パスワードは『負けず嫌い』∼ たとえ記憶を失っても俺は知ったかぶりなフリをする ∼
『第5回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞』参加作品です。
目が覚めたら病院のベッドに寝かされていた。
どうしたんだ? 何があった? 最後の記憶は倉庫で作業をしていたところまでだ。
その後の記憶は真っ白だ。
看護師の若い女性が入室してきた。
「宮谷さん、面会の方がいらっしゃいましたよ」
そうか、俺の名前は宮谷というのか。面会か。会えば何かを思い出せる手がかりがあるかもしれない。
「どうぞ、入室させてください」
知らない男が入ってきた。誰だ? だが、何となく大塚という名前の男のような気がする。
「おぉ、来てくれたか。大塚君」
大塚君は少し怪訝な顔をした。
「川崎です。誰ですか大塚って」
「なんだ、大塚君じゃなかったか。ハズレたか」
「ハズレたって何のことですか。棚から転落して頭を打ったって聞いたんですが大丈夫ですか」
「あぁ、大丈夫だ、大塚君」
「川崎です。もしかして記憶がないんですか?」
記憶がないわけないじゃないか。俺はしっかり者ということだけが自慢なんだ。
「いや、大丈夫だ。記憶ならしっかりしているぞ。で、私と君はいったいどういった関係なんだ」
「私の書いた作品を先生に読んでもらったんじゃないですか、小説です」
なんだって! 私は先生なのか!?
「そう言えば俺にも知り合いの小説家がいてな、そいつはこんな話を書くんだ」
ウロ覚えだがあの作品は記憶にあるぞ。
「ある国の王子がある動物になってな、それでダンスを踊り出すんだ。そして……」
ううぅ……。頭が痛くなってきた。思い出せない。
「ダンスを踊ったら貧乏な国が豊かな国に変わって救われるんですよ」
何? そうなのか? いったい君は何者なんだ、大塚君。
考え込んだらさらに頭が痛くなってきた。激痛だ。
俺は両手で頭を抑え込んだ。
その刹那。
「思い出したぞ!! あの物語は君が書いた小説だったのか? そうか、川崎君だ。俺の友達の川崎君だ!」
「で、先生はどうするんですか? 連載中の漫画はまた描けるんですか?」
何だと! 俺は漫画家だったのか! 先生っていうのはそういう意味だったのか。
漫画か。だが、どうやら右腕にギブスがはまっている。
「どうも腕を骨折しているらしい。だがな、怪我が治ったらまた描くぞ」
当たり前の話だ。漫画家が漫画を描かないでどうするというんだ。
ただ、一つだけ。たった一つだけ問題がある。難問だ。
この難問が解けない限り、俺に漫画を描き続けることはできない。
「で、俺って何の漫画を描いていたんだっけ?」
大塚君、もとい川崎君は呆れ顔で呟いた。
「ダメだ、こりゃ」