
リレイドは柵を乗り越えて、姿を消した。
「リレイド様ぁーーー」
柵に駆け寄ろうとして、ふと、ぐらりと眩暈を覚えた。
そのまま、ミレーヌは意識を失った。
目が覚めた時に、聖女様が心配そうにのぞき込んでいた。
「ああ、よかった。ミレーヌの目が覚めた」
「聖女様っ。リレイド様が……」
「彼はもう……」
「リレイド様っ。最後のお別れをっ」
「彼の死骸は伯爵家に引き取られたわ。伯爵家でお葬式をすませたそうよ。貴方は3日間意識を失っていたのですもの」
「あああっーーリレイド様っ」
愛しい人は死んでしまった。
待っていたのに。
涙が止まらない。
聖女様はミレーヌに向かって、
「ルリリア・マリン男爵令嬢の事で悩んでいた。死ぬ前日に私に悩みを話に来ていたわ。彼女に騙されて借金を背負わされた。儲け話を持ち掛けたのは彼女だって。悪い女に騙されたものね」
「ルリリア・マリン……あああ、酷い人」
でも、男爵令嬢だから、下位貴族だが、貴族は貴族。ミレーヌにとってどうすることも出来ない。
本当に好きだった。
愛していた。
ミレーヌは悲しみに涙を流すのであった。
それからは魂が抜けたように過ごしていたミレーヌ。
何をしても悲しくて悲しくて。
そんなミレーヌを慰めてくれる聖女様。母親のような聖女様のお陰で、なんとか生きていられる日々。
そして、一年程経ったとある日、ミレーヌは聖女様に大事な話があると言われ呼ばれた。
「大事な話とは?」
「このカレント王国は、私の祈りによる結界で魔物から守られているのですよ」
「えええ?初めて聞きました。でも、何故、その事を今、私に?」
「私の役割はもうすぐ終わります。私は結界を張っているとはいえ、魔力を供給しているのはカレント王国の王妃様なのです。その強力な魔力を受け取って、結界を張っているだけの器。今の王妃様は大分弱っておいでです。そして私も疲れました。次代王妃様がもうすぐ誕生します。ですから、今度は貴方が器になりなさい。魔力を受け取って結界を張るのです」
「器なんて。私に出来るのでしょうか?」
「神殿が何故、貴方を引き取ったのか。貴方には器になる力があるから。私が傍に置いたのは私の祈りを貴方に見せる為に。王妃になるお人は魔力がとても高い。その魔力を受け取るのが貴方の仕事。そして覚えておきなさい。王妃は生贄。王宮の奥深くで、入れ物に入って死ぬまで魔力を搾り取られるだけの生活。今の王妃様もとても辛い。苦しいと私にいつも訴えておいででした。でも、私はあの王妃様は悪い女だと聞かされているから、カレント王国の為に心を鬼にして、聖女としての役目を果たしてきたのよ。だから貴方も心を鬼にして聖女としての役目を果たしなさい」
一人の女性の犠牲のもとで結界が張られ、カレント王国の平和が守られているだなんて。
聖女様はミレーヌに囁くように、
「ルリリア・マリン。今度、王妃になる女の名前よ」
愛するリレイドを破滅させたルリリア・マリン。
許せなかった。その女を地獄に落とせるのなら。
ミレーヌは頷いた。
「聖女様。私が立派に貴方様の後をお継ぎします。王妃となるルリリア・マリンから魔力を貰って、結界を張り、カレント王国の為に祈りますわ」
「有難う。ミレーヌ。これで安心して私は役目を終えることが出来るわ」
こうして、ミレーヌは新たなる聖女となった。
新しい王妃の誕生と共に、
王妃は訴えて来る。
― 苦しい。助けて。ここから出してっ ―
ミレーヌはルリリアに向かって、映像を流す。
そう、国王陛下と側妃様が幸せに暮らす姿を。
この女はリレイドを破滅させたのだ。
だから、復讐する。
魔力を絞りに搾り取って。
このカレント王国の為に。
リレイド様。約束したわね。
約束は破られて悲しかった。
あの世に行っても貴方には会えないわね。
きっと私の行くところは地獄だから。
でも、私は後悔なんてしない。
貴方の事を愛しているわ。
だから私は復讐し続ける。
あの女を苦しめる為に。
「これでカレント王国も安泰だな。元聖女よ。そしてリレイド。よくやった」
「教皇様。本当に貴方という人は……でも、カレント王国を守る為なら、仕方ないですわね。あの娘の両親を殺し、リレイドの自殺を偽装し、ルリリアという女へ憎しみを向けるように仕向けた」
「私は心苦しかったですよ。ルリリアという女、私と何の関係もなかったのですから。でも、これがカレント王国の為ならば、喜んで私は死人になりましょう。私達は地獄に落ちるでしょうねぇ」
「ハハハ。地獄に落ちるのも皆、一緒ならばそれ又、楽しいのではないか?リディウス国王陛下もお喜びだ。このカレント王国の為ならば、鬼にも悪魔にもなろう」